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ちょっと?

 どうしよう。

 やっぱり僕は不安だ。

 目の前に立って僕を覗き込むようにして見つめている山口を、僕は今すぐに振り払いたい衝動に駆られた。

 それはなぜか。


 良純和尚達がいないことを良い事にイイコトをしようと企んだ恋人に、僕は近所のラブホテルに連れ込まれているからである。


 自宅で嫌な思いをしたら大変だから、という彼の心遣いで。

 何もしないで仲良く家で寛ぐという選択と気遣いは、山口の中には一欠けらも無いのだろうか。


 いや、それよりも、二十一年住んでいる地元民の知らない連れ込み宿を、神奈川県の人間が知っているってどうなのだろう。

 歩いていける近所には普通のビジネスホテルが一軒だけだと思っていた自分は、ラブホテルに詳しい山口にドン引いていた。


 ああ、ここはしっかりラブホだよ!

 外見どころか、普通のマンションだった部屋のいくつかがラブホ仕様に改造されているらしい。

 普通のマンションの管理人室に声をかけると部屋の鍵を手渡され、そのカギで指定された部屋に入れば、ワンルームの部屋がビジネスホテルのような内装となっていた。


 しかし、ビジネスホテルではなくラブホと言い切れるのは、曇りガラスでなんかない透明なガラスの向こうに、脱衣所なんて無いバスタブがすぐにドーンであるからだ。

 いや、カーテンが閉め切られた部屋のど真ん中に、大きなベッドがどんっと中央にあれば何も言い逃れ出来ないラブホじゃないか。


 また、ベッドに転がったら鑑賞できるモニターが右隣部屋側の壁に設置されてはいたが、天井はなんたること、全面鏡張りだったんだよ!


 布団もシーツも濃いローズピンクで、ベッドのヘッドボードには小さな籠が置いてあるが、籠の中身はキャンディーやチョコレートなんてウェルカムスィーツなどではない。

 カラフルな袋に包まれているだけの、コンドームである。

 うわ、お試し用マカなんてものまで入っている。


「クロト、いい加減俺を見て。」


 僕はなんとかヘッドボードから視線を剥がして声をかけた山口の方向に顔をむけたが、その時にギギギと骨が軋んだ音も聞こえた気がした。

 ベッドに腰掛けさせられている僕は、壊れたロボットになってしまったらしい。


「コココココレカラ僕タチハ何ヲスルノデショウカ。」


 山口はブーと吹き出すと、僕の膝の前にしゃがみ込んでの大笑いだ。


「ホント、何もしないよ。ちょっと邪魔されない二人きりの雰囲気に慣れたり、ちょっとキスしてみたり、ちょっと一緒にお風呂に入ってお互いの裸に慣れるとか、ちょっと、裸の体で触れ合うとかね。そのくらいだから心配しないで。」


 目尻の涙を拭いながら何てこと無いように説明してくれたが、色々やる気十分な彼だと僕は改めて知っただけだった。

 僕は彼に引いて引いて、体がキュウと縮こまってしまった。


 ちょっとどころじゃないでしょうよ!

 僕は経験値的にも実際においても確実に乙女だ。


 しゃがんでいた山口は、立ち上がると身を屈め、僕の膝にそっと手を置いた。

 僕は彼に触れられた感覚に、体にピリッと電気が走った気がしてびくっとした。


 手を置いた彼は僕の怯えを察知したからか、そのまま一切の動きを止めた。


 僕は膝の上の彼の手を見つめる。

 左手の人差し指には僕の贈った指輪が鈍く光っている。

 ホピ族の太陽の意匠だ。

 子供が描いたようなニコニコ顔のモチーフ。


 僕は指輪の太陽にほだされて上を見上げた。

 ちょうど、山口の顔がある辺り。


 そこには、ただ優しく微笑んでいるだけの大好きな彼の顔があった。


 僕はそっと目を閉じてみる。

 それが正解の行動の様な気がしたからだ。

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