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死人を滅ぼせるから死神

 死人しびとは呼吸が出来ない。

 俺が捕獲してきた死人は、自分が繰り返して来た残虐な殺人について、皆がみんな口をそろえて同じ理由を口にした。


「人を喰うと息が出来るようになる。あれはとても辛いんだ。」


 奴らはそれで人を拷問して喰らうのだ。

 生者の余命を喰らうのだと玄人は言っていた。

 奴らはそれで確実に長い寿命を持つ子供を狙う事が多いとも。


「それで彼らは拷問をするのでしょうね。生にしがみ付けさせるために。奴ら全部を滅ぼせたらいいのに。」


「できるの?」


 驚いた俺の質問に、玄人は悲しそうな顔を俺に向け、それから彼は何時もの台詞を口にした。


「僕は死神ですから。」


「いいことでしょ。死人になって苦しんでいる人を死体に戻すのは。君が死神のわけはないでしょう。可愛い救いの神だよ。」


 以前に玄人を貶めようとした錦織という青年を、彼は自分の反対の「生かす方の神」だと語った事がある。

 錦織こそ霊視すれば白い骸骨姿という、死神にしか見えない本質だったというのに。

 俺を見つめたまま、玄人は美しい瞳から涙を零した。

 ツっと涙が粒のまま頬を伝う。


「どうしたの?ごめん。この話題はもうやめよう。わかった、君は死神で、俺は死神の君を愛しているよ。」


 俺は自分でも支離滅裂に叫んで、とにかく玄人を抱きしめた。

 百目鬼がするように。


 人との接触が苦手な玄人を、彼は空間を作るように抱きしめるのだ。

 彼は俺がぎゅっと抱きしめるやり方は決してしない。

 玄人は十二歳の頃に、同級生に雁字搦めに抱きつかれてプールの底に沈められて殺されたのだ。

 その事を知らない時から、百目鬼は玄人をそうやって抱きしめて守っていたのである。


「死の国の悪鬼は、生者の国の死者数が赤ん坊よりも勝った時に黄泉平坂を超えるのです。死人はそれを誤魔化す為の偽りです。僕が偽りを消してしまったら、地獄の門が開かれてしまう。だから、僕は死神なのです。だから僕はこの世で厭われて何度も殺されるのです。」


 腕の中の少年の告白は、彼の絶望の告白だった。

 百目鬼も知らない。

 玄人が呪いと災いを呼ぶそのものだという事実。


 俺も実の母に呪いをかけられていた。

 俺が好意を持って近付いた者には、必ず不幸が訪れた。

 俺は見える人間であったから、不幸を受ける人間は必ず黒い人間に纏わりつかれ、あるいはベールをかぶったかのようにある日突然靄が掛かってしまうことに否が応でも気づかされた。

 俺が好意を持った途端に、目の前の相手がみるみると靄が掛かったこともあったのだ。

 それで俺は大事な人を作ってはいけないと思って生きてきたのである。


 玄人の絶望は俺のその時と同じ絶望だ。

 だから俺達は分かり合えて愛し合えるのだろう。


「かまわないよ。俺が呪われていた時もクロトは俺を愛していたでしょう。」


 腕の中の少年は顔を上げて、美しく微笑んだ。

 俺が守るよ。

 もし再び君の姿が見えなくなったのならば、俺は君のそばに逝く。


「山さん、どうする?」


 葉山の言葉に、俺の意識は今に戻った。


「え、あぁ。髙さんとかわさんはどうしたかなって。死人が暴れて器物損壊だけなら放っておいて、俺達はここに篭っていようか。」


「すごいな。クロ並みの一歩先なのか後退しているのかわからない積極性。やっぱり似ているね。」


 水野がとても失礼な事を口にした。

 この暴れたいだけのヤンキーめ。


「外はどうでもいいからやり過ごそうって、百目鬼さんの投げっぷりにも似ているよ。」


 お前が失礼な人間だった事を忘れていたよ、相棒。

 佐藤がクスクスと笑っている。

 ここで笑いが出るとは、さすがブラック佐藤。

 俺は冷たい仲間を尻目に上司に電話を掛けてみた。

 署内の混乱に死人が関わっているならば、公安時代の俺の指導者だった髙にお伺いを立てるのが一番だ。


「はい、どうした?」


 署内の喧騒など何もないような飄々とした声が応答した。


「死人が十五人。水野達の報告によると灯油被ってのガスボンベ装着だそうですが、どうします。」


「えー。そのくらい自分で考えようよ。考え付かないのならば何もしないでじっとしていればいいでしょ。」


 ブチッと通話が切れ、百目鬼の言葉が思い出された。


「可哀相好きな髙はな、もっと好きになろうと好きな相手を可哀相な目に合わせるロクデナシなんだよね。お前は最近幸せそうにひょこひょこしているから気をつけろよ。」


 百目鬼は本当に人を良く見ているのかもしれない。

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