見よ、炎が唸り声をあげている
良純和尚は動いてくれた。
そして、貴重品と着替えを後部座席に積んで真砂子を乗せて車を発進させた直後に、良純和尚と真砂子は僕の「必死」を理解してくれた。
事態が勝手に説明を担ってくれて、僕が説明するまでも無かったのである。
僕の「早く」に良純和尚が車を急発進させてすぐ、凄まじい音に三人一斉に振り向いた情景は、「あそこにいれば死んでいた。」でしかなかったからだ。
葉山の住む寮、それも葉山の部屋目掛けて大型クレーン車が倒れたのだ。
倒れる時に電柱も一緒に引き倒しており、青白い光が葉山の部屋でバチバチと音を立てている。
また、被害は葉山の部屋だけでなく、葉山の部屋の真下の部屋では、たった今の衝撃で火災まで起きている模様だ。
「これは俺達を狙ったものか?俺達のせいか?」
車内からその様子を眺める良純和尚が、情景に気が取られているようにして、珍しく呆然とした声を上げて僕に尋ねた。
「僕達を狙ったものじゃなく、友君を狙ったものです。相模原東署の署員全員なのか楊さんのメンバーだけなのか判りませんが、友君は確実です。」
「どうして友紀が。」
「尋問したからです。触ると貼り付く呪いですから、離れたところから対処しないと何も出来ません。」
「それを早く言えよ。」
僕の返答にかなり怒った声が被さった。
良純和尚は誰かに電話をかけ始めた。
「えぇ、ようやく馬鹿の本意がわかりましたよ。近づいたら呪いが貼り付いて対処できないだけみたいです。そう。外側から何かする気のようですから、一先ず真砂子とこの馬鹿の身柄だけは俺が守りますから。」
口調で判った。
相手は髙だ。
良純和尚は楊が時々ぼやくほど髙と仲がいいように見えるが、なぜか髙に対して敬語を使うことを止めないなぁと、こんな非常時に僕はぼんやりと考えていた。
髙が良純和尚よりも年上だからであろうか。
「それで、どこに連れて行けばいいんだ。」
「えっと、どこって。」
「おい。」
「あ、ごめんなさい。」
スマートフォンを片付けながらぎろりと僕を睨んだ良純和尚に、僕はこれかからの事を告げようと口を開きかけ、間抜けだった自分を殴りつけたい気持ちになった。
「まず全員のスマートフォンの電源を落としてください。呪いが繋がっちゃいます。それから、良純さんは適当で良いので相模原市から抜けてください。」
彼はチッと大きく舌打をすると、出来る限り遠くへと車を走らせるべくグッと乱暴にアクセルを踏み、真砂子は粉々になった部屋を思ってか、ぎゅっと手持ち鞄を抱きしめている。
僕は遠ざかる景色を見ながら、呪いの切れ目を必死に探していた。
警察官に呪いを貼り付けるとは、何てことをするのだろう。
彼らが市民の安全を考えて隅々までパトロールすれば、隅々まで呪いが散るのだ。
人々はちょっとした不遇に遭遇しやすくなり、そのせいで気持ちがギスギスし始める。
そこで噂を流すのだ。
術者が滅ぼしたい人物の名を。
さすれば、一斉にその名が不特定多数から悪意を持って呟かれ、雪解けの雫が小川になり大きな川になるが如く巨大な呪いが、その人物に降り注ぐのである。
呪い返しが出来ない、恐ろしい呪い。
呪いを作った人が呪いたい相手を、僕がこの呪いが成就する前に見つけ出せれば、この呪いの術者は無力化できる。
誰だ?この町で何が起きている?
「お姉さん。葉山さんは最近事件について何か漏らしていませんでしたか?」
僕は呪いを見極めるため、呪いの標的である葉山の事を一番理解している人に尋ねていた。




