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俺こそ隅っこ虫

 俺が先を促すと、助手席に座る玄人は、自分の見解というものを語り始めた。


「虫って、死んだ人の魂が化けたものだって言われていました。葬式や法事で虫を殺すなって言うでしょう。その虫は死んだ人が家族に会いに来たものだからって。」


「家族に会いに来た虫を虫ピンで止めるのか。」


「ふふ。ターゲットの人を守るための身代わりの魂、彼女はそう思ったのでしょう。でも、彼女一人で思いついたのではなくて、誰かが指導したはずです。そして教えた人はどうなるかも――知っていたのでしょうね。写真は魂を映し出すもの。顔を削るのは顔という個性を削ぐことで相手を無力化するという行為そのもの。また写真の中の魂が逃げないように死者の魂で囲み、虫の羽ばたきは囚われの人がここにいると呪いを呼ぶ。彼女がやったことは、死刑囚を死刑台に引きずり出した事と同じです。」


「そうか。だから彼女は自分の行為に気が付いて、罪の意識で死んだのだな。で、彼女にそんなことを指南した奴は大手を振って生きている。――ああ!だからお前に教えたくなかったんだよ。暗黒の魔法使いが街を普通に闊歩しているって、一般人には知りたくない情報だろ。」


 俺の言葉の「一般人」の所で、助手席から玄人の軽やかな笑い声がころころと響いた。

 この子は良い声で笑うようになったと、俺の身の内までも華やいでいく。


「どうしてそこで笑う。」


「良純さんが一般人であるわけがないのです。」


 高校時代、他の男子生徒のからかいから守る度に俺を英雄視して、最後には俺に恋心まで抱いた親友を思い出した。

 異性愛者の俺はあいつを拒絶して、あいつは一人で死んでしまった。

 そして自分で拒絶したくせに、死んだ彼の想いを惹きつけておくためにだけに俺は僧侶となったのである。


 異性愛者の人間が同性愛者の気持ちを受け入れられないが、個人という価値観の衣を捨てた僧となったのならば、同性愛者からの愛をも受け取って、さらに同じ愛を返してやれると、俺の一人よがりな考えだ。


 家族もなく友人も居ない俺は、その自分の身の上を寂しいと思っていた自分を認められることもできず、そして振り払ってしまった友人への罪悪感を、俺の中で昇華するにはそれしかなかっただけなのである。


 情けない事に、そんな俺の実情を知って俺を養子にした俊明和尚に俺は今でも縋り付いているのであり、玄人に慕われ縋りつかれる度に、玄人を自分に重ねて当時の俊明和尚の自分への想いを再確認している体たらくだ。


「俺は普通でただの人間だよ。それもずーと下の方のね。」


 思い出した情けない自分自身を封じ込められるかのように、俺は吐き捨てていた。


「下の方じゃないですけど、普通の人間ですよ。」


「一般人じゃないって言ったのはお前だろうが。」


「えー。どこでも中心になる人って意味ですよ。僕こそ下の隅っこ虫ですから。」


 玄人は俺を買いかぶる。

 俺は中心になるのではなく、勝手に居座るだけだ、一人で。


「俺は中心にはならないよ。友人も仲間も作れなくて、俺も隅っこか。楊がいてようやく人並みの交友関係だ。情けないだろ。」


 情けないだろ。

 俺は玄人に楊の他にも友人がいるかのごとき振舞っていたのだ。

 玄人が俺を介して知り合った奴等全員、楊の世界の住人でしかないのにな。

 俺は彼らの敵対者でしかなく、俺の世界には鈴木しかいなかったのだ。

 鈴木は俺のせいで俺しかいない世界の住人にされて、それでも俺を愛し続けて、終には俺に拒絶されたのだ。


「送っていくよ。」


 病でやせ細った体で俺に会いにきた鈴木を俺は受け入れて、高校時代に彼が隣にいた日々のありがたさを痛いぐらいに心に感じていた。

 だからこそ俺は、彼と離れ難いからと、彼に「送る」と卑怯にも声をかけたのだ。

 だが、彼は俺を拒絶して、たった一人で自殺とも事故ともつかない死に方をした。


「良純さんのせいじゃないです。」


 何かが見えたのか、玄人は珍しく強い言い方であった。

 助手席の彼はけなげな顔付きで、俺を捕まえるが如きの目線を必死に俺に送っていた。

 ポンと彼の頭に左手を置いて、彼の頭を撫でてやる。

 イギリスの車だからか、並行輸入車でも右ハンドルが嬉しい所だ。


「まぁいい。それで話を戻すが、妹の方が自殺した姉を攻め立てたコメント主が悪いと、見つけ出して相手の住居前で必死に呪いをかけていたんだと。そこを職質されて引っ張られたが、彼女には殺人に加わった証拠がない。昔お前が言っていたように日本は呪いは罪にならないだろ。確実に犯人に思えるが、追求しきれなくて楊達が頭を抱えているって、それだけの話だ。」


 ここまで話して、助手席の玄人をチラッと見ると、彼は真っ直ぐに俺を見ていた。


「良純さん。僕達は相模原東署に暫く行かないほうが良いですね。」


「呼び出されてもか。」


「それが敵の狙いです。」


「敵は誰だか判るか?」


「判りません。関わらなければ良い話なだけですから。」


 珍しく突き放すような、投げ捨てるような言い方を彼はした。

 相模原東署には楊も山口もいるだろうに。

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