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人への気遣いって、陽炎のようなもの、ですか?

 僕は近所では良純和尚の幼な妻として受けいられており、全然否定しない良純和尚のために僕も否定していない。

 ご近所の奥様方は僕達の生活に耳をそばだてており、僕がくしゃみで涙が出ただけでもなぜか良純和尚が叱られるのだ。


 おそらくも何も、町内会の仕事を僕が彼によって全部押し付けられている関係で、僕達が離婚したら町内会から労働者が一人消えるだろうと彼女達は考えて、そこで僕を守ろうとしてくれているだけであろう。


 決して、あの不埒な美僧に絡みたいという歪んだ気持ちからでは無いはずだ。


 彼女達が彼を叱る時も褒める時もべたべたと彼に触るのは、息子のように彼の事を考えているからで、決して彼への劣情からではないはずだ。


「ねぇ、ここじゃなんだからお家に入りませんか。真砂子さんも梨々子も、ずっと外だったのでしょう。居間でお茶は如何ですか?」


 僕は彼女達を家内の居間へと誘い、言葉通り台所でお茶の支度に取り掛かった。

 梨々子は居間に入るとすぐに両腕の中に顔を突っ込む形でちゃぶ台につっぷしてしまっており、真砂子は居間に一歩入ったそこで立ち止まった。

 どうしたのかと眺めていると、彼女は僕のアンズがケージの柵を掴んで立ち上がっている姿に微笑んでから、居間に入らずに振り返って僕に寄ってきたのである。

 我が家は台所と居間が廊下を挟んで向かい合っている形なのだ。


「足が辛そうね。後は私がやるから。」


 さすが看護師だ。


「大丈夫です。お茶を淹れるだけですから。運ぶのは淳平君に任せます。」


 そう。

 僕の隣には、でくの坊よろしく立っている男がいるのだ。


「でも、私がいないほうがあの子が話し易くない?あの子はあなたに相談か悩みを聞いて欲しくてここに来たんでしょう。」


 さすが「姉」を二十九年もされている人だ。

 気遣いが違う。

 数分前の鬼畜の姿が幻だと思うほどの優しい女性になっている。


「僕は人の気持ちも常識もわからない人間なので、お姉さんが居てくれる方が梨々子にはいいかなって思います。」


 ぶっと真砂子は噴出した。


「自分で常識無いって言うか。分かった、私はもう少しお邪魔させてもらうから。」


「もう直ぐ良純さんが戻ってきますから、どうぞごゆっくり。」


 真砂子は鼠を見つけた猫の様にニンマリすると、笑顔になって数歩先の居間に戻った。

 そして、僕は山口にトンと背中を軽く押された。


「もう直ぐ帰って来るなら追い出そうよ。僕は君と二人きりになりたい。クロトが素敵だって言ってくれたキスをもう一回しようよ。」


 僕は耳まで真っ赤になったに違いない。

 山口はワハハっと声を出して笑い、僕を後ろからぎゅうっと抱きしめた。

 僕がそんな彼にもたれると、彼の擦れた低い笑い声が僕を包んだ。


「後はお願いします。淳平君。」


 彼は片目を瞑り「まかせて。」と答えた。

 答えて僕を彼の腕の中から解放して、軽く僕の右肩を押し出した。


「さぁ、行って。」


 なんて素晴らしい時間。

 さぁ、面倒な事を片付けようか。

 僕はのそのそと左足を引き摺りながら居間に戻った。

 僕が近づく気配に梨々子は青白い顔を上げ、睨むように僕を真っ直ぐに見た。


「急に結婚を言い出した理由を教えて欲しいんだけど。」


「だって、まさ君はいっつも私よりもクロトばっかりじゃない。」


「だって、僕は何度も殺されかけているから。梨々子は忘れているけど、かわちゃんは刑事さんでしょう。刑事さんが事件を捜査するのは当たり前でしょう。」


「でも、でも、私が誘拐された時に助けに来てもくれなかった。きっと誘拐犯はがっかりしていたわよ。私に利用価値が無くて。」


「彼はその時には陰惨な殺人事件の現場検証中でしたよ。」


 盆を持って居間に入って来た山口が、湯のみを配りながら梨々子に説明をしだした。


「確かにその後にクロトが襲撃されましたが、警察車両の爆破に僕とクロトが重症に重体で、警察官が一人殉死です。彼はその連続して起きた事件に掛かりきりで、あなたの誘拐を知ったのはあなたが解放されて無事だという報告で初めてですよ。」


「あら、あなたもその時は大怪我で手術室でしょうに、よく知っているわね。」


「僕は情報通なんです。」


 優しいようで時々人を谷底に突き落とす真砂子の本領に、慌てて答える山口の声は少々裏返っていた。

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