「掛川城主増田長盛殿が家康に通じておるのではと」
徳川と伊達の同盟軍が江戸を発ち、その情報を得た豊臣方も遠州に向かって進軍を始めた。おれが江戸城を攻撃してから四年後の事であった。
探りを入れている手の者によると、伊達勢が先発しているという。
「ついに来たか」
「はい」
「しかし気になるなる話も入って来ております」
幸村が深刻な顔をしている。
「なんだ?」
「掛川城主増田長盛殿が家康に通じておるのではと」
「なに」
「噂では御座いますが」
「…………」
掛川城主の指揮下には二俣城も入っている。という事は掛川まで来てしまえば、天竜川は無抵抗で渡られてしまう。二俣城は天竜川と二俣川が合流する地点に築かれた城。大軍が天竜川を渡るのには必ず通らなくてはならない要所なのだ。
だが、必ずしも二俣城を守らなくてはならないというわけでもない。天竜川を渡らせてしまった後で、戦闘という事も考えられる。
こちらが天竜川の先で待ち構えていては、下手をすると川を背に戦うという事にもなりかねないからだ。
さらには二俣城のこちら側で、渡ってくる徳川軍を大軍で取り囲んでしまうのもありだが、そのような分かり切った作戦を展開したら、家康殿は容易に渡ってはこないだろう。天竜川を挟んだつまらない持久戦になってしまう。
「佐助を呼べ」
「来ております」
「……!」
「お呼びでしょうか」
「そなた長盛殿を見張れ」
「はい」
「二俣城の周辺もな」
「分かりました」
佐助が下がった後で幸村に聞いた。
「用のない時彼女はいつもおれの傍にいるのか?」
「佐助は殿の身辺警護の任も帯びております。ご迷惑なら遠ざけますが」
「いや、そういうわけでは、ない」
「…………」
江戸と大阪の中央付近に遠州がある。徳川軍が江戸を発ち向かってくるという知らせで、急遽豊臣軍も動き出した。
目指すは浜松城だ。
東海道を行く鎧を赤で統一している真田の一群は沿道の人々の注目を浴びている。戦国時代の鎧兜や甲冑は、有名な武将の物を写真などで見ると、派手なものから奇抜なデザイン等が目を引く。
たとえば政宗が伊達家の部隊にあつらえさせた戦装束などは非常に絢爛豪華なもので、その軍装の見事さに見た者は皆歓声を上げたという。
手柄を立てるためには自分の存在をアピールする必要があったんだろうけど、家康が天下を取ってからは、次第に日本人が地味で没個性になっていったというのは考えすぎなんだろうか。
豊臣軍は長い槍と共に一人一人の兵どもが背中に荷物を背負っている。兵糧や薪といった様々な物資を少しづつ手分けして運んでいった。一六万もの兵が槍一本だけを持って無駄に歩くなどということはないからだ。
名古屋を過ぎたあたりで幸村が声を掛けてきた。
「殿、佐助が戻ってまいりました」
「長盛殿の件か?」
「はい、やはり家康殿と通じておるようです」
「そうか、噂は本当であったか」
「二俣城に軍を急がせましょうか?」
「いや、それより佐助を呼べ」
「はい」
「まいりました」
「役目ご苦労であった」
佐助は無言で深々と頭を下げた。
「これからは戦闘が始まる。私の傍にいるようにしろ」
「……分かりました」
「才蔵はおるか?」
「はっ、これに」
「そなたは駿府城の輝政殿と連絡をとってくれ。それから伊達軍が先に来るようなら、その動きも見ているように」
「かしこまりました」