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お前を地面に貼り付けて背中を踏みにじってやりたい(馬11)  作者: 蔵前
八 事態は酸化する鉄のように真っ赤に急変していく
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絶対ルール

 楊の相棒で副官になる髙は、標準身長に標準よりも細身にみえる体型をしている。

 しかしながら、葉山よりも確実に小柄な彼は、葉山どころか本部の幹部達の誰よりも存在感がある人なのである。


 彼がその気になれば、であるが。


 普段の髙は、葉山の相棒の山口のように完全に存在を消し、いるのにいない人になりきっていて、楊が憧れる「窓際族の親父」そのものの風体だ。

 そんな髙がこの現場に現れたのは、彼が神出鬼没だからではない。


 通常であれば葉山達だけで対処できるが、通常でない現場であるがために葉山達は宮辺に連絡を取った。


 つまり、宮辺班を動かすほどの現場であるならば、特対課の事件となるわけで、課のフィクサーである髙が確認に来ない訳が無いのである。


 髙は一重の瞳を葉山にちらりと目線を動かし、ほんの一瞬だけ葉山の背筋を寒くした。

 けれども髙はすぐに軍曹のような威圧感を捨て、いつもの飄々とした衣をさっと纏ってしまったのである。


「玄関扉のあれ、百目鬼さんの事みたいだね。」


「髙さん。また俺には教えるな、ですか?この間の山さんを立ち入らせなかった現場には俺を入れてくれたじゃないですか。」


「玄人君にあの遺体の姿は見せたくなかったからね。それに君にも見るなと、あら、君は僕が被せた布を剥いでわざわざ見たの。……はぁ、見たんだね。君が指揮系統を無視する傾向があったことを忘れていたよ。」


「おかしな遺体らしき物があれば、刑事であれば確認するでしょうよ。」


「僕に駄目だと言われたら、山口はしないね。」


「山さんはしませんか?」


「うん。僕の命令に背いたら大変って、しっかりと教え込んだからね。君も僕の命令に背いたことを後悔しているでしょう?」


「いいえ。無辜の人間があんな目に合っている事実を知らない方が良かったとは思えません。たとえ、俺が彼女に何もしてあげることができなくとも。」


「そんなに背負うから潰れちゃうんだよ。」


 ふうっと溜息を吐き出してから、髙は何事も無い顔で窓の無い三階を顎で示した。


「あそこから放り投げられた自分を考えたら辛いでしょう。辛いからって無意識に憶病になる。臆病であることは慎重にもなるから構わないけれどね、度が過ぎると一歩が踏み出せなくなる。起きてしまった過去は事実としてだけ受け取るんだよ。自分が無傷でいないと、次の犠牲者に体を張れないでしょう。」


「俺は被害者に感情移入し過ぎるから無能なんですね。」


「感情移入と能力は別でしょう。君は無能じゃないからここに来ちゃったんだよ。宮辺君と一緒。君はね、最初にかわさんが君に言ったとおりに、君が思う警察官になっていればいいの。」


「では、盗み見た俺の行為は別に構いませんね。」


「構うから今僕が注意をしているの。それは二度としないで。僕の言う事が絶対のルールで、それを踏まえて君が思うやり方で行けばいいという話だからね。」


「髙さんは酷い。」


 葉山は何日ぶりかに笑い声が漏れかけ、遺体の前だったと慌ててむせてごまかした。

 顔を背けた先に、すでにガラスの破片を抜かれて遺体袋に片付け始められている遺体が視界に入り、彼は宮辺のセリフを思い出していた。


「ガラスの破片はひとつひとつ刺された?」


「これは拷問だね。では実行にかかる時間は?親が気づきませんでしたって?ありえないでしょう。」


「そこなんですよ。鑑識が到着するまでの間、僕らは両親の調書を取っていたのですが、普通よりも反応が遅い上に言葉自体が出ない様子で。彼らは娘を亡くした衝撃が強いからでは説明がつかないかと。今すぐにでも高瀬夫妻の薬物検査をしたいのですが、意思の疎通が出来かねまして。このまま病院にでも搬送して、ですかね。」


「反応がおかしい?」


「まず瞳孔が開きっぱなしで、目の焦点が合っていないです。」


「困ったね。」


 葉山の報告に髙は肩を軽く竦めた。


「加瀬は?」


「中で被害者の両親の付き添いをしています。って居間にいませんでしたか?」


 答えた所で、「出ました!」と元気一杯な声が響き渡り、声と共に廊下を走り抜けてきたらしき加瀬が、ぴょこりと居間から飛び出して庭に降りたったのである。


「え?でた?何が?」


 葉山が呆然と振り向くと、頬を上気させた加瀬がにこやかに報告しはじめた。


「車に乗せていたた検査キットを使いました。何かを飲まされての行為ならばあなた方のせいじゃないからって言ったら、簡単に検査させてくれました。」


「え!話してくれたの?どうやって?」


 加瀬は満開の笑顔で葉山に答えようとした。

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