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同じ人でも見る人によっては違う

「あの、君がそこまで弟を疑うって、一体葉山君は何をして降格までされたのですか?警察庁で降格って、彼はキャリアだったってことでしょう?」


 良純和尚が慮った口調で真砂子に話すなんて、僕同様に彼も葉山がキャリアだった事に相当に驚いているようだ。

 葉山の東大は伊達ではなかったのか。


「あの、……上司を殴ったって。」


「あいつは男だな。」


 それだけで納得した鬼畜和尚と違い、僕は葉山が理由もなくそこまでしそうな鬼畜にまだ思えないので、もう少し真砂子に尋ねるべきだと考えた。


「ねぇ、お姉さん。殴った原因って知っている?」


「母から聞いたのだけどね、警察が捜査しなかったから被害者が殺された事件があって、あの子がその責任を全部背負わされたそうよ。」


 僕は葉山の意識が時々彷徨ってしまう、深い山奥にある不法投棄で荒れ果てた赤黒い場所を思い出していた。

 彼は辛いことがあると、山の中のゴミで溢れる現場で次から次へと開けられるものを開け、掘り返せるものは掘り返し、必死に被害者を探していたあの頃の自分に戻るのである。


 見つけ出しても、それはとうに腐った死体だ。


 痛めつけられ、助けられることが無かった、哀れな被害者でしかない。

 僕は葉山の後悔の深さに、葉山に見つけてもらえた被害者の感謝を伝えたが、それでも彼は未だに、あの山の中にあった、赤錆びた高い高いフェンスに囲まれたゴミ山の中に戻るのだ。


「友君ほど、清廉潔白な人はいないのに。」


「ありがとう。でもね、あいつは人が良くて隙だらけでしょう。責められると黙り込んじゃうし。クロちゃんだって知っているでしょう。私に何を言われても、私を追い出すよりも黙って言うとおりにするの。あれ、あの子はとても怒っているの。怒っていて、でも私に言い返せないから動いているってだけよ。あいつはそうやって、一人で怒りや悲しみを溜め込んでいるのよ。だから、もしかして。」


「違うね。真砂子に怒ってもいないよ。あいつは見切りが早いってだけ。説得や怒るよりも車の保険を書き換えた方が楽だろ。一度で済む。大体、あいつはプライドが高いから――。」


「そこまで!やめて!良純さん!僕達の友君像を壊さないで!」


 僕達の中の、人情家で人が良いから不幸にされる葉山像、を破壊しかけた破戒僧は僕を鼻で笑い、後部座席からも真砂子がくすりと笑った声が聞こえた気がした。


「それで、真砂子。その隙だらけのあいつにどうやって濡れ衣を着せたんだ。」


「あ、ええ。あの、自分をフった女を友紀が想い続けていたから、その女の亭主の被害届を握り潰したって言いがかりをつけられたって。でもね、母が言うにはね、あの子は毎日毎日言葉通り泥まみれで、被害者の遺体を一人で捜索していたって。絶対にあの子が恋敵だろうが親の敵だろうが、見捨てるわけが無いのよ。」


「恋敵どころか、自分を振った女への未練など、あいつには一切無かっただろうにな。」


「そ、それに、友君は、あの、まだ、その助けられなかった被害者に深い後悔と、ええと、罪悪感まで持っています。」


「あいつが未だにその事件を引っ張っているのなら、自分の思うように解決できなかった敗北感の方だろう。被害者への憐憫ではないね。いや、敗北感を憐憫に置き換えてしまったから、あいつは持たなくていい罪悪感で先に進めないのかな。単純な敗北感だったら、あの鬼畜だ。名誉挽回の方法ぐらい簡単に思いつくだろうに。」


 僕はもう、うわぁと言う感じで運転席と助手席の間から後部座席へと身を乗り出した。


「き、鬼畜でも、友君は絶対に悪い事なんかしません。せ、正攻法しかしない人です。そ、それで、そんな友君が警察や仲間を呪うなんてハズないじゃないですか。」


 彼女は僕の必死にプッと吹き出し、それからようやく何時もの自信たっぷりの笑顔を取り戻して僕に微笑み返してくれたのである。

 そうだ。葉山は元凶じゃなく最終目標のための的であり、呪いの媒介者にされたにすぎないのだ。

 楊が選んだ楊班のメンバーがそんな事をするわけがない。


「ところで真砂子。あいつは上司をどんな殴り方で潰したんだ?あいつはかなりやっているだろ。手なんていい具合に変形してる程だしな。降格じゃあ、かなりのダメージを相手に与えたんだろうな。」


 僕は良純和尚が楽しそうに真砂子に尋ねる姿に、彼が本庁の組織犯罪課の田神警部に疑われ、しつこくマークされていた理由がまた一つ理解できた気がした。

 そして真砂子はそんな彼にドンびくどころか、一層嬉しそうに顔を綻ばせて輝き始めているではないか。

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