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お前を地面に貼り付けて背中を踏みにじってやりたい(馬11)  作者: 蔵前
八 事態は酸化する鉄のように真っ赤に急変していく
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どん底な世界にようこそ

 葉山は俺への嫌がらせなのか、家の中の事をすぐに話してくれなかった。

 それどころか、加瀬との会話を再現し始めたのでる。


 まずは玄関前で、玄関扉にコクトーの名言を見つけたところからだ。


 加瀬は葉山が簡単に訳して見せたところに、自分の手柄を取られたような素振りを一切見せないどころか、フランス語が読める同士を見つけたという純粋な喜びを浮かべていたのだそうだ。


「なんだ。葉山さんも読めたのですね。」


「俺は読めてもコクトーまではわからなかったさ。マッキーは凄いね。君はコクトーが好きなの?」


「警察猫はいないから猫が好きって、彼の名言がおもしろいなって。それでコクトーの名言を漁った事があって知っているだけです。僕はフランス文学だったら、サン・テグジュベリが好きですね。夜間飛行や星の王子様。」


「星の王子様は泣いちゃうよね。」


「泣きますね。子供の頃は何て詰まらないと思って、大学の第二外国語で読まされた時にも詰まらないって思って。ですが最近読み直したら辛いんですよ。前に進むために自分の子供じみた純粋さを捨て去って大人になってみても、夢も希望も家族さえない砂漠を彷徨うだけの空虚さしか残っていない。そんな物語だったのかなって。つまらない大人になった主人公と死んでいく王子様に感情移入しちゃって。」


「もうやめて、マッキー。俺も自分の身の上を思い出して泣いてしまう。」


「感情移入できるようになったのは、僕らが大人になったからですかね。それもあんまり羨ましくない系。」


「羨ましくない系はやめてぇ。」


「いえ、あの、それは僕の身の上の話で。」


「俺もだって。俺の身の上を聞いたら君は泣くね。でもいいでしょ。俺達みんな島流し署と名高い相模原東署の残念な仲間じゃないか。」


「仲間ですか?」


 ぼつりと繰り返した加瀬の声が、葉山には落ち込んで乾いている、いつもと違う加瀬の声に聞こえたそうである。

 そこで彼は、加瀬が朗らかに振舞っているだけで、部署での彼が本当の彼自身であるといえないはずだと思い当たった。


「俺はね、かわさんに本部からこっちに引っ張られた時にね、ようこそどん詰まりにって酷い事を言われたよ。どん詰まりでここから先に流される場所がないから、好きなように自分の考えるお巡りさんをやればいいんだって。」


「僕はかわさんになりたい。」


「おや、君も?いいよね、彼はどん底でもいつも楽しいことばかり考えている。」


「あの、その反対で。彼は、本当はシニカルなのかなって。必ず一歩引いているからドン底も受け入れられるのかなって。世界が腐っているってわかっていても、その世界に住む人間を愛しているから腐っている世界をも受け入れているのかなって。それとも、本当は誰の事も愛していないのからなんでも受け入れるのかなって。なんか矛盾を感じる人で。だから僕はこの言葉がかわさんに思えたんです。彼の振る舞いは嘘が多いけれど、その嘘に何の悪意も無くて純粋さしか無かったら、悪魔なのかなって。」


 葉山は再び言葉を切り、俺を見返した。

 俺は片眉をあげて見せただけだった。


「山さんは何も言う事が無いのかな?」


「多分。君と同じことを考えている気がするから、かな。これは心理テストみたいだ。悪魔を想像しながら思いついた人物は、僕達にとって何を現わすのか。」


「俺は……手に入らない憧れだった。」


 俺はせつなそうに目を細めた葉山に、自分の奢り、自分が玄人を手に入れたと葉山の気持ちも考えずにはしゃいでいた事を突きつけられ、親友への気持も考えていなかった自分の薄情さに歯噛みするしかなかった。


「ともく――。」


「君の本命は百目鬼さんか。」

「ちがう!」


「違うよね。うん。俺はクロが絶対に俺の手に入らないとも思えないしね。だけどそんな軽口は加瀬にはまだ言えないでしょう。だから、俺は彼にはこう言ってあげたの。そういう風にかわさんを見たのは君が初めてだね。なんだか新鮮だ。って。」


 真っ当な葉山は真っ当な言葉を吐いただけであり、彼は気が付いてもいないし気が付かない彼が悪いというものではない。

 だが一般的には、うちの部署のみんなはそんな風に考えないよ、的な事を先輩に言われれば、新人は失言してしまったと思って委縮してしまうものである。


 そこで一般的でしかない加瀬は、急にしゅんと小さくなると、葉山にか細い声で謝って来たそうだ。


「すいません。」


「どうして謝る。違う視点の人間が沢山いた方が良い物でしょう。」


 葉山の言葉に加瀬は顔つきがくしゃっと変わり、葉山は加瀬が手柄を奪った先輩によって彼が和を乱すと島流しをされた事を思い出した。

 自分の適当な言葉一つで感激してしまった後輩に哀れさを感じ、それを打ち消すように加瀬の背中を軽く叩いた。


「さぁ。哀れな遺体と、可相想なご両親にそろそろ対面しようか。」


 葉山はまた言葉を切ると、俺を挑むように見返して、ニヤリと笑った。


「山さんたら、俺がくどくど話している間に洗面器の用意をしていなかったの?」


 全ての葉山に関する俺の前言を撤回だ。

 こいつは真っ当な真っ直ぐな男どころか、糞意地が悪い。

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