11#大賢者、本領を発揮できず
それは風切り音と草木が揺れる音しかなかった峡谷に、突如鳴り響いた。
腹の底に響くような低い声。
その声量から、かなり大きな身体を持つことは想像に難くない。
ズシン、ズシンという足音が徐々に近づいてくる。
しかも、足音は1つではない。
2つ、3つ――いや、それ以上。
そして遂に、木々の間からその巨体は姿を現した。
「ト――〝トロール〟! それも5体も――ッ!」
現れたのは、硬質な緑色の皮膚を持ち、3メートルを超える身体を持つ、Bランク討伐対象クラスのトロールというモンスター。
手には棍棒が握られており、その巨体から繰り出される一撃は強力無比。
さらに皮膚が分厚く硬く、中々攻撃が通らない。
そんな厄介な相手が5体、群れを成してこちらへと向かってくる。
「なぁんだ、脳筋のデカブツが5匹だけ? アタシたち2人なら楽勝でしょ」
アルメラは背中の大剣を抜き、トロールたちに向かって構える。
大剣は僕の〝魔装剣〟とは比べ物にならないほど重厚ながら、彼女はそれを軽々と持つ。
その華奢な身体のどこにそんな力があるのかと、不思議に思えてしまうくらいだ。
「そんじゃアタシが斬り込むから、アンタは支援よろしく。魔術も使えるんだったら、得意分野でしょ?」
そう言うや否や、アルメラはトロールの群れに向かって突っ込んでいく。
「ま、待て! 僕は今――!」
止めようとしたが、僕が言い切るよりも早く彼女がトロールの間合いに入った。
先頭のトロールは棍棒を振るうが、彼女はそれを苦もなく回避し、
「はあああああッ!」
高々とジャンプして、トロールの首目掛けて斬撃を叩き込む。
――しかし斬撃は硬質な皮膚に弾かれ、僅かに傷をつけただけだった。
「ちっ、無駄に硬い……! 光魔術! 早く!」
アルメラは僕に指示し、群れを相手に暴れ回る。
――凄い、流石はAランクの【剣士】。
まるで踊るように攻撃を避け、ほんの僅かな隙を見つけて的確な一撃を叩き込んでいく。
1体を相手取るだけならまだしも、5体相手にあの動きができるのは並大抵じゃない証拠だ。
だけど、斬撃が通らないんじゃトロールの数は減らせない。
攻撃をもらうのも時間の問題だ。
僕も急ぎ〝魔装剣〟を抜き、魔術を準備する。
今の状態で、どれだけのことができるかわからないけど――!
「ホ――〈ホーリー・ランス〉!」
トロールの弱点は光属性の魔術。
一撃で倒すことはできなくても、ダメージにはなるはずだ!
僕が詠唱するや、光の槍がトロールに向かって飛翔する。
そして1体に直撃するが――僅かに怯ませただけで、大きなダメージにはならなかった。
「! そんな……!」
「ちょっと、なに遊んでんの!? アンタならこんな奴ら――」
アルメラが僕を見て、一瞬だけ注意が逸れた――その瞬間、
『ヴオオオオオッ!』
1体のトロールが、大振りで棍棒を振るう。
それに気付くのが遅れたアルメラは回避が間に合わず、大剣でガードの態勢を取る。
――しかしトロールの一撃を防ぐには大剣の強度は足りず、アルメラは軽すぎた。
クリティカルヒットにより大剣は砕け散り、アルメラは吹っ飛ばされる。
そしてあろうことか、そのまま峡谷の谷底へと真っ逆さまに落ちていった。
「ア――アルメラッ!」
マスクの下で、僕は顔面蒼白になる。
だがその刹那、僕の全身から白い光が湧き上がる。
そしてステータス画面が表示され、
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Lv.999
名前:ファル・ハーツアイアン
年齢:19歳
性別:男
種族:人間
HP:765
MP:∞
攻撃力:35
魔術攻撃力:9999
素早さ:15
職業:大賢者
【ユニークスキル:孤高の大賢者】
〈1人でいる限り魔力無限〉
〈1人でいる限り魔術攻撃力100倍〉
〈1人でいる限りあらゆる魔術を無効〉
〈1人でいる限り全ての魔術を使用可能〉
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――〝ユニークスキル〟が戻った!
アルメラと離れたことで、条件が満たされたんだ!
そう思った直後、5体のトロールたちは残った僕へと襲い来る。
僕は〝魔装剣〟を地面へと突き刺し、
「――〈ホーリー・ファランクス〉」
光属性の呪文を唱えた。
――地面から何千何万という光の槍が飛び出し、トロールたちを穿つ。
さっきの魔術とは比較にならない威力で、アルメラの斬撃すら通さなかったトロールは全身に風穴を開けて絶命した。
僕が地面から〝魔装剣〟を抜くと光の槍も消え、死体となったトロールたちが地面へと横たわる。
「クソ……! 早くアルメラを追わないと……!」
トロールを倒した余韻もなく、僕は峡谷の下を見る。
何十メートルも下には川が流れており、彼女の姿は確認できない。
気を失ったまま川を流されたりしたら――大変だ、一刻も早く助けなきゃ!
僕は後を追おうとするが、
『ヴオオオオオォォォォォォォォォォ――――ッ!!!』
またもや腹に響く声が聞こえてくる。
同時に、複数のトロールが姿を現す。
今度の数はもっと多い。
7、8……全部で10体はいる。
おそらく今さっき倒した5体は、コイツらと同じ群れの仲間だったのだろう。
そして仇だとばかりに、彼らは僕目掛けて突進してくる。
「悪いけど、お前らの相手はしてられないんだよ……!」
僕は――峡谷下の川へと向かって飛び降りる。
アルメラ――勘違いさせたまま、キミを死なせたくない。
どうか、生きていてくれ――