思い出の品
「コッチは六代目はると?はれと?の妻千が大事にしたる品って覚書と品物の目録がある。当時高級だったガラスのお弾きに今では手に入らない象牙と鼈甲の簪。ここは思い出の品を納めていた蔵だったんだね。門外不出なわけだ。」
楊は次々と倉庫品を見ては目録を読んで楽しんでいる。
倉庫の品々は全て飾るように納められており、傍らには全て覚書と目録が添えられていて、倉庫というよりは博物館の展示室のようなのだ。
そんな形見から一品盗めと?
それぞれに思い出と言う記憶がある品を拝借するのは窃盗をしているような気になり、俺達は未だに手付かずのままだ。
否、楊が俺の手を止めるのだ。
大事な思い出でしょう、と。
その品が形見がどうとかで、共感力のない俺がそもそも手控えるわけないだろ。
楊の形見だよガードに、そろそろ俺がウンザリし始めた頃、玄人が俺を倉庫に一人で行かせようと楊を説得していた一幕が思い出された。
本当にあいつはよくわかっている。
先に内部の事を教えておいてくれていたら、俺が奴を振り払ったものを。
「うわ、凄い綺麗。」
楊の感嘆の声に視線の先を見ると、そこには黒ビロードが張られた台座に大きな石が輝く数個の指輪が並べられていた。
ファイヤーオパール、スターサファイヤ、トルコ石、琥珀に翡翠、そしてブルートパーズに、あまり良い色でないルビー、否、ガーネットか?
あまり良い色でないと思った、赤よりも赤紫色といえる不思議な石を頂いたこの鈍重な指輪が、なぜだか俺の目を惹きつけて放さなかった。
石を取り囲むような重厚なデザインのモチーフは、永遠を現わす葡萄の蔦だ。
そして、大きな石をもっと輝かせるが如し配置されている透明な小石は、恐らくも何も輝きからダイヤであろう。
台座の隣の目録には「田崎明光より預かりし品」と書かれていた。
「かわちゃん。ちょっとこれ。」
「あぁ、これ武本家のものじゃないんだ。」
声をあげた楊はさっと目録を取り上げて、開いた目録に顔をつっこむようにして読み始めてしまった。
俺は楊が訳するまでが待ちきれないと、楊に声をかけていた。
「なんて書いてある?」
俺は坊主のくせに昔の文字を読むスキルが殆んど無い。
ラテン語だろうがアラビア文字だろうが読めた俺が、なぜかコレだけは無理なのだ。
反対に楊はこんなミミズ文字を読めるくせに、キリム文字の筆記体が読めないという不思議な男だ。
山での修行時は大変だった。
ミミズ文字でない教本も当たり前にあるが、俺がミミズ文字が読めないと気が付いた奴らが、俺への嫌がらせとしてミミズ文字ばかりの経典を寄こしてきたのである。
しかし俺は耳も良く度胸も良い。
偉い奴が読むのを聞いて覚えていた、それだけだ。
俊明和尚にそのことを伝えると、彼は畳に転がりながらの大笑いをして、俺の為に俺が覚えるべき経を全て詠んでくれたのである。
本当に俺は門前の小僧だな。
何が坊主だ。
「楊、読めたのか?」
「うん?ああ面白いよ、これ。明治に田崎伯爵が洋行の土産にと持ち帰ったら妻と娘が次々と亡くなったからと、呪いの品として武本に売ったんだってさ。呪いの宝石だよ。」
「売ったのに預かりし品か?」
台座から一番手近な指輪を抜き出すと、小さなタグがプランと揺れた。
これは現代の文字だから読める。
ブルートパーズと思われた指輪はアクアマリンと日本語で書かれ、裏にはベリルと学名がスペルで書いてあった。
半貴石のトパーズではなく、貴石のエメラルドと同じ緑柱石か。
「質に出したが正しいね。武本にて魔を祓い、子孫や息子が買い戻したい時には質代の三割増しの値段にて返品する予定みたい。おっと、田崎家全員死亡だ。で、引き取り手無しで曰くつきのため武本の蔵に納める、だってさ。」
祓ったのならば安全か?
俺は緑柱石を戻すと先程から気になっていた赤紫の指輪を手に取った。
タグにはアレキサンドライトと書かれていた。
裏にはクリソベリルと書いてあり、これは失敗したガーネットどころか、太陽の光と人工光では石の色が変わると有名な金緑石だったのか。
「俺はこれにするよ。」
取り上げた指輪は男にも嵌めれるほど大きく、デザインも男物のようだ。
電光にかざすと、赤紫の石はいっそう鮮やかに輝いて俺を魅了した。
半分冗談で左中指に入れたらぴったりと嵌り、確実に俺のものだとほくそ笑んだ。