「火矢を十万本用意出来るか?」
大井川まで来て、これは家康殿を江戸城に入る前に捕らえることは難しくなったと感じた。
ただ徳川軍はここまでで相当兵力を消耗しているはず。四年前の戦と比べ、このまま江戸城の攻城戦に持ち込むのもありかもしれない。
その後豊臣軍は小田原、鎌倉をへて再び江戸に着いた。徳川軍は兵の増員を妨害され、出来なかったようだ。
遅れて行長が兵を連れてやって来た。
「行長」
「はい」
「兵はどの位集まった」
「急ぎましたゆえ、大阪周辺の大名からと、あとこの状況では留守居の兵は要らないと思い、大阪城の兵とで二八〇〇〇で御座います」
「分かった。ご苦労だった」
「はっ」
独断で大阪城に居た兵を連れてきてしまった行長は、ほっとした表情を浮かべ頭を下げた。
これで豊臣軍は十万近い兵力となったのと比べ、徳川勢は三万前後になっていると思われる。
野戦なら圧倒的な差だろうが、城攻めとなると話が違ってくる。攻める側は守る側の十倍の兵力が必要だとされるからだ。
どうするか。
だいたい江戸城は、家康殿が大阪方との決戦に備え築いた、攻めにくい要塞だと言われている。最も奥に行くには複雑に入り組んだ通路を通り、最大四つの門を突破する必要があるという。
それに大砲でも、一番頑丈に出来ているはずの表門を打ち破るというのは難しいだろう。
できれば内側から開門の手引きをする者が居るか、それとも……
「幸村」
「はっ、これに」
「火矢を十万本用意出来るか?」
「十万本で御座いますか?」
「そうだ」
十万本と言えども、千人で作業すれば一人当たり百本だ。分業で取り掛かれば出来ない事ではないだろう。
「必要とあれば」
「よし、すぐ用意せよ。それから弓の射手を鉄砲から守らねばならぬ。移動出来る盾も工夫して作れ」
「分かりました」
「城の周り全ての表門は、火矢で焼き落とす。うまく落ちなければ大砲も撃つ。門が焼け落ちたら、突入するぞ」
「かしこまりました」
どんな攻撃にせよ、いずれ犠牲者は出る。だがこの鶴松、いや秀矩は、あの爺様のような兵糧攻めなどしたくないだけだ。それに前の戦で城に立てこもった兵士の数と比べたら、今回はずっと少ない。だから兵糧攻めには時間が掛かりすぎるのだ。
「才蔵は居るか」
「はっ、これに」
「城内から第二の門を開かせることは出来るか?」
「第二の門なら表門ほど警戒はされていないかもしれません」
「…………」
「深夜に忍び込めば、あるいは」
「よし、時が来たらやってくれ」
「分かりました」
しかし、第二の門まで突破出来たとしても、果たしてその後は……
それに表門が破られたら第二の門も警戒厳重になるだろう。
「幸村、十万の兵を五隊に分けろ。二万づつ交代で昼夜の別なく攻撃するんだ。攻撃していない部隊は休ませろ」
「はい」
「攻撃は盾を有効に使って、鉄砲も火矢も放て」
「分かりました」
敵の銃撃から、弓や鉄砲の射手を守る盾は出来た。竹や木の板製で、表側に鉄板を張り付けてある。二人で持って運び、真ん中の射手と一緒に移動する。これでかなり敵の銃撃からは守られるはずだ。