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お前を地面に貼り付けて背中を踏みにじってやりたい(馬11)  作者: 蔵前
八 事態は酸化する鉄のように真っ赤に急変していく
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やばい、ですか?

 鑑識の黒のライトバンが高瀬家に到着したのは、葉山が連絡を入れた数分後である。


 葉山と加瀬は鑑識がやって来るまでの間、高瀬夫妻へのアプローチを今一度試みていたのだが、彼らには葉山の言葉は届かぬようで何の成果も上がらなかった。


 そこで、物言わぬ彼らに付き添う加瀬を残して、葉山はせめて彼らの目隠しになるようにと遺体の前に立っていた。

 静寂を打ち破るように部下を引き連れて庭に現れた鑑識主任は、葉山らが数分前に語り合っていた通りに、普通に飛び降りたものではないと一目見て判断の声を上げた。


「だから呼んだんだって。」


 人の良い葉山であるので、その呟きは心の中だけだけだ。

 いや、人が良いではなく、人を知っている葉山だから、である。

 葉山がその呟きを口に出していたら、目の前の主任が鼻を曲げて消えてしまうことが確実であるからだ。


 特対課の創設の際、課が扱う特殊な事件性のために、専任の鑑識班も作られた。

 鑑識の主任として本部から引っ張られた宮辺みやべ壮大そうたは、中肉中背のどこにでもいる外見の男でもあるが、中身がどこにでもいない男である。


 葉山が愛して止まない玄人は、宮辺の外見がドミニク・アングルの若かりし頃の自画像と似ていると評しており、ネットで検索して出てきた画像に確かに似ていると同意した覚えがある。

 しかしその途端に、宮辺がどこにでもいる顔に見えなくなったからと、葉山は署内の誰にも、宮辺本人にも言えない。

 自画像が割合といい男で、宮辺が玄人に褒められたと喜びそうであるからだ。


 そんな宮辺の持つ幅広い知識と何事も見逃さない目に、本部では唯の犬では足りないからと、ブラッドハウンドという渾名をつけられていた。

 ブラッドハウンドは嗅覚ではどの犬種の追従も許さないと、追跡犬として重用されている犬種である。


「酷いね。三階から放り投げられて、散々いたぶられた後に喉ぼとけを潰されたなんて、うん、どんビキ。やっばい、やっばい。ほら、写真が終わったらガラスを抜いて。抜く時は番号を振って最後のものから抜いてちょうだい。刺さっている方向と深さもガラスに記入しての写真を確実にとっておくんだよ。」


「主任!どれが最初でどれが最後かなんてわかりませんよ!」


「えー。やっばい。」


 部下の叫びに宮辺は番号のついたシールを受け取ると、次々とガラスに貼り付け始めているではないか。

 宮辺の優秀さに葉山は気付かぬ内に頭を垂れてしまっていた。

 彼はシールを張る手も止めず、葉山も見ないで声をかけた。


「ここで吐かないでね。」


「吐きませんよ。俺が未熟だってがっかりしただけです。」


「未熟じゃないよ。こんな事は通常じゃ起こりえないでしょう。理解できる人の方がやっばーい。」


「宮辺さんは、やばい?」


「俺は天才だもんね。このおばあちゃんが可相想に拷問されて、最後の止めに喉頭隆起を潰されて絶命させられちゃったって、普通にわかっちゃうだけだもん。」


「おばあちゃん?被害者の高瀬由美は近隣の私大に通う二十歳の大学生ですよ。」


 葉山は高瀬の娘が生きている可能性があるのかと、胸にほんの少しだけ希望が湧いた。

 拷問されて殺されるなど年齢など関係なく悲惨なものだが、それでも葉山は高瀬夫妻の茫然自失状態を知っているからこそ由美ではない可能性に光を見た気がしたのである。

 宮辺はシールを貼り終えたか、すくっと遺体から身を起こした。


「この仏さんが高瀬由美であることは確実でも、身体的特徴は完全に老婆だね。尚更やっばーい。」


 葉山は遺体をもう一度見直した。

 傷だらけ、未だにガラスだらけの遺体をよく見直してみれば、彼女の肌は二十歳にしてはがさがさで、髪の毛は脱色し過ぎて艶を失っている。

 彼女に若さを留めるよすがが、指先の派手派手しいジェルネイルと半袖の赤いチュニックに黒のショートレギンスという服装だけであったのだ。


 そして、宮辺が何度も言うように、喉頭隆起、俗に言う喉ぼとけがある首の真ん中は、大き目のへこみが出来ていた。

 葉山が拳を握っていたのは、哀れな被害者への義憤ではなく、自分の握った拳でそのへこみの大きさを単に比較しようとしていたからである。


「君の拳よりも大きくて、それほどパワーは無いと思うな。」


 葉山はそこでハッとした。

 脳裏に閃いた高瀬要の汚れた手。


「いやまさか。」

「まさかありあり。やばいの。」


「宮辺さん。このご遺体は由美で間違いは無いのですか。それで、そうですね。どうして彼女は、こんな状態なのだと思われますか。拒食症?」


 キヒヒヒという笑い声に葉山は驚いたが、笑っていた宮辺は笑いを収めると何かを企む顔付をして、「同じ臭いがする。」と葉山だけに聞こえるぐらいの声で囁いた。


「同じ臭い、ですか?」


「この間のクロちゃんのパパの物件にあったのと同じ臭いだよ。」


「においとは、どんな?」


 葉山が声を潜めて彼に顔を寄せた。

 しかし宮辺は葉山に答えるどころか、後ろをくるっと向いて部下の監督に戻ってしまった。

 けれども葉山は宮辺に何も言わなった。

 葉山の背中には威圧感というべき存在感を感じているからだ。


 すなわち、髙が葉山達の後ろで、気だるそうにして立っていたのだ。

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