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婚約指輪の石談義

「酷いよ、あの人。俺が君にそれ以上のものを贈らないといけないじゃないか。そんなに大きなダイヤだったら無理だよ。安月給の俺には無理だよ。ぜったい絶対に、一生無理だよ!」


 山口は叫び出し、僕は彼に呆気にとられていた。

 君が無理でも別に僕は構わないよ、って言っていいものなんだろうか?

 だって、武本の倉庫にはたくさんたくさん倉庫品があるのだもの。


「無理って思ったそこで負けなのよ!そこを頑張るのが大事なの。頑張ってもらえた自分に価値があるって、貰った相手が喜ぶんじゃない。」


「真砂子さん、淳平君を煽るのやめて。ダイヤぐらい我が武本が手ごろなものを用意することなんて簡単なんだから!」


 ほら、山口がうわぁあと叫び声をあげて、まるで悩めるマレーグマのように僕の脇で頭を抱えてぐねぐねしてしまったじゃないか。


「淳平君!ぼ、僕は誕生石が好きだからね、ね。ダイヤよりそっちがいいから、ね。」


 すると、山口は希望に満ちた顔をがばっと上げて、僕を見返した。


「真珠?君に良く似合うよ。綺麗なのを買おう。」


「違います。好きですけどね、真珠も。」


「あら、違うの?六月は真珠でしょう。」


「アレキサンドライトもです。太陽光では緑で電灯では赤に輝く綺麗な石です。」


 すると僕の頭の中に倉庫のあの素晴らしい石が浮かんでしまった。


「あ。」

「どうしたの?クロト。」


 アレキサンドライトと聞いて落ち着いた山口が僕に尋ねてきた。

 ゴメン、淳平君。

 僕は君をまた落ち込ませてしまう可能性がある気がしてきた。

 倉庫のあれは男物で、土台の傲慢なほどの意匠の上に最高級の大きな石がドドンと乗った、俗物な良純和尚の趣味ど真ん中だったのだ。


 説明しようかどうしようか迷ったその時、車のエンジン音が聞こえてきた。

 急げ!時間が無いぞ!

 僕は頭の中をひっくり返して石について検索し、山口のために自分が欲しいと思う別の石の名前を言って彼を謀る事にした。


「でも、やっぱり海の色のブルートパーズが誕生石関係なく好きかなって。」


 あれなら熱処理で青を出せる安価な石だ。

 エメラルドの色変わりのアクアマリンはとても高価だから彼に強請れない。

 それにトパーズはもともと大好きな石だ。


 実は純粋なトパーズには殆ど色はない。

 宝石店で並べられている様々なトパーズには、熱や放射線などの化学処理を施しての、様々な色変わりを作出されているだけに過ぎない。

 トパーズは錬金術そのものの様な石じゃないか?


 僕はこの七変化してしまえる石は大好きなのだ。

 オパールのように輝く石には心踊らされるし、透明感溢れる青い海の様なブルートパーズなんて、本当に美しいと思う。

 安価ならば大きい石を強請れるし。

 そう、どうせ指輪を飾る石であるならば、大きければ大きい方が良いものなのだ。


「ブルートパーズの透明な青い石は、空や海を連想するから大好きなんです。」


「青い石は綺麗だよね。でも、婚約指輪なら、半貴石ではなく貴石のアクアマリンを君に贈れるように頑張るよ。」


「うれしい!淳平君!」


 僕は人目を気にせずに山口の首にしがみついていた。

 山口にしがみつきながら、真砂子って正しいと思った自分を認めないわけにはいかない。


「帰ったぞ。」


 良純和尚の声に、僕は山口から手を振りほどいて立ち上がろうとした。

 山口が僕を手離すはずは無い。


「くす。良いから。」


 真砂子は僕を押し留めると、僕の代りに立ち上がっていそいそと彼を出迎えに行った。


「あれー。真砂子さん来ていたんだ。葉山が誕生日だって?」


 楊の声に梨々子がシャキーンと立ち上がり、物凄い勢いで玄関へと消えた。


「クロト、明日は早目に迎えに来るからね。」


 山口はちゅっと僕の頬にキスをして、それから彼も立ち上がり良純和尚達を出迎えに玄関の方へと今を出て行った。

 一人ぽつんと居間に残された僕は、チュッとされた頬を押さえながら、明日の事を考えてちょっとどこかがキュッとなった。

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