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お前を地面に貼り付けて背中を踏みにじってやりたい(馬11)  作者: 蔵前
四 どうぞお使いください???
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武本家にも勇ましさがあった?

 俺が指輪を嵌めると、楊はやはり眉根を潜めた。

 これにも誰かの思い出なのだからと、俺にダメ出しをするつもりなのだろうか?


「お前、呪いの石は怖いぞ。呪いのホープダイヤを知らないのかよ。」


「煩いよ。貰うものは決めたし、帰るぞ!」


「ちょっと待ってよ、俺はまだ選んでいないし。もうちょっといようよ。全部見てから帰ろうって。こんな機会は滅多に無いだろ。」


 めったに休みが無い刑事がぼやくが、確かにここは興味深い場所だ。

 もう少し見て行くかと周りを見回してから視線を戻すと、横にいた楊の姿がない。

 彼はいつの間にやら別の展示物の前に立っており、そこで必死に目録を読んでいた。


「いいものがあったのか?かわちゃん。」


 彼の目の前には根付がいくつか転がっていた。

 全て象牙で出来た動物モチーフだったが、楊の大好きな鳥はなく、確かに精巧で物珍しいが楊がそんなに夢中になるほどのものであろうか。


 不思議に思いながら彼を伺うと、彼は根付の隣の品に夢中だったのだと気が付いた。

 瓶入り帆船のスモールサイズだ。


 ぷつぷつと気泡が入った素朴な透明なガラスは、底の方が美しい青色になっている。

 びいどろの世界のなかに浮かぶ帆船、これはとても綺麗で見事なオブジェだった。

 テニスボールサイズのガラス球に、少々単純な形状の帆船が入っているのだが、その船の帆は船の形状にしては大きく、また、武本家の家紋ではないが武本だとわかる紋様が描かれていた。


 武本家の家紋は、まず上り藤だ。

 藤原家の栄華にあやかりよく使われる藤の紋は、下がり藤が一般的だが、武本家は商売繁盛子孫繁栄を望む家だからして、紋が逆さになっている上り藤を使用している。

 そして、その藤の紋の真ん中に左三つ巴が描かれるという、見た目が少しごちゃごちゃしたものだ。


 だが、帆に描かれた武本を示すはずの紋章は、左三つ巴紋だけであった。


 それなのになぜ武本と言えるのかは、武士の武の字の止まるを抜いた部分を巴紋に被さるようにして大きく描かれていたからだ。


 武の漢字は、矛と立ち止まる足の組み合わせでできたものだ。

 足が止まるという意味を抜き、武の漢字を矛を持って進むと変えたのだろうか。

 海に漕ぎ出でていた当時の武本家は、かなり勇ましかったのかもしれない。


「いいな、これは。船の形が少し簡易的すぎるけど、この素朴なガラスの玉にはとっても似合っているな。」


「馬鹿、これは弁財船だよ。江戸時代から明治にかけて活躍した日本独自の船だよ。」


「流石、船舶免許保持者。ちゃんと船の勉強をしたんだね。」


「うるさいよ。……いいかな、これを貰っても。チビはお前が良いよって言ったものなら良いって言ってたじゃん。いいかな。」


「とにかく来歴を聞いてからだな。」


 間単に「良いよ。」なのだが、からかいたい気持ちで言って見た。

 すると、楊はしょぼんと萎れてしまった。


「どうした?」


「うん?これね、早世した七代目の作なんだってさ。十八歳で亡くなった、彼の唯一の作品。形見だよ。武本家にとって大事なもの過ぎるからいいのかなって。」


「いいよ。」

「いいのか?」


「いいよ。家に飾る時は彼の名前を添えて飾ってやれば良いだろ。人知れずここにあるよりは、見せびらかされてお前の家で自慢される方がいいだろ。」


 楊は目を輝かせると、そのオブジェを裸の雛を扱うかのように後ろに置かれた専用の桐箱に丁寧に慎重に片付け始めた。

 俺が楊を眺めていると、楊は彼の宝物を片付けた小さな桐箱を黄金色に輝く風呂敷で包み始めており、彼が風呂敷のはしが持ち手になるようにきゅっと結んだ時には、結んだちょうど真下に紫色で印字された武本の文字が見える格好となった。

 なんと武本らしい拘りのある風呂敷だ。


 ちょっと待て。


「おい、その風呂敷はどうした。」


「どうぞお使いくださいって箱と一緒に置いてあった。」


 ここで俺は違和感を感じた。

 桐箱は在ってもおかしくはないが、なぜお持ち帰り用の風呂敷まで置いてある。

 それも「お使いください。」とは何だそれは?


 そして自分の嵌めた指輪を見て、自分が宝石名の書かれたタグなど外してもいないという事にも気が付いた。

 それどころか、最初にビロードに並んでいた時には、指輪にタグそのものが付いていなかったと思い当たったのである。

 この倉庫について、玄人にもう一度詳しく聞き直さなければならない気がした。


 たった今感じた違和感によって、俺は無意識に右手の指で左中指の指輪を掴んでいたのだが、指輪が回りもしなければ外れる様子もないのである。

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