第二王女は遅刻常習犯
水の都として知れ渡る『ルスカンタ』。
現在ルスカンタ8世が統治する王国で、2人の王子がいた。
一番上がジノス。国内でも他国でも次の王といて注目されている王子である。
二番目がサイラス。少々軟派なところがあり、大臣たちはやや頭を抱えてい入るがそれ以外に問題はない。軟派といっても兄と比べればというだけであり、何かしら問題を起こしたことはなくこちらも有能な王子である。
ジノス王子が3歳、サイラス王子が1歳の頃。ルスカンタにユーリア姫が生まれた。
妊娠中から何やら問題があったとのことで誕生の知らせが大々的に出回ったのは彼女が2歳の頃だった。
そして今から16年前。
2人の兄と1人の姉のもとに生まれたのが第2王女と第3王女。
一卵性の双子として生まれた2人は両親兄妹が困惑するほどそっくりだったが、今となっては彼女たちを見間違える人は城内だけでなく国内にいないとされている。
◇
朝。
いつもと変わらない時間に目を覚ます。
城内は賑やか、というほどではないがすでに起きている人たちの気配がする。広すぎる城内では人の気配がしないほうが少し怖い。
兵士たちは朝早くから訓練に励んでいるらしい。そうでない人もこの時間帯には食事の支度や掃除などを終えてる。申し訳なさから子供のころは彼らと同じ時間の起床を試みたが、どうやら早すぎるほうが彼らを困らせるようなので今ではあまり気にしないようにしている。その代わり出会い次第お礼を述べている。
いつもありがとう。
お疲れ様です。
その気持ちを着替えを手伝ってくれた侍女にも告げ、朝食へと向かう。
食事は家族全員でとるようにしている。
広すぎる城内では忙しくしている兄たちはともかく、姉たちと出会うことも少ない。
なのでこうした機会でしっかりと顔を見ようという父こと王の提案である。
食堂に向かうと、父母、それと一番上の兄と一番上の姉がすでに席についていた。
「おはよう、ルーシア」
父の呼びかけに応じる。
「おはようございます、お父様。お母さま、お兄様、お姉様、お待たせしてしまいすみません」
ぺこり、と頭を下げてから引かれた椅子のもとに向かう。
「ターニアが来ないな……」
王は重ためのため息をつきながら片手をあげる。それに1人が反応し、すぐさま近寄る。
「悪いが様子を見てきてくれ。てこずっている様なら手助けしてやってくれ」
承知しました、と1人の使いが食堂を出て行くのと入れ違いで2番目の兄が入ってくる。
「やっぱりターニアまだ来てない?」
見ればわかるでしょ、と呆れた様にユーリアが開いた席の一つを指す。
「先に食べ始めません? 来るとき近く通ったけど、ターニアじゃない女の人の悲鳴が聞こえてたから多分まだまだかかるよ?」
席についたサイラスはそう言ってから注がれた水を口に含んだ。
小声で何かを話し出す両親を脇目にサイラスは妹たちに疑問を投げかける。
「何したら支度の最中に悲鳴が上がるわけ?」
苦笑いで首を傾げるルーシアの隣で、ユーリアは腕を組む。
「化粧でしょ。あの子嫌いだから」
「駄々っ子するってこと?」
「塗ったそばから擦るってこと。目とか」
「あ。それ僕知ってる。巷で噂のゾンビメイクってやつでしょ」
「巷の子達は意図的にやってるんだけどね」
「ちなみに、そのゾンビメイクになっちゃったらどうするの?」
「1からやり直しよ。化粧全部落とすの」
「あー、そりゃ時間かかるわけだわ」
納得納得、と首を縦に振るサイラスの横でジノスが背もたれに背を預けながら言う。
「そもそも、あいつは朝起きられないだろ」
「あー、らしいね。まぁ寝つきがいいのはいいことだと僕は思うよ」
「寝起きが悪いのは良くないことでしょう」
「まーね。でもそこは僕も人のこと言えないからなぁ」
これが低血圧ってやつ? と話を横から振られ、ジノスは知らんと首を横に振った。
兄たちがそんな話をしていると、父が「先に食べ始めよう」と言い出したので口をつぐむ。
それから1人欠いているものの全員で両手を組んでから、食器に手を伸ばした。
食事時は静かな時間が多いが、家族間の他愛のない話を時折挟む。
専らこの場にいない次女の話になることが多いが、連絡の話も多くなる。
「ジノス。ライノキアの姫と会うのは明後日だったか?」
「はい。向こうが来てくださるそうで」
「そうか。こういうのをいうのもどうかと思うが、合わなければなかったことにしてもいい話だからな?」
ジノスは声で返事をせず少し頭を下げて応じた。
王族の結婚は政略ではない方が珍しい。特に長男長女は国や国交のために幼少より許婚がいることが多い。ルスカンタも例外ではなく、ジノスとユーリアには既に相手がいる。
兄も姉もそのことに関しては何も言わない。
良いと思っているのか思っていないのか。2人とも顔色を変えるような人柄でもないので察することもできない。なのでルーシアはこの話が苦手だった。
自分たちは兄妹が多いいが他国はそうでもない。なので次男次女以降は許婚のような相手はいない。一応サイラスはそういった話がないこともないらしいが彼は蹴っているらしい。
許婚がいたことがないのでいったいどんな気持ちなのか想像することもできないが、国のためでもあり世界のためでもあるその役目を背負えるのは兄姉以外にはいない。なので尊敬しているし、もし姉が嫌だとしたら自分が代わりになれればとも思う。
そういった事例があるかは分からないが、いつか訪れるであろうそういった時のために失礼ように身につけて置けることは身につけておかなければ。
きっと、2番目の姉には両親もそのことは気にしていないだろうし、そもそも彼女は自国に留まった方が国のためになると2人も考えているはずだ。
食事を終え、全員が席を立ったのを見てからルーシアも立ち上がる。自分はいつも最後だ。
部屋を出る時も最後尾についていたが、その途中父に呼びかけられその傍らまで歩く。
「前に少し話していた近衛についてだが今日、お前の部屋に向かわせるように言っておいた。少し話をしてみてくれ」
「……お父様、前も言いましたが私に護衛はいりません」
「必要なければそれでいいさ。むしろ必要にならない方が好ましい。だがそうも言ってられん。この話は私だけの提案ではない。兵士たちも危惧しているのだ。彼らの安心のためにも納得しておくれ」
「……はい」
項垂れるルーシアの頭を父が撫で、そのまま立ち去る。
彼を真似るように、すれ違いざまにサイラスが頭に手を乗せて行った。
「平気よ。向こうも遠慮するから無断で室内に入ってきたりはしないわ」
冗談めいた言葉をかけていくのは姉だ。
この城にそんなことをする人は1人いるかいないかだ。いや、さすがのターニアもそんなことはしないか。
近衛兵というのは、兵士からすれば大層立派なお役目らしい。
だがこちらからすれば人1人の貴重な時間を自分に割かせるのだから申し訳なさしかない。
自衛ができれば一番なのだろうけれど、自分は兄たちのように剣に長けていないし、母のように魔法が達者なわけでもない。
そんな何もできない自分が何者かに狙われる日が来るような気もしない。
自分よりも結婚という手段で国交を結ぶ役目を背負うユーリアの方が危険だろうに。
自分につくという近衛兵の人柄よりもそのことの方がずっと気がかりで俯いたまま自室に戻る。
断ろうにもここまで来てしまったら、まるで相手の性格に難があると言いつけているようで自分にはできない。自分につく余裕がないほど忙しくなれば自然と白紙に戻るだろうが、それは国に危機が迫っているということなのだからあってはならないことだ。
自分にできることは、この提案を受け入れ、尚且つ自分についてくれる近衛兵に呆れられないことだろうか。せめて護衛に値する人物であると思ってもらえるように努めなければ。
でも自分はそんな大層な人間ではない。そう思うだけで気がかりでしかない。
ルーシアは自室に戻ると壁際に置かれているハープの前まで歩き、その弦に指先を引っ掛けて小さく響かせる。
心地の良いおとに少し気持ちを軽くしながら、時計を確認する。
次の用事までまだ時間があるし、食事後直ぐに訪ねてくる人もいない。
ルーシアはハープの横に置いている椅子に座り、自身の体にハープを引き寄せる。
他の兄姉にできず自分にできることはこれぐらいだ。
弾けるからどうしたと思わないこともないが、自分から特技を否定するのはよくない。
音階を適当に奏でながら弾く曲を考える。
お気に入りの曲はいくつかあるが、こういう時自分が選ぶのは少し苦手な曲だった。
曲に集中しなければ間違えてしまう。そういうふうにして余計なことを考えて落ち込まないようにする。
自分と同じ顔をする姉はきっとこんなふうにすぐ気落ちしたりはしないのだろう。
そういった性格面も綺麗に半分こされたのだろうかと思うのはいつものことだ。
気が済むまでハープを弾いた後、時間を確認すると30分ほど経っていた。
そろそろ訪ねてきてもおかしくはない。
ハープを立てかけ、使った椅子を元に戻す。
そのまま特に何もせず窓の外の景色を眺める。
時折訓練中の兵士を見かけることはあるが、今はいないらしい。
こういった待ち時間は何をしていればいいのだろう。長年の疑問だ。
本を読んだりしていればいいのだろうけれど、そわそわした気分では内容が入ってこずページをめくっては戻してを繰り返してしまう。
前にターニアの部屋を訪ねた時、ノック後の返事を聞いてから開けたのにもかかわらずトレーニング中だったことがあったが、彼女のように私生活を隠さずに見せてしまうのも気が引ける。
親しき仲にも礼儀ありなんて言葉があるぐらいなのだから、親しくない以上礼儀は最大限に活用していかなければ。なんて緊張をして変な間違いをしてしまっては目も当てられないが。
今日の分の日記の書き出しでも書いていようか。
日記は誰もが知っている習慣なので書いているところを知られても問題はない。中身は困るが。
部屋のドアがノックされたのはテーブルについた時だった。