「追撃するぞ、直ちに隊を再編成しろ」
四・五人の者に身体を抱え上げられ、運ばれているのは分かったが、その後の記憶がない。
目を開けると家臣達がおれを見守っている。
「殿」
「殿、気が付かれましたか」
「どうなった?」
「幸村殿はまだ戻られませんが。黒田殿が先ほどーー」
「勝ったのか、負けたのか、どっちなんだ!」
その後幸村や才蔵、次々と戻って来た家臣達の話から戦況が見えてきた。
まず、豊臣本陣が伊達隊に囲まれているのに気づいた島左近隊が一番に駆けつけ、敵を蹴散らし、左近はおれの周囲を取り巻いていた敵雑兵どもを鬼のような形相でなで斬りにした。
さらに安治も戻ってくると付近にいた伊達隊は壊滅。
徳川軍本陣を目指した勝永隊は、秀家隊や清正・幸村隊が戦っている横を突き進むと、家康本陣の前に立ちはだかる前衛隊と銃撃戦を開始。互いに撃ち終わると敵将は槍を振るって反撃するも、その場で討ち死に。
勝永隊の快進撃はここから始まった。左右から出てきた敵部隊も壊滅させ、徳川勢の第二陣に襲い掛かり、あっけなく敗退させると、次は家康の親衛隊でもある第三陣に攻撃を加えた。だがこれらも勝永隊の相手ではなく、次々と敗走させた。そしてついに徳川家康本陣に突入していこうとする直前、家康は辛くも家臣達に守られその場を脱したとの事。
豊臣側に寝返った隊がいるとの虚報が徳川方の内を駆け巡り、浮足だって混乱状態だったという事もあるだろうが、阿修羅のごとき勝永の奮闘ぶりは見事であったようだ。ただ家康は逃げる際、影武者らしい者を四方に逃がしたため後を追う事が難しかった。勝永は家康を取り逃がしたと分かった時、両膝を屈して、刀を握ったこぶしで地面を殴りつけ悔しがったという。勝永隊のあまりにもすさまじい活躍ぶりに、行動を共にしていた幸長隊の出る幕はなかったとまで言われた。
おれは家臣一同の活躍にねぎらいの言葉を掛けた。
と、そこまでして、ハッと周囲を見回した。
「どこだ?」
「殿」
「何処に行った?」
「殿、どうされました」
「佐助は何処だ?」
家臣どもが互いの顔見回している。
「佐助は何処なんだ!」
その大声にやっと幸村が応じた。
「殿、佐助ならあちらに控えております」
大勢の家臣たちの後ろで、神妙に座っている佐助が居るではないか。おれはすぐ声を掛けた。
「佐助、ここに来い」
家臣達から一斉に見られた佐助が下を向く。
「どうした、佐助、ここに来い」
「佐助、殿の傍に行きなさい」
幸村が助け舟を出してくれた。
やって来た佐助に、
「佐助、大丈夫だったか?」
「はい」
また下を向いてしまう佐助だ。そこには刀を構えた佐助とは違う彼女の姿があった。
戦にはどうやら勝ったようだが、豊臣側の被害も甚大だという事が次第に分かってくる。
まず大谷吉継殿が討ち死にされ、兵力は壊滅状態。
島津義弘殿は負傷され、兵はほぼ壊滅。
福島正則殿、負傷。
島左近、負傷。
浅野長政、負傷。
そしてなによりとてつもない総力戦で、豊臣側全兵力が半減してしまったということだ。
家臣達の間では追撃するか、それとも一旦大阪に戻り、軍備の再編成をすべきか意見が分かれている。
敗退しているとはいえ、才蔵配下の者がもたらす情報では、徳川軍の兵力はまだ相当残っていると思われる。
「このまま放置して江戸城に入られてしまえば、後の展開が面倒になるな」
「我が方が大阪に戻っていては、徳川方にも軍備再編の機会を与えることになるだけです」
そう言い切った幸村は追撃賛成派だ。おれを真正面から見据えた。
「幸村」
「はっ」
「追撃するぞ、直ちに隊を再編成しろ」
「かしこまりました!」
忍びの報告通り同程度の兵力でも、家康殿が逃げてしまった今となっては追撃する側に利があるはず。大阪に戻って軍備を整え出直すなどという事は、絶好の機会を逃すことになる。
「行長」
「はっ」
「そなたは大阪に戻り、足りない物資の調達と兵員を至急確保しろ」
「かしこまりました」