10#大賢者、大賢者じゃなくなる
さて、アルメラから逃げるように『ポルフェア』の街を出た僕は、現在『サイフォン峡谷』というフィールドにやって来ている。
ここは木々生い茂る森をさらに奥へと進んだ場所にあり、断崖絶壁の下を大きな川が流れている。
『ポルフェア』の冒険者ギルドに張り出される危険度の高い依頼はここに来ることが多く、森部よりも凶悪なモンスターが出現しやすい。
さらに一歩間違えば容易に遭難するため、ある程度以上の経験がある冒険者以外にはリスクの大きい場所だ。
「ふぅ、ここまで来れば追ってこられないだろ。しかし、厄介な人に目を付けられたなぁ……」
ああいう手合いは、こちらが折れるまで絶対に自らの意志を曲げない。
それにAランク相当の冒険者ということは、〝ユニークスキル〟の重要性を海よりも深く理解しているはずだ。
だから僕の【ユニークスキル:孤高の大賢者】を説明して理由にしようものなら、余計に彼女の好奇心を煽ってしまうことは間違いない。
それか逆に、激しく失望されるか――そのどちらかだろう。
……いっそ、このまま他の街へ向かってしまおうか?
それなら彼女と会わずに済むし、受付嬢さんには悪いが依頼の達成は他の街の冒険者ギルドでもできるし。
ああでも、遠出用に食料とかアイテムとか持ってきてないしなぁ……どうしたものか……
などと考えていると――
「――――見つけたわよ、このすっとこどっこい!」
そんな威勢のいい声が、渓谷に響いた。
その直後――上空から、大剣を背負った少女が降ってくる。
そして軽々と僕の目の前に着地すると、
「ふふん、このアタシから簡単に逃げられるなんて思わないことね」
自慢気な笑みを浮かべて見せた。
そう、アルメラ・ヴァリエッタという【剣士】の少女が。
「うわ――!? ど、どうしてここに……!」
「【剣士】が戦うことしかできないと思ったら大間違いよ。痕跡を消せる【盗人】ならともかく、【魔装剣士】の後を追うなんて朝飯前。ま、想像より足が速かったのは褒めてあげる」
さ、流石はAランク……【斥候】の技術までも体得してるのか……
これでも、魔術で敏捷性にバフをかけてたんだけど……
っていうか、本当にここまで追ってくるなんて……
どうやら、彼女もかなり本気らしい。
「さあアタシとパーティを組みましょう? どうせアンタにはそれ以外の選択肢なんてないんだから」
「…………」
僕は答えることなく彼女に背を向け、来た道を戻り始める。
ここで彼女のペースに呑まれたら負けだ。
本当ならこんな態度は取りたくないが、無視を決め込もう。
そう思って歩くのだが――当然、アルメラは僕に付いてくる。
「ねえ、ちょっとこら、無視すんじゃないわよ。もう観念しなさいって言ってんの」
「……」
「なんでそんなに嫌がるワケ? 答えないなら地の果てまで付いていくけど」
「……」
「ははーん、上等よ。ならこうして、どこまででも付いていってあげるわ」
……はぁ、やっぱりこうなるのか。
せっかく悠々自適な1人旅ができると思ったのに、ストーキング紛いのことをされては堪らない。
「あ~もう、頼むから付いてこないでくれよ。どうして僕なんだ? 他にも優秀な冒険者は幾らでもいるだろう。それにキミだって、Aランクの【剣士】なら引く手あまたなはずだ」
「……それじゃダメなのよ。アタシの目的を叶えるためには、普通に優秀なくらいじゃダメ。アンタみたいに飛び抜けて強くないと、話にならないの」
「……? キミの目的って?」
「パーティになったら教えてあげるわ。それか、アタシと組めない理由を教えてくれたら」
うぐっ、そう来たか……
確かに気にはなるけど、ここであっさりと話してしまうほど僕はお人好しじゃないぞ。
「キミにもキミなりの理由があるのはわかったけど、それはこっちも同じなんだ。大体、こうしている間にモンスターに襲われでもしたら――」
――――と無意識に口にして、僕はハッとする。
ちょっと待て……?
【ユニークスキル:孤高の大賢者】の発現は、〝1人でいる限り〟って条件だ。
パーティを組んで複数で行動するなど論外だが、こうして誰かと一緒にいるのって――
オマケに、ここは凶悪なモンスターが出没する危険なフィールド。
もしAランク討伐対象クラスの――いや、Bランク対象クラスモンスターが現れでもしたら、スキルがないとまず勝つことは不可能である。
あれ? これって普通に不味いのでは?
僕は額から冷や汗を垂らしながら、アルメラに見えないように自分のステータスを表示する。
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Lv.35
名前:ファル・ハーツアイアン
年齢:19歳
性別:男
種族:人間
HP:765
MP:1080
攻撃力:35
魔術攻撃力:120
素早さ:15
職業:魔術師
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ああああああああああああああああああああッ!!!
【ユニークスキル:孤高の大賢者】が消えてるうううぅぅぅッ!!!
僕のステータスが元の状態に戻ってるよ!
Lv.もMPも魔術攻撃力も、完全にジョエルたちと一緒にいた頃と同じになってるよ!
職業も【大賢者】から普通の【魔術師】になってるしぃ!
――不味い、不味い不味い不味い。
幾らなんでもここまで追ってこないだろうと思って、もし一緒になった時のことまで考えてなかった。
一刻も――一刻も早くアルメラと離れなくては。
「ちょっと、1人でコソコソとなにしてるのよ」
「い、いいいいや、なんでもない!」
僕は急いでステータス表示を消す。
「い、いいか!? 僕はこうしてマスクで顔を隠しながら1人旅してる、怪しい奴なんだ! そんな男に、キミみたいな女の子がホイホイ付いてきちゃダメだろ!?」
「なによ今更。本当に怪しい奴は、自分のこと怪しいって言わないでしょ。それにアタシに手でも出そうモンなら、容赦なくぶっ飛ばすけど?」
「むぐっ……! と、とにかく僕は1人になりたいんだ、でないと――」
でないと――凶悪なモンスターが現れた時、大変なことになる。
そう言おうとした瞬間、
『ヴオオオオオォォォォォォォォォォ――――ッ!!!』