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だめだ!

 俺達が葉山の家に辿り着いた時には、真砂子しかそこにいなかった。

 佐藤も水野も、葉山でさえ相模原東署から戻れないそうだ。

 そして、先程の玄人の言葉が予言のようにして、俺達まで相模原東署に呼び出された。


「髙からメールだ。俺達にどうしても来て欲しいとさ。」


 髙は楊の相棒であり、最近では俺の天敵でもある。

 彼は楊と同じような背格好だが風貌はまるっきり逆で、一重の瞳の地味な顔立ちながら飄々とした雰囲気を纏っている様になる男である。


 可哀相好き、という迷惑で変な性癖があるがな。


 奴の中では可哀相度と好感度が比例した二本線どころか同じ一本であるらしく、可哀相な人間ほど大好きになるという危険な男なのだ。


 好かれたら「可哀相」にされる。

 気をつけねば。


「行きませんよ。僕達は一般人ですから。」


 馬鹿は当主のオーラを纏って言い放つと、その様子に驚く真砂子に愛鼠入りのペットキャリーの置き場所を尋ねている。

 玄人は俺の同業者から押し付けられたモルモットをそれはそれは大事にしているのだ。

 そして、モルモットは二年で死ぬハムスターと違い、とてもとても長生きするそうだ。

 チッ。


 俺のスマートフォンが再び震えた。

 また、髙だった。


「申し訳ないですが、どうしても玄人君を署に連れて来てください。山口と水野が大変な状態です。」


「おい、クロ。お前の淳と水野が大変らしいよ。」


「それなら淳平君とみっちゃんだけをこちらに寄こせば良いでしょう。僕達が相模原東署に行く必要なんてこれっぽっちも無いのです。」


 此方に顔も上げずに玄人が言い張った。

 そんなに危険な事になっているのか?


「ねぇ、玄人君。友紀も帰れそうにないから、今日はいいのよ。山口君や水野さんを助けてあげて。」


 真砂子が言葉をかけるが、玄人はキャリーの前でしゃがみ込んだまま返事もしない。


「おい、クロ。」

「しっ。」


 いつもの殴ってやりたくなる返しを玄人は俺にして見せ、そして彼はしゃがんだまま足元をじっと見つめてじっと動かない。


「だめだ!」


 急に叫ぶとすくっと玄人は立ち上がり、俺達の方へくるっと振り向いた。

 彼の顔は真っ青で、思いつめたような表情をしていた。


「失敗しました。こっちに来ます。真砂子さんも連れて別の所に逃げた方が良いかもしれません。お姉さん!着替えと大事なものを鞄に纏めてください!いますぐです!」


 最後の玄人の叫びに、真砂子は目を見開いて言う通りに動き出した。

 もう少し抵抗するかと思ったが、彼女は黙々と荷物を纏めている。

 玄人はそんな彼女の様子に安心したか、俺に向き直って俺を見上げた。

 俺は玄人に何も言わずに、いいよ、と答えるべきと判っていたが、大きく息を吐いた。


「まずは説明からだ。」


 情報不足はどんなに優勢でも敗走させる一番の要因だ。

 どんな時も情報を制したものが勝つ。

 玄人は俺の意思が固いと知るや、珍しく矢継ぎ早に言葉を繰り出した。


「説明は車の中でしますから、早く!今すぐに。この家をすぐに出ないとなんです。お姉さん、僕が友君の荷物を纏めますから!」


「いいよ。わかった。」


 必死の息子に、俺は言うしかなかった。

 が、玄人が葉山の部屋のクローゼットの中の服ではなく、本棚の中に詰められている専門書どころか本の合間に置かれているガラス製の大き目のケースを丁寧に鞄に詰めだした時には、俺はいいよどころではないセリフを叫んでた。


「それは一番に見捨てるものだ!」

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