サイレンが鳴り響くそこは
「何?このサイレン。まだ鳴っているけど、どこで火が出たの?」
鳴り出してからアナウンスもなければ非常ベルも鳴り止まない異常事態だ。
葉山と俺は顔を合わせた。
「とにかく出よう。」
「そうだね。」
俺達は椅子から立ち上がったその時、室内に走りこんできた者達がいた。
佐藤と水野である。
水野は垂れ目の癒し系美人と署内の男達の憧れ存在だが、中身は単なるヤンキーだ。
対する佐藤は大きな目がちょっと釣った妖精系美人だが、中身が完全に般若である。
俺を癒す妖精で天使は玄人唯一人だ。
「どうした、水野!」
葉山が二人が駆け込んできた戸口から外の様子を見ようと動くと、駆け込んで来た二人に抱きつくようにして押さえつけられた。
「駄目だって。」
「そうよ!ここに人がいるって気付かれちゃ駄目!」
「どうしたの?それなら教えて頂戴よ。」
美女二人に腕にしがみ付かれて満更でもない様子の葉山だが、彼女達に葉山が尋ねている横で、俺は玄人のやるように外を見通してみようと試みた。
昔は出来なかったが、百目鬼が俺の能力を壊そうと攻撃をしてくれたお陰で出来るようになったのだ。
ハハ、ありがとう、百目鬼。
俺は目を瞑って集中しだした。
バチッ。
「いた!」
「どうした山さん。」
「なんでもない。」
俺の頭が弾けただけだ。
あの男に掛けられていた呪いが、薄いプラスチックのようなものだと今知ったのだ。
俺を薄く覆っていたそんなものがあったから、俺が玄人に触れても何も見えなくなっていただけだったのか。
見通すという鍛錬させた剣の一本のように力を放つことで簡単に穴が開いただけなのだが、外れる時に太いゴムが額にぶち当たったぐらいの痛みがあった。
あの糞男め。
しかし、そこで俺はその程度の呪いをかけたあの男の本意が掴めなくなった。
目的は何だったのか、と。
確かに玄人を読み込む力を失ったと思い込んで昨日の俺は落ち込むだけだったが、あの男を探ろうとすればこれは簡単に弾け飛んでいただろう。
ふっと玄人の顔が浮かび、美しい顔に眉根を寄せて考え込んでいた彼の言葉が勝手に自分の口をついで出ていた。
「どうしたんだろう。相模原に意識が行かない。」
呪いが相模原に掛かっていた事を気づかせるための仕業か?
あれは味方なのか?
「どうしたの?淳平?意識がどうかした?」
俺を救助した日から呼び捨てにするようになった年下の獣に、俺は、なんでもない、と答えてから、再び気を取り直して署内に意識を集中させた。
とりあえず、こっちが先だ。
テレビゲームの画面のように署内の映像が頭に浮かび、俺はゲームをするようにしてその世界を流れていく。
そうだ。
歩くのでない。
風か空飛ぶ虫になった感覚で、見慣れた署内を俺は彷徨っているという感覚なのだ。
署内のあちらこちらで、一般人らしき男達が暴徒化していた。
重い事務机は持ち上げられないが、パイプ椅子や備品を投げたり壊したり。
それに対してバリケードを築いて攻撃者をも傷つけないように遠巻きに説得だけして近づけない同僚達。
なぜだろう。
どこの場所でも猛者がいるというのに。
受付に三人。
交通課に二人。
あそこにも、むこうにも!
署内全体では十五人。
十五人だって?
「どうして署内に死人が十五人も闊歩しているの?」
俺の素っ頓狂な声に葉山と佐藤は仲良く目を見開いたが、応答したのは水野だった。
「知るかっていうか、あれ死人?急に署内のビジター数人が暴れだしちゃって、襲撃されてんの。一般人を傷つけるわけに行かないしってね。てんてこまい。」
「制圧できないの?」
猛者らしく目を光らせた葉山に答えたのは佐藤だった。
「無理。灯油を被ってガスボンベを着けてたもの。最初に制圧しようとした佐伯さんが見つけて大騒ぎよ。表情はおかしいけど統制が取れているから遠巻きにって。」
「死人じゃあ、下手に手が出せないねぇ。」
俺は佐藤の説明に溜息をついた。
公安時代、残虐で怖いもの知らずの被疑者を捕まえてみれば、「死人」だった事が何度かあるのだ。
彼らは人の肉を喰らうと暫くは生者に戻れる。
喰われるために殺される生者は、寿命が長く「生きたい。」という意志が強いほど効力が高いと玄人が言っていた。




