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呪いはどこからどこまで?

 顔を上げた真砂子は、暗い車内の中においても、血の気が失せているのが判った。


「あまり仕事の事は言わないけど、この間の愛犬家の事件が大変だったようで、うなされるし、食欲も落ちているようなのよ。」


 山口がゴンタを飼う切っ掛けとなった事件のことか。

 山口が髙によって二階の部屋に上げてもらえなかったと言っていたあれ、か。

 最近の山口は、凄惨な殺人事件現場において、トイレに駆け込んでしまうトップバッターになってしまったから。


 確かに気絶したり嘔吐したりで動けなくなる事も「潰れる」と言うが、外に出る症状であれば大丈夫なのだ。

 何度も繰り返す事で精神は疲弊するかもしれないが。


 一番怖いのが表面に出ないで内側で腐れ燻ること。

 僕が思う、潰れる、は本当はそういうことだ。

 つまり、僕の恐れている「変容」そのもの。


 水野と佐藤で水野が倒れたと聞いたが、危険な方は佐藤の方ではないかと僕は思う。

 彼女はいつだって自分を失わないようにして、辛いのに両足を踏ん張って頑張る。

 だから彼女に死人しびとを見せないようにしたのだ。

 あんなものを見たら、彼女がこの世界で踏ん張れる場所を失うのではないかって、僕が勝手に思ったからだ。


 だって酷いでしょう。

 この世界の死者と生者のバランスを保つために、死者が多過ぎると死ねない人間、死人が生まれてしまうだなんて。


 記憶を失っていた当時の僕は、死んでも動くことができる死体の存在を見て知って、彼らが時々人に為すことに対して、誰にも告げられずに怯えるだけだった。

 それでも実在する生ける死人に、恐怖だけでなく愛着をも抱く事もあったのは、本能的に僕には「怖くない」と判っていたからだろう。

 僕は死者を滅ぼす事が出来る死神だったのだから。


 ……あ、死人?


「あ、やっぱり相模原東署に行ってください。」


「……危険なんじゃないのかよ。」


 運転席からした声は、腰に響く物凄い低音の素晴らしい声だった。

 めちゃくちゃ怖い声とも言うが。


「死人が相模原東署に保存されているのならば、それが術具になっています。まずそれを壊して、警察署内を結界化することにします。」


 良純和尚はハァと大きく息を吐いた。


「世の中狂っているよ。」


 彼は呟くと、大きく車をUターンさせた。

 助手席の僕が助手席のドアに頭をぶつけてしまうぐらいの、とっても乱暴なターンだ。


「ここは車線変更禁止ですよ。」


 僕は車の運転は出来ないが、黄色のラインが中央に走っている意味はわかる。


「うるせぇよ。免停になったらお前が手を回してなんとかしろよ。」


 良純和尚は僕にがなるや、ぐっとアクセルを踏んで車をさらに加速させた。

 ここは制限速度何キロだ?


「そんなことは無理ですって。県警本部長の伯父は新潟県警ですし!ここ、神奈川!無理ですから、無理。交通法規を守ってくださいよ。」


 チッ。

 大きな舌打ちの音が聞こえ、忽ち車は減速され、その事にホッとした僕は何気なく後ろを見たら、後部座席の真砂子が思いつめた顔をして沈み込んでいた。


「どうしたの?お姉さん。」


「……あの、友紀は大丈夫なの、かしらって。ねぇ、もしかして友紀が元凶だったりするの?疑われないように自分を狙うってよくある話でしょう。」


「お姉さん。友君はそんな人じゃないでしょう。」


「あら、だってあの子は。」


 真砂子が葉山を案じているのは、きっと、彼が道を踏み外したのならば以前に無力感を与えた自分のせいだと思っているからだろう。

 事実葉山は暴力夫から姉を救うどころか車で撥ねられ、彼が入院中に良純和尚が真砂子を救った事について、彼は自分が不甲斐ないからだと言っては憂いでいる。


「だから違いますって。友君がそんなことをするはずが無いじゃないですか。」


「だって、あの子は警察庁から更迭される時に降格までされたのよ。」


『え?』


 僕だけでなく、良純和尚まで、僕と一緒に裏返った声をあげていた。

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