僕を愛する男達
僕達は呪われていた。
正しく言うと、呪われているのではないかという事態の展開だっただけである。
目を瞑った僕に山口は口づけた。
ただのマウストゥマウスである。
舌など入れない綺麗なキス。
でも、僕はキスを受けた途端に、ふわっと何かが体を通った気がした。
僕は驚いて目を開き、そして山口が優しく僕に微笑んで、僕は彼の優しさに安心して再び目を瞑った。
と、その時、火災を知らせるサイレンが、僕達が籠る部屋をゆるがすようにしてけたたましく鳴り響いたのだった。
僕達は同時に、ああ、と脱力した声を上げていた。
それから殆ど同じくらいにクスクス笑いをし出して、僕達は互いの体に腕を絡めながら、ぱたりとベッドに横倒しとなった。
僕の真横に山口の笑顔。
「このまま続ける?消防士さん達が僕達の炎を消しに来るまで。」
「淳平君、たら。」
「ふふ。もう一回だけキスをして。そしたら一目散で逃げよう。」
僕は目を瞑った。
山口も目を瞑った
すると、火災も起きていないマンションの共有廊下で大騒ぎしている大型犬の映像が、ぶわっと僕達の脳裏に同時に浮かんだのである。
僕に触れていれば僕の見たものは山口にも見える、そう言う事だ。
ダイゴの姿に脅えた誰かが、火災報知器のボタンを押したのだろう。
僕達は同時に噴出した。
「あぁ、ダイゴ。」
「伏兵がいたのを忘れていた。あいつなりに気を使ってはいたのか。」
山口が言うように、ダイゴはダイゴなりに僕に気を使い、山口と二人きりとなった部屋の中には突撃してこなかったようだ。
けれどもダイゴは隠しようがない苛立ちのまま、共有廊下を行ったり来たりと走り回ってしまったようだが。
僕は僕の忠実な守り手であろうとするダイゴに気持をかなり解されており、ダイゴを愛おしいと思う気持ちのまま、いいよ、と考え無しに呟いていた。
ずし。
僕と山口の頭のあるすぐそこに、物凄く大きく感じる体重がかかった。
僕がゆっくりと頭を動かして見上げると、顔が真っ黒い以外はフォーン一色のたくましい大型犬が、愛嬌のあるボクサー似た顔を僕に向けていた。
ダイゴは僕と目が合うや、嬉しそうにわふっと鳴いて、僕の顔をべろんと舐めた。
まるで山口の匂いを消し去るかのように。
僕は耐え切れずに笑い出し、ダイゴを慰めるように彼の頭を抱きかかえた。
「ごめん。君は僕を守ろうと一生懸命だものね。大丈夫だよ。淳平君が僕に酷い事をするわけないじゃないか。」
僕は僕を心配するあまり大暴れしてしまった犬神の頭から手を離すと、今度は彼を出来る限り撫でて宥める事にした。
応仁の乱の頃に主従関係だった僕達は、今世でも似たような関係となり、前世と同じく僕を守ろうとして、彼、呉羽大吾は死んだのだ。
僕は彼を失った悲しみに耐え切れない気持に流されるまま、彼の魂を犬神にして自分に結び付けてしまったろくでなしだ。
それなのに、こんな犬の姿に僕にされても、僕を厭わず慕うだけの彼なのだ。
ぞれならば、僕は彼を一生可愛がり、彼の幸せを考えてあげなければならない。
それに彼を撫でることは何てこと無いどころか、僕の大好きな行為だ。
ダイゴの毛皮は最高級のシルクビロードの手触りで、うっとりするほどの素晴らしい毛並みなのである。
「いい加減にしろ!ダイゴ!この役立たず犬!お前も神様なら、出雲大社へご挨拶へ行ったらどうだ!十月はそれで神無月なんだろう!」
ベッドから立ち上がっていた山口が、顔どころか耳まで真っ赤にしてダイゴを罵った。
焼もち?
けれど、僕が思っている以上に事態は緊迫していた。
ダイゴは唇を捲らせて牙をだして山口を威嚇し始め、山口はそれに対抗すべくスマイルマークのいつもの仮面を被ってしまった。
あの仮面の顔のときの彼は、平然と酷いことが出来るのだ。
「まって!」
僕が叫んだ時には、全てが終わりかけていた。
すっと姿を消したと思ったら、ダイゴは一瞬で山口を押し倒していた。
何ということだ。
山口の方は押し倒されながらもダイゴの牙から頭部を守ろうと両腕を交差していたらしく、上部になった左腕ががっぷりとダイゴに噛まれて血が迸っている。
ミシっという音さえ聞こえた気がした。
ベッドの上で四つん這いになりながら、僕はベッド下で起きている死闘に叫んだ。
「淳平君の腕が!やめて!ダイゴ!ダイゴ!もうやめて!」
「シー。楽しめばいいじゃない。死ぬほどはやらないよ。」
「え?」
僕は僕の真後ろから囁いてきた人物に振り返る前に、その人物によって後ろから掬い上げられるようにして抱き寄せられた。