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聖人な僧侶

 なんていうこと!

 楊は倉庫から大変なものを持って行きました!


 倉庫にあったびいどろの船は、海と船をこよなく愛した武本の当主が、自分の死期を悟るや病床のなかで船が見たいと体が動く間に作り上げたものだったのだ。

 楊が欲しいと選んでくれたものが、世界に漕ぎ出でる事ができなかった七代目のびいどろの船だったことに、僕は武本の人間として感謝と嬉しさばかりが湧いていた。


「なんだ。ほんとは要らないものだったのか?俺はあいつに何代目とやらの名前を書いた札と一緒に飾ってやればいいからって、恭しく手渡してやったがな。」


「ええ、それでいいです。ああ最高です。あなたは本当に最高ですよ。」


 良純和尚が楊に言った通りに楊があの船を楊宅に飾るのであれば、不遇の七代目は作品を誉めそやされることで存在を認められるのだ。

 これを復活と言わずして何と言おうか。


「それで、もう一つ聞きたい事があるんだがよ。」


 良純和尚は、どうしても勝手に風呂敷や桐箱が出てきたことが納得出来ないらしい。

 いや、今は指に嵌めても簡単に外せるし指で回せるが、倉庫では嵌めた指輪が動かないどころか抜けなくなった事こそかな?


「ですから、あの部屋はオコジョが守っていると言ったじゃないですか。あの部屋の存在自体、僕が記憶を取り戻してから認識をしたほどのものですから、当主でもわからない部分があるんですよ。」


 恐らくオコジョがその指輪を押し売りしたような格好であり、良純和尚に絶対に持って行ってもらおうと彼の指先にオコジョが貼りついていたのであろう。

 僕の返答が気に入らなかったのか、良純和尚は僕を眇め見た。


「オコジョが掃除するのかよ。埃一つ無い空間だったぞ。」


「埃一つ無い空間なんですよ。」


 良純和尚は脱力した様に首を前にガクッと落とすと、右手に握っていた指輪を僕の手の平に落とした。


「あの、要らない、の?」


「阿呆。これから飯を作る。傷がついたら困るからな。これは俺が死んだらお前のものになるか、あの場所に戻るんだろ。大事にしないとな。」


 彼はこんなにも武本を理解してくれると、僕の口元が勝手にニンマリとした。

 このロシア皇帝の愛した石は、傲慢で優しくて破壊的な彼にぴったりだと思った。

 彼は本物のメシアだったのだ。


 あの朝食での僕の質問に良純和尚は答えてくれなかった。

 楊のギャハハハという大笑いが煩かった上に、良純和尚が言葉にする前に、笑いで息も絶え絶えになりながら楊が答えを教えてくれたのだ。


「クリスマスだって。こいつ、クリスマスが誕生日なの。笑えるだろ。禅僧の誕生日が、ハッピーメリークリスマス、だぜ。」


 僕はぴったりだと思った。

 僕を地獄みたいな生活から助け出してくれた良純和尚は、僕にとっては救世主以外の何者でもない。

 また、身銭を切って僕に色々買い与えてくれる人でもある。

 サンタのモデルは、身売りされる娘の為に金貨を差し出した聖人ニコラオスとも言われている。

 うんうん、良純和尚は僕のニコラオスだ。


「笑うどころかぴったりじゃないですか!サンタさんでメシア様です。」


「確かに飯屋だもんな、食欲魔人なお前専用の!」


「かわちゃんたら!」


 楊の大笑いする姿を見ていたら、僕が良純和尚にマンションに閉じ込められていた去年のクリスマスに、楊がケーキをわざわざ買って来て、良純和尚のケーキの上にだけサンタの飾りを載せた訳が解った。

 楊から良純和尚への純粋な誕生日のお祝いのメッセージであり、僕と良純和尚の関係を知っているからこそのちょっとした楊の揶揄いだったのだ。



「おい、クロ。夜はパスタで簡単でいいだろ。」


 台所から僕の大事な人の声が掛かった。

 良純和尚のパスタは俊明和尚直伝らしいのだが、本格的な味付けでそこいらのパスタ屋が敵わないぐらいに美味しいのだ。


「勿論です。」


 僕は子供みたいな大声で答えていた。


「僕も手伝います。」


 しかし、僕が立ちあがる前に、座っていろ、と声がかかった。


「足ががくがくじゃねぇか。今日はもう余り動くな。」


 どうでもいい人間をこんなに良く見ているものであろうか。

 否。

 僕は良純和尚にとって、とてもとても大事な人間になれたらしい。

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