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世話役と近衛

ドアが4回ゆっくり叩かれる。


「はい」


聞こえてきた音に反射で答えてから、もっと気の利いた返事があったはずなのにと少し悔いる。


失礼します、とドア越しに聞こえてきたのは若めの男性の声。

一番上の兄より高い。


ドアが開くと、訪ねてきた人物の姿がようやく見えるようになる。

きている服装は兵士に配られているものと同じだ。

腰に刺している剣が二本あると近衛。1本はそれ以外と区別されていたはず。

王族に付く兵士が短剣と長剣を携帯している理由はよく分からない。自分はあまり兵のことは教えられていない。


「本日よりルーシア姫様につかせていただくエリドと申します。至らぬ点が多いと思いますが、よろしくお願いします」


被っていた簡易な兜を外し、片膝をついて頭を下げる。

こういうのには慣れなさいとユーリアに言われているが、いまだに馴染めない。


エリドのそばまで行き、彼の前で両膝をつく。


「こちらこそ、ご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いいたします」


頭を下げると、頭上から「え!?」と声が降ってくる。


「姫様、頭を上げてください。というか立ち上がってください。お召し物が汚れます」


それは服を洗ってくれる人に申し訳ない。

裾を踏まないように気を付けていると、目の前に手が差し伸べられる。


兄達のような逞しい掌を間近で見ることはあまりない。

これからはこれが当たり前になったりするのだろうか。それは色々と落ち着かない日々になりそうだ。


彼の親切心に甘え、手を乗せて立ち上がる。


そのままその手をひかれ、ソファーに座るよう促された。

兵士に対する偏見かもしれないが、彼らは厳格というかお堅く、世話係の人たちのようなことはしないと思っていた。そう思っていた根源にはおそらく兄のことがあるだろう。一番上の兄は口数も多くはなく、余計なことはしない。合理的なことを好み、いつも淡白だ。一番親しい弟とは他愛もない話をしているが、ルーシアは兄と世間話をあまりしたことはない。

でも不思議と気まずさを感じないのは家族だからなのだろう。


ルーシアがソファーに座ると、エリドはその横に立つ。


「どうぞ。座ってください」

「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です」


そうですか、と端に寄っていた位置を少しだけ中央に寄せる。

こういう時どこまで言っていいのかわからない。彼らはどうしたってこちらに気を遣ってくれるから、あまり強く言えない。


「あの、恥ずかしながらあまりよくわかっていないのですが、エリドさんはその、何をなさるというか……」

「姫様の身辺警護をさせていただきます。なので外出時には私が付いて回ることになるかと」

「外出……」


あまりしないのに果たして必要だろうか。


「ターニアの方にもつくんですか?」


尋ねると、彼は少し気まずそうに頬を掻く。


「ターニア姫様は、あまりあってはいけないことなのですが、下手すれば私どもより腕が立ちますので……」


それは想像しやすい。

彼女は兄達を唸らせるほど剣の腕が立つ。それだけでなく武術も弁えているのだから手がつけられないのだ。


「そういった話もあるそうなのですが、話がきた兵は今のところ尽く姫様の返り討ちにあっているそうで」

「それは……なんだか、ごめんなさい」

「いえ。ルーシア様は何も。こちらの落ち度ですので……」


変な空気が流れ、2人揃って顔を見合わせたまま苦笑いを浮かべる。


「あらかじめご了承していただきたいのは、そう頻繁にではございませんが時折私がお部屋をお尋ねし、不在ではないことを確認しにくることがあると思います。その時間が定刻ではないことを先に謝らせていただきます」

「分かりました。基本部屋にいると思いますのでお気軽にお尋ねください。あ、ということは部屋を出る際は一言入れたほうがいいでしょうか」

「いえ。ただ探し回ると思いますので、そこらへんも了承していただければ、と……」

「なるほど。ではもし部屋を出ることがあればメモを置いておきます」

「ありがとうございます」


大まかな話が終わっていく。

気まずい沈黙を回避するには少しお互いのことを掘り下げる必要があるのだが、これが簡単ではない。どこまで触れていいのか。出身地とかは聞いてもいいことだろうか。兵士になった理由とか。


私自身の掘り下げる話がないのでとても困る。


そこでまたドアが叩かれる。

3回のノックに「はい」と答える。なんとなくだが叩き方で誰だかわかる。


「失礼いたします」


そう言って入ってきたのは世話役のミラドールだった。

お盆を持っており、その上にはティーセットがのせられている。


「紅茶をお持ちしました」


そういえばそのことをすっかり忘れていた。

人が来た後いつも何かしらもてなせれば良かったのかと呟いていたのを彼女は覚えていたらしい。


「ありがとうございます! ミラドールさん」


彼女は素っ気なく頭を下げるだけ。


「感謝の気持ちがあるのなら呼び捨てていただけませんか」

「それは……ターニアに頼んでください。彼女なら快く答えてくれるかと」

「あの方はもとより誰にも敬称はつけておられないじゃないですか」


両親のことも確かにお父さん、お母さんと呼ぶ。

公の場ではしっかりと呼び分けるので2人も指摘はしていない。


「エリドさん、よろしければ」


ミラドールが運んできたカップを手でさすと、彼は「いただきます」とまた兜を外す。


「ミラドールさん、2人分お願いします」

「そのつもりです」

「ミラドールさん、いつもご自身の分をお忘れになるのはどうしてなんです?」

「いつも言っておりますが紅茶が嫌いだからです」

「でしたら紅茶でないものを一緒にお持ちになれば」

「生憎と私はそこにいらっしゃる兵士様のように逞しくはございませんので。なるべく軽くなるようにしております」

「……」


そう言われてしまうとこれ以上は言えない。

自分としては料理所で立ったまま駄弁るのもやぶさかではないのだが、そういうわけにもいかない。

いややはり立ち飲みというやつは行儀がよくないので無理かもしれない。


「そういえば、お二人はお知り合いですか?」

「いえ微塵も。今初顔合わせです」


その流れのままミラドールは「初めまして」と会釈をする。


彼女はどことなく兄に似ている。

愛想は少なめだが返答は必ずしてくれるし、無視されたこともない。

気遣いも花丸だし、いつも色々と根回ししてくれているので頭が上がらない。

もしかしたら兄姉よりも話している時間が多いので親しくなりたいのだが、どうも彼女にそのつもりはあまりないらしく世間話が弾んだことはない。いや、もしかしたら彼女的には弾んだ会話をしているのかもしれないが。


「初めまして。エリドと申します。ルーシア様の護衛です」

「ミラドールです。お気を付けてください。このお方は時折気を抜く癖がありますので、目を離すとどこかにいかれてしまうかもしれません」

「そうなんですか?」

「その際は近くに花がないか御確認ください。虫のように吸い寄せられる傾向がありますので」

「私、そうなんですか!?」

「お気づきになられてなかったんですね。そうだと確信してましたけど」

「……もしかして、ミラドールさんがよく私の部屋にお花を持ってきてくださるのはそんな私を見るためですか?」

「はい。いつも笑っておりました」

「笑、……えっ?」


笑っているところは見たことないのだが。


鉄仮面の彼女が自分の目の前にティーカップを置いてくれるので、それに手を伸ばす。

火傷しないように少し冷まされているのも彼女の気遣いである。


「エリドさん、どうぞ」

「ありがとうございます」


受け取った彼は少し香りを嗅いでから口に含む。

いつも同じ紅茶を彼女は持ってきてくれるが、そもそもこの味が彼の下に馴染むかは挑戦である。

少し冷や冷やしながらも期待半分で彼の反応を待つ。


ルーシアのそんな視線を受けながら、彼はカップから口を離して首を傾ける。


「不思議な味ですね。初めて飲んだような気がします」

「隣の大陸より仕入れている紅茶ですので。こちらの大陸ではあまり主流ではないそうです」

「姫様は幼少の頃からこちらを?」

「はい。外出先でこの紅茶がないと気落ちなさります」

「そんなにですか」

「その際はとりあえず褒めとけばなんとかなります。単調なお方なので」

「あのっ、ミラドールさん、そこらへんで……」


彼女は自分と年が変わらない。

なのでまだ年端もいかない頃は他の方が担当だったが、ある程度の歳になってからずっと彼女が身の回りのことをしてくれている。なので何もかも筒抜けになっている。

好みのものも苦手なものは当たり前。数回日記を開きっぱなしにしたことがあり、片付けておきましたと言っていたので内容も少しは知っている可能性がある。


ルーシア本人よりもルーシアのことに詳しい彼女から情報が漏洩するのはなんだか居た堪れない。


「弁えました」と彼女は答えてくれたものの、この場での全員共通の話題が自分のことになってしまうのは仕方ないことで、とりあえずハープを弾くことは早急に明かされた。

それは室内にあるので時間の問題ではあっただろうけれど。


「あぁ。姫様がハープをお弾きになることは多分誰もが知っていることかと」

「えっ!? なんでですか!?」

「室外まで音が聞こえてきますので」

「……」


そういえば兄姉にも指摘されたことがあったっけ。

同じ曲ばかり弾くのは面白くないからやめて、と。


「『夢色の故郷』でしたっけ? 私もその曲は好きです」


よく弾く曲名まで筒抜けになっているらしい。


「以前国に旅芸人が来た際にその曲をトランペットで吹いていたのをお聞きになって以来、姫様のお気に入りです」


そのことは兄たちにも話したことがないのに彼女は既知らしい。

自分でも日記を見なければ思い出せないことをその内明かされそうだ。恥ずかしい失敗談だけはどうか明かさないでもらえたら、と内心祈るしかない。


「6年前ぐらいでしたっけ」

「そのぐらいかと」

「姫様はミラドールさんと見に行かれたんですか?」

「あ、いえ。ターニアに引っ張られていったので2人だけです」


ターニア様らしい、とエリドは破顔する。


「仲がよろしいんですね」

「えぇ。双子ですから」


彼女とは性格が違うけど、彼女が楽しそうなことは直感ですぐにわかる。

そこらへんの好みも分かれてしまったけれど、今でも姉は自分を誘いに来るし誘われるだろうなというのも事前に虫の知らせで分かるのでそこまで困りはしない。


ただ、彼女は抜け出すことが前提なのが問題だ。

制限される立場である以上その気持ちが分からないこともないけれど。









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