楊と百目鬼とダイヤ
せっかく山口が梨々子の思い違いを正して慰めようとしていたのに、真砂子の情け容赦ない突っ込みのせいで信憑性が無くなって、山口が慰めそこなった事になった梨々子は今にも大泣きしそうだ。
「か、かわちゃんは梨々子に会うために昨夜からこっちに来てたけど、ちょ、ちょっと急用で出かけているだけだから。直ぐに帰って来るから。そしたら一緒に遊べば良いでしょ。オリンピック公園に梨々子を連れ出したいって言ってたよ。」
梨々子はがばっと立ち上がり「嘘つき!」と大声で僕を罵った。
「メールの返信も無いじゃない。警察署にまさ君の車があっても家に来ないし、連絡してもいっつも仕事って、相模原に居るって嘘ばっかり。」
やっぱり近所の警察署の楊専用駐車スペースにはトラップがあったのか。車があれば確実に金虫家に連絡が行くという。
雁字搦めだね、かわちゃん。
「嬢さん。僕がクロトに会いに来る時にかわさんの車を借りてるんですよ。神奈川県警の支給車でここまで来れないでしょ。僕は自家用車を持っていないですからね。」
そうか、山口は電車でここまで来てたわけじゃなかったのか。
そして楊はトラップ避けというよりも、こっちに来ても金虫家に行かないで済む実績作りに、駐車場と車を山口に貸している気がしてきた。
楊は実に有能な警察官でもあったのか。
僕は涙目の梨々子にティッシュペーパーを箱ごと渡した。
受け取った梨々子は再び腰を下ろし、箱が空っぽに為るくらい一気に紙を引き出して顔に当てた。
梨々子はごしごしと頬の涙を拭きながら、ぐしゃぐしゃのティッシュを掴んでいるその手で、僕の首元を指差した。
「そ、それ、それは。」
泣きながらで言葉にならない上に、顔中にティッシュのカスがこびり付かせているその姿が可哀相で、僕はせめて彼女の顔からカスを取り除こうとのひとつを摘んだ。
ばしん。
僕の手は梨々子に叩かれた。
「やめてよ!尚更惨めじゃない。あんたが着けているそれ、まさ君が買っていたダイヤのネックレスでしょう?夏に宝石店でまさ君が買い物をしている所をお祖母ちゃんの友達が見たって。あんたがダイヤをつけ始めた頃じゃない。」
「これは違うよ。でも凄いね。かわちゃんは一人で宝石店に入れる人だったんだ。」
すると梨々子はウーンと考え込み、ぼそぼそと声を先細らせるようにして呟いた。
「百目鬼さんみたいな人が一緒にいたって聞いた……かも。」
僕は、それでか、と、ふーと息を吐いた。
「あぁ想像がついた。畜生、かわちゃんめ。」
「え、クロト?やっぱりまさ君の事を?」
いくら有名店でも、あの楊に一人で宝石店に行けるとは考え付かない。
彼は非常識を纏った常識人で、良純和尚は仏門に下る時にこれ幸いと喜んで人の良識を捨て去った人で、その上、良純和尚が楊の頼みを断ることなど絶対に無いであろう。
僕はネックレスを貰った時の水色のパッケージも思い出していた。
婚約指輪を買うならあのブランドと言われている老舗だ。
僕としては、我が武本物産で購入してもらえば、同じ値段でダイヤのランクもカラットも上の物をお渡しできたのに、と、受け取りながら考えた事も思い出した。
「ちがう。どうして良純さんが武本でダイヤを買わなかったのか不思議だったから。同じ値段ならね、武本がもっといいダイヤを渡せたもの。そうか、あれはかわちゃんのせいか。どうしてかわちゃんは我が武本物産を素通りしやがったのか。」
「ク、クロト?」
山口のなぜか脅えている声にはっとすると、真砂子どころか梨々子までも引いた目で僕を見ていた。
それでも、梨々子の目に希望の兆しが見えている所から、僕への濡れ衣は消えているようだとホッと安堵の溜息を吐いた。
「……それは、百目鬼さんからのものだったの?」
「そう。コレ、良純さんからの贈り物なの。不幸続きだからお守りだって。ダイヤは魔を祓うって言うでしょう。だから毎日つけなさいって。」
本当は僕が山口の贈り物のイヤーカーフを外さない事に対抗しての「お守り」だ。
毎日身につけないと「いらないものとして質屋に売る」と脅すのだから仕方が無い。
僕が綺麗なものが大好きで物欲が凄まじい事を良純和尚は熟知している。
「チクショウ。百目鬼め。」
なぜか山口が猛った声を上げていた。
どうした?




