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気分は盗賊

 乗っていたエレベーターの扉があった反対側、つまり壁でしかなかったところが開いており、切り出されたような四角の枠の向こうへと俺達を招いていた。


 楊は一歩踏み出した。


 何事も無く楊がエレベーターホールに辿り着いた所を見てから、俺も彼に続いて下りた。

 俺達を待ち受けるエレベーターホールは、十畳ほどの空間でしかないが、まるで大昔の劇場の小ロビーの内装だった。


 入り口でチケットを渡せば、エレベーターガールの様なお仕着せを着た女性が席まで案内してくれ、映画の前にはショーガール達がショーダンスを披露するという、俊明和尚が俺に語った彼の子供時代の劇場だ。


 黒の四角い小さなスツールが壁際に等間隔で並べられ、壁は独特の鶯色で塗られ、そして、大劇場があるだろうと期待させる大きな両開きの扉が俺達を待ち受ける。


 ガタン!


 俺達はハッとした。

 雰囲気にのまれて呆けてしまったが、この世界は尋常な場所ではないはずなのだ。

 俺達は急いで振り返った。


「うそん。」


 楊が唖然とした声を出してしまったのは、エレベーターが在った所にゆっくりと鶯色の壁が降りてきており、俺達の退路を完全に塞いでいこうとしていたのだ。

 見守る中、いや、数秒もかからなかったはずだ。


 ずずん。


 重たい壁が床に完全に到達し、俺達の足元を微かな振動で振るわせた。


「帰る時はどうするんだっけ。」


「クロは右側の壁にスイッチがあるって言ってたぞ。」


 楊はすぐさま駆け出した。

 相当に不安だった模様だ。


「あった!」


 楊は大喜びの声を上げ、彼の動向を眺めていた俺は、楊と一緒に来ていて良かったなぁ、と思いながら彼に声をかけた。


「それじゃあ入るか。武本物産の曰くつきのショールームとやらへ。」


 大きな樫の木の両開きの扉には鍵も無ければ取っ手も無い。

 玄人は扉を触ればいいと言った。

 扉を触れば勝手に開くと。


「防犯はどうなっているんだ?」

「防犯はオコジョがしています。ですから、当主が許可した人だけが入れます。」


 武本家は飯綱使いの一族で、使い魔はオコジョなのだそうだ。

 おまけに玄人個人は前世で関りのある男が自分を守って殉死したからと、そいつを犬に変えて犬神として持っている。

 俺がそんな話を受け入れて疑問を持たなくなるなんて、世界は狂ってやがる。


 俺はそっと樫の木に触れた。

 すると、自動ドアのようにして、扉のドアが襖みたいに左右にすっと開いた。


「最後のドアが安っぽい動きで減点。これじゃ、ただの自動ドアだよ。」


 ここに来てテーマパークのアトラクションみたいだと、楊が駄目出しだ。


「確かに動きが自動ドアそのままだよね。スーパーとかの。」


 ちょっと詰めが甘いよねと、楊と一歩入ったそこは、宝物倉だった。


「なんだこれ。」


 俺も楊に同意見だ。

 室内は倉庫ではなく赤地に金模様のある壁に囲まれた、貴族の屋敷の一室のような空間で、天井に電気は無く、所々に置かれた電灯が間接照明で部屋を演出している。

 その電灯の傘もスタンドも値の張りそうなアンティークのものだ。

 そして、そんな部屋に存在した曰くつきの品々は、想像以上に金銀財宝とアンティークばかりだった。


 あの花瓶はガレか?

 透明なガラスに巻きついている鮮やかな緑の蔦に白い花が、と良く見たら、オコジョが蔦の上で遊んでいるだけのデザインであった。


「無駄。すごくガレが無駄なデザイン。こんなファンシーなデザインをさせられたガレの工房が可愛そう。」


 楊のセリフに同調しながら目線を替えると、ミントグリーンに輝く蝶々が目を惹いた。

 宝石とエナメルで作られたブローチサイズの昆虫のアクセサリーは、アールヌーボー時代の名品だろうか。

 けれども、大きな蝶々の形状がオオミズアオそのもので、いかにもマニアな武本物産の誰かが好きそうなデザインだと思った。


「うわお。オオミズアオの帯止めだ。隣のチョーカーの白いベル型は花ではなくてカイコガだね。ちびは虫が大嫌いでも、虫に取り憑かれた御先祖様がいたんだね。あそこの一角の宝飾品は全部虫モチーフじゃん。それも日本シリーズ。ハンミョウのブローチや女郎蜘蛛のネックレスなんて作ってどうするの。おそろし。」


「さすが老眼。遠くまでよく見えるな。」


「うるさいよ。」


 楊は笑い声で言い返すと、武本物産のディープな世界を堪能するべく足を踏み出した。

 彼の足元はとてもリズミカルで、彼がかなり喜び楽しんでいる事が窺い知れた。

 俺も楽しさで高揚していく自分を抑えられないでいるのだ。


 なんと素晴らしい世界よ。


 素晴らしいが武本の無駄な拘りが良くわかる、そんな一品ばかりが、この三十畳ぐらいの倉庫と言い張る一室に溢れている。

 俺達は童心に帰っての宝探しだ。

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