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指輪はなんの約束だ?

 僕達は体育の日を結局大いに楽しんだ。

 オリンピック公園に出掛ける前に、楊は買っていた指輪を梨々子に渡した。

 彼も夏にダイヤを買っていたのだ。

 でも、一緒に店にいた良純和尚が簡単に、それよりも大きな石を買って僕に渡したがために、梨々子に渡せなくなってしまった模様である。


 良純和尚は単なる衝動買いのくせして、何回払いにするか悩んでいる楊の目の前で、きっと現金かカード一括払いをして見せたに違いない。

 これは絶対的に良純和尚が悪い。


「ごめんな。俺はチッコイのしか渡せなくて。情けなくなってさ。」


 楊は梨々子に謝りながら指輪を渡したが、ストーカー歴六年の馬鹿な梨々子には、小さかろうがガラス玉だったとしても大喜びのはずだ。

 彼女はこの一瞬のために楊を追い掛け回し、十八歳になってからは全裸になってでも、楊を完全攻略するためだけに体の関係を迫っていたのである。


 その攻撃を交わし続けていた楊が、僕が殺されかけた同日に梨々子も誘拐される経験をしていたからと、梨々子を宥めるためにコロっと彼女の手に落ちたのが間抜けである。


 まぁ、仕方がない。

 落ちている哀れな生き物を拾ってしまう性を持った男だ。

 元気一杯の小娘に強く迫られても撥ね退けられるが、泣いて怯える美女には太刀打ちできないであろう。

 楊は人の痛みに弱いどころか耐性が無い、脆弱過ぎる男であるのだ。


「くふっふっふふう。」


 変な笑い声と変な泣き笑い顔で梨々子は美女っプリが台無しになっていたが、元々のペアリングの上にダイヤの指輪を嵌めて喜ぶ彼女の顔は、ダイヤかそれ以上に輝いていたと思い出す。


 さて、楊のダイヤ贈呈会の後には、僕達は楊の提案通りに真砂子を加えた全員でオリンピック公園を散策にでかけることにした。

 山口は僕を殆ど抱くようにして公園を練り歩き、良純和尚は諦めさせたいはずの真砂子に惚れ直させたいのかと思うようなエスコートをして見せていた。


 とにかく楽しかった。


 僕達は出掛けた時の笑顔のまま家に戻って来て、そして我が家の前で解散したのである。


 たった今。


 そして我が家の玄関に入ったのは、いつもと同じ僕と良純和尚だけだったが、僕達の二人はなぜかそこがホッとできるような気がしていた。

 だって、ようやく僕達だけのいつもの空間になったとそういうわけだもの。


 そして二人きりになるや、良純和尚は僕に聞かなければいけないことがあると言い出して、彼は左手の中指に嵌めた指輪が僕に良く見えるように翳した。


「こうなる事がお前にはわかっていたのか?」


 僕はなんというか、うん知ってた、としか思わなかった。

 だって、良純和尚がアレキサンドライトの指輪を選ぶなっていうのは、僕の想像通りでしかないのだもの。

 だが、僕に指輪を翳す良純和尚の顔は、貰ってやったぜ、的などや顔どころか、何となく釈然としないような、しっくりこないという風な顔付なのである。


「え!何か不満でも!それは不満なんですか!凄く良いものなんですよ!」


「いいものはわかるけどよ、いくら気にいっても外れなくなったんじゃ、……。」


 僕の目の前で良純和尚は左手中指の指輪を右手の指先でつまみ、しかし、その指輪は簡単にくるっと彼の指で回って指から抜けた。


「抜けましたね。」


「――抜けたな。お前がやったのか?」


「何をですか?」


「あの倉庫でな、この指輪は俺の指から抜けなくなったんだよ。ついでに言うとな、楊が欲しいものを選んだ途端に風呂敷が出て来たそうだぞ。お使いくださいってな。」



「え、風呂敷?かわちゃんは何を選んだの?虫シリーズの何かを持って行ってくれるものだと思っていたのに!」


 良純和尚は皮肉そうに僕を笑った。


「お前は酷いな。楊はお前にとっちゃ廃品回収班か?だったら残念だな。あいつはびいどろのお船を持って帰ったよ。」


 僕の脳裏にすかーんと武本の帆を張った船がイメージされた。

 あれを選んだのならば、倉庫が楊の為に風呂敷ぐらい用意するのは当り前じゃないか!

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