恋人への気遣いとは?
僕は良純和尚と楊だけを旅立たせた事にちょっと後悔している。
良純和尚は秘密が大好きな人だから、武本の秘密の一つを教える事が良いプレゼントだと思ったのだ。
そして、好きなものを選ぶにしても、僕がいない所で一人で気兼ねなく好きなように選んで欲しいと。
楊が絶対付いていくと言い張ると思わなかったが。
彼の婚約者の梨々子はどうした、と言いたい。
言ったが。
「え、かわちゃん、梨々子は、梨々子に会いに来たって言ってませんでした?」
彼女は高校三年生の十八歳だが、小学生時代から楊をストーキングしている筋金入りの一途な女性なのだ。
あ、違った。
小学校時代から一途に楊を想い続けている筋金入りのストーカー……同じか。
彼女は長身のモデルのような体型に、完璧な卵形の顔にはアーモンド型の美しい瞳が輝く本物の美女で、また、警察庁の金虫警視長が父親で、相模原に住むマツノグループ総裁を祖母にもつという生粋のお嬢様でもある。
肩甲骨下ぐらいまである長いアッシュブラウンの髪は、毛先だけがカールして軽く弾み、若々しさと華やかさを演出しているが、それは梨々子のママが毎朝カーラーで巻いてあげているのである。
梨々子が勉強以外の身の回りの事などできるはずがない。
彼女は美しく賢いが、ストーカーであることと家事全般が駄目なことと、同年代とのコミュニケーション不全でお友達がいないという難点を持つ。
楊が彼女をどうしても切れないのは、彼女のそんな真実を知り過ぎる程に彼が知っているだけでなく、楊こそ可哀想な生き物を思わず拾ってしまう性癖を持っているからであろう。
そしてそんな難点を持つ彼女と僕が意外と仲が良かったりもするのは、純粋に類友って奴だろう。
類友だろうが、友だったら友を大事にするべきだ。
僕は楊に抗議の声を上げたていた。
「梨々子との約束をブッチ切りですか?」
「予定は未定と同じく変わるものだ。梨々子には内緒で来たからな、大丈夫。それよりもお前は俺には何もくれないのかよ。俺の誕生日にも何もくれ無かったじゃん。」
「サプライズパーティを計画させたじゃないですか!でもって、事件で開催できない代わりに、花房の高級折詰を差し入れしました!あれは自腹でした!」
楊は大きくチッと舌打ちをした。
舌打ちをしてから、彼は居間の隅にしゃがみ込んだのである。
僕にあざとく背を向けて!
そうしてみじめったらしい姿を僕に散々に見せつけた数秒後に、彼はさらに僕を追い詰めるために、居間の襖に向かってぶつぶつ喋りだしたのだ。
「俺はさぁ、ちびを弟同然て可愛がってきたのに。他人かぁ。やっぱ、他人だよねぇ。わかるよ。信用できない他人には武本の大事を見せれないって。うん。わかるよ。ちびはいい当主なんだよね。兄代わりの俺は喜ぶべきなんだろうなぁ。いや、俺が勝手に思っていただけで、ちびには俺が兄でもなんでもないんだよね、ふぅ。」
演技だと分かっていたがその姿が余りにもみっともないので、僕は結局楊が望む台詞を言ってしまっていた。
自分の良識に後押しされる形で!
「良純さんがOK出した物なら一点だけ良いです。」
「どうしたの?クロト。」
僕が今、良純和尚達に付いていけば良かった、と思い出しをする羽目になった元凶が、僕の顔をいかにもな心配顔で覗き込んできた。
いいや、心配顔じゃなかった。
僕を安心させようとしての、そのせいで僕がさらに追い立てられている感じに陥っているという、素晴らしい笑顔を浮かべていやがった。