過ちの吊り橋効果
──西暦2021年3月14日 日曜日
今日はホワイトデーだ。
俺は第一高等学校に通う二年生・藤堂好弥。バレンタインデーに好きな子からチョコレートは貰えなかったものの、ホワイトデーだから勇気を振り絞って意中の同級生・神谷麻美さんにチョコレートを渡して告白する。計画もちゃんと練ったんだ。
二日前、金曜日の放課後。俺は親友の一人である三崎光輝に相談をした。
「光輝! 話したいことがある」
「好弥、どうした?」
「ホワイトデーに、神谷さんにチョコレートを渡して告白したいんだ」
「お前、勇気あるな」
「光輝には、その後押しをしてほしい」
「後押し!?」
俺の計画はこうだ。
第一高等学校は、ホワイトデー当日でも部活動はする。まあ、それはどこの高校も同じだ。そして、光輝は『オカルト部』の副部長。
光輝に協力してもらい、土曜日にオカルト部総出でお化け屋敷を作ってもらう。そのお化け屋敷にホワイトデー当日俺と神谷さんが二人で入り、吊り橋効果を狙う。その後に告白だ。
「この計画に協力してくれるか?」
「当たり前だ。俺達は友達だぜ」
「よし。あと、お化け屋敷では、あの音楽を流してほしい」
「どの音楽だ?」
「貞子とかで『きっと来る』ってフレーズの曲で知られる、『feels like''HEAVEN''』だ」
「あれは怖いな。わかった。んじゃ、明日から計画を進めるぞ」
となって、今に至る。神谷さんは日曜日でも部活動のために学校に来ていた。あとは、お化け屋敷に誘うための俺の勇気が肝心だ。
チョコレートは持ってきた。告白する時のセリフも頭にたたき込んだ。完璧と言って良い。
「頑張れよ、好弥!」
光輝に励まされながら、俺は神谷さんの前まで歩み寄った。
「あの、神谷さん」
「あ、はい。藤堂君ですね」
「このあと、オカルト部のお化け屋敷に行きませんか?」
「お化け屋敷?」
神谷さんがお化け屋敷を嫌いだというのは調査済。だから、お化け屋敷に連れて行く秘策の『粘り』がある。
「お化け屋敷と言っても、それほど怖い奴ではないそうですよ。所詮、高校生が作ったお化け屋敷ですから」
それからも粘り、何とか神谷さんと一緒にお化け屋敷に入ることに成功した。ついガッツポーズをしたくなったが、まずは吊り橋効果の方でも成功をしてからだ。
二人でお化け屋敷に足を踏み入れて、暗くて生ぬるい教室を周回する。その間にいろいろな仕掛けがあり、光輝らオカルト部の手腕に感心した。まさか一日で、このクオリティになるとは。
お化け屋敷を周り、やっと廊下に出た。神谷さんの表情を確認するために振り向くと、笑顔だった。
「神谷さん、どうだった?」
「藤堂さんの言ったとおり、怖くはなかったです」
マジかよ! 怖い感じのは苦手だって聞いていたんだが!?
「音楽は雰囲気出てたけどね」
「音楽も良かったですよ。思ったより怖くは感じませんでした」
吊り橋効果確認出来ず。俺の青春は敗れ去った。
◇ ◆ ◇
同日、放課後。俺は涙目でオカルト部の部室に飛び込んで、光輝を抱きしめてワーワー泣いた。
「好弥......。その感じじゃ、フラれた?」
「ヒックッ! ......吊り橋効果すら起きなかった」
「吊り橋効果も意味を持たないか。残念だったな。また次があるぜ」
「俺に次はないよ。それより、神谷さんはお化け屋敷とか怖いのは苦手なはずなのに、楽しそうだったぞ!」
「え? このお化け屋敷はそんなに怖くなかった?」
「いや、怖かった。なのに、神谷さんは怖がっている素振りはなかった」
俺は、お化け屋敷の中でどういうことがあったのか、光輝にくわしく説明をした。それを聞いた光輝は、頭を抱えた。
「う~ん。神谷さんがお化け屋敷苦手なのは本当っぽいけど、何でこのお化け屋敷で怖がらなかったんだろう」
凹んでいる俺だが、神谷さんが怖がらなかった理由には興味があった。その理由さえわかれば、告白に次はないけど、もしあったとしたら失敗はしない。
光輝は首を傾げた。「神谷さんは、好弥のことが好きだから強がっていたんじゃないか?」
「それはないだろ......」
「なら、神谷さんが怖いのが苦手という話しが嘘だった、とか」
「その話しは本当だ。情報源は信用出来る」
「どんな情報源だよ......」
「企業秘密だ」
「企業じゃないだろ」
「まあな」
「──よし、好弥。こういう珍事件が起こった時は、オカルト部の部長が役に立つよ」
「部長が?」
「うん。小さい謎に敏感で、頭が良いからすぐに解決してくれると思う。部長を呼ぶか?」
「頼む」
光輝はスマートフォンを取り出して、操作してから耳に画面を当てた。「もしもし、部長。光輝です。珍事件発生しました。オカルト部の部室に来てください」
部長は、了解、という一言を言うと電話を切った。それから数分も経たない内に、オカルト部部室の扉が開いて三年生の先輩が入ってきた。例の部長だろう。
光輝は部長に、これこれこうだと伝えた。そうしたら部長は、顎を撫でてニヤリと笑った。
「えっと君は、藤堂君だったね。君は重大なミスをしたんだ」
「重大なミス?」
「『feels like''HEAVEN''』は、実際は明るい曲なんだ」
「え?」
「ホラー映画で流れてるから勘違いする人もいるけど、『きっと来る』とは言ってないんだ。『Oooh』と言っている。それに『feels like''HEAVEN''』の歌詞は総じて明るい。ちゃんと聴いたらわかるよ。
おそらく神谷とか言う人は、そのことを知っていたんじゃないかな? 怖いのが苦手と聞くし、そういうことを事前に調べて怖さを克服しようとしてたのかもな。
曲が明るいものと知っていたから、お化け屋敷の中でも気持ちが明るくなったんだと推理出来る」
「あの曲って、明るいものなんですか!?」
「そうだよ。明るい曲なんだ」
痛恨のミス。これはさすがに落ち込んだ。
「なら、吊り橋効果を狙うなら、どんな曲が良いですか?」
「曲以前に、吊り橋効果ってのは男がイケメンじゃないと起こらない現象らしいよ」
俺の心臓に、とどめの一撃。青春とは、実にはかないものなのだ。
◇ ◆ ◇
僕は新人小説家・藤堂好弥。自分の過去の体験を、今小説として執筆し終えた。
実際のお化け屋敷では『feels like''HEAVEN''』を流してはいなかったのだけど、小説にするにあたって事実に少し手を加えた。結果的にはミステリー的な小説に仕上がった。
編集者から、ホワイトデー用の短編小説をせがまれた時はどうしようかと焦った。が、これで一件落着だ。安心して、ため息をもらす。するとどうやら、僕は眠りに就いてしまったようだ。
◇ ◆ ◇
ベットから起き上がる。俺の記憶では、昨日はホワイトデーで、お化け屋敷の吊り橋効果が失敗したんだ。
そこで俺は違和感を感じ、急いで洗面所まで向かって、鏡で自分の顔を確認する。高校生の時の、俺の顔だ。
「現実が、こっちなのか!? それとも、これが夢!?」
事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。
まずは、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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