鶴松に転生してしまった。
短編で書いた作品なんですが、その後続きを書いていたら止まらなくなりました。
このままだと短編の列ができてしまうので、改めて連載にし直すことにしました。
「なに、この者を家来にと?」
じいさま、いや父上は目を見開いた。
おれと父上の前に座る小西行長三四歳、この時代ではすでに初老。
おれは……、三歳。
周りからは若様とか若君とか呼ばれている。
鶴松は天正十七年五月、豊臣秀吉の嫡男として生まれ。長寿を祈って「棄」と名付けた後、「鶴松」と改名した。
当時は単に若君などと呼ばれていた。
しかし病弱な鶴松は三歳で亡くなり、五三歳というあの時代としては高齢な秀吉の落胆はそうとう大きかった、となるはずだったのだが……
偶然汚れた古いパソコンを手に入れたおれは、鶴松と検索していたら転生してしまったのだ。
後でなんと、鶴松が亡くなる少し前に入れ替わったようだと分かる。
だがその瞬間は、
「なんだ、このかったるさは」
ただひたすらに身体が重い。
おれはこれまで病院と言えば、歯医者くらいにしか診てもらったことがない。
「くそっ!」
と重い布団を蹴り上げた。
「ああ、軽くなった!」
それを眼にした、周囲を取り巻く者たちの驚くまいことか。
だがこの後の細かいごたごたや過程は抜きにして、おれはこの時代に鶴松、幼名は棄として生きていく決心をすることになる。
とりあえず今なによりもやらなければいけない事は、慶長の役回避だ。そんなばかばかしい戦争をさせるわけにはいかない。
おれは実務方として家来にした小西行長に続いて、真田幸村二十二歳、宇喜多秀家二〇歳と、たてつづけに家来にしてほしいと願い出た。
最初の内は子供の戯言と笑っていた秀吉だが、次に出たおれの言葉で顔色が変わった。
「父上、真の敵は海の彼方になどおりません」
「なに!」
「私共の身近におります」
「…………」
秀吉がおれの顔を凝視している。おれも負けずにじいさまの目玉を凝視、言い放った。
「父上もご存じのはず」
秀吉は急に声をひそめ、
「そなた、他の者にもそれを申したのか?」
「いえまだ誰にも」
秀吉の頭はもう半島遠征どころではなくなる。
それにしても三歳の子供がこのような事を話し出すとは。なによりも跡継ぎの心配から夜も眠れない秀吉にとって、嬉しいやら驚くやらで、めまいがするほどであったようだ。
すぐ秀吉はおれを正式に後継者としたため、結果秀次とのトラブルも無くなり、彼は切腹の憂き目を免れた。
秀吉が小田原征伐から奥羽仕置と忙しくしている間、おれは淀殿と大阪城に居たが、おじんの父上と違い母上はきれいな方だった。
三歳のおれがどんないい思いをしたか、ここで深くは触れないでおこう。
毎年の年賀を大坂城で迎えるおれは、公家や家臣達より祝儀の様々な進物を受けるのだが……
訪れる者達の中にいつも異彩を放つ老人がいた。
徳川家康だ!
初めての対面の場ではさりげない素振りの男だったが、その目の奥に不気味な黒いものが漂っているのを感じたのはおれだけか。
やはりな、いずれこの男とは対決せねばなるまい。
おれは真田や宇喜多などの家臣に兵の増員と訓練を急がせ、小西行長には鉄砲、大砲を大量購入させた。すぐ、必ず必要になる時がくる。
何しろこのおれは秀吉の命日を知っているんだ。
だが家臣達の中には納得のいかないものも多い。
「急げ」
「しかし何故そのように急がれるのでしょうか?」
「そなたらにもいずれ分かる時が来る」
「まるですぐにでも戦が始まるようでは御座りませぬか」
「まあな」
すでに四歳から五歳になろうとしている。たとえ子供の口から出る言葉であろうと、何しろ後ろには秀吉が控えているのだ。その命令は秀吉の命でもある。おれが配下の者に指図するのを、秀吉は嬉々として聞いているのだった。
おれの命令を受けた家臣が少しでも躊躇しようものなら、すぐ秀吉の雷が落ちた。
「なにをもたもたしておる、若の命が聞こえぬのか!」
「ははあ!」
そして籠城戦などするつもりは毛頭なかったが、念のため幸村に大阪城の弱点である南側に防衛拠点(砦)を築かせた。
これには秀吉も驚き感心した。
だが、こういったおれの動きに家康は動揺をかくせないようだった。真田の手の者が探りをいれると、
「あの小僧、いったいなんなんだ」
そんなわけがないと自分を落ち着かせているように見える。
「いずれも裏で糸を引く、秀吉の采配だろう……。こざかしい真似をしおって」
幸村配下の諜報活動で、家康の挙動が手に取るように分かった。
おれも七歳になると、鉄砲と大砲の訓練に身を入れるようになる。
的を決めて当てさせ、好成績の者には褒美を出す。もちろん連弾の訓練もさせた。また鷹狩りもやるようになり周囲の地形を調べ始めた。特に伏見城から東の地域を念入りに観察した。
やってみると鷹狩りは面白い。鷹の翼が風切る音だろう、ブンと背後で聞こえたりする。
そして九歳になった夏の日、ついに来るものが来た。秀吉の死だ。父上の枕元に座るおれの視線の先には、あの狡猾な老人の姿がある。神妙な顔をしているが……
秀吉の死後、内大臣の家康が朝廷の官位でトップではあったが、鶴松が成人するまで政事を託すとの遺言はなかった。
だから五大老の一人ではあったが、鶴松との力関係が微妙でぎくしゃくしていた。何しろおれはまだ十歳を過ぎたばかりなのだ。
それでも家康は生前の秀吉から禁止されていた大名家同士の婚姻を行い始め、伊達政宗の長女と自分の六男・松平忠輝となど婚約した娘たちは全て養女とした。
さらに細川忠興や島津義弘、増田長盛らの屋敷にも頻繁に訪問するようになった。こうした不穏な動きに、大老・前田利家や五奉行の石田三成らは反発と不信感を強めていく。
「若君の御幼少なのをいいことに……」と、
豊臣の重臣や大名達のあからさまな反感を感じてか、秀吉が亡くなった後、親子で一緒に居ることの危険性を考えた家康は、秀忠を江戸に返すことにしたようだ。
幸村から報告を得たおれはことさらに少人数の家臣を伴い大阪城を出た。伏見城に居る家康殿親子の鼻先を通り、鷹狩りと称して東に向かって非常にゆっくり歩いている。
「掛かってくるかな」
「うまくいけばいいのですが」
「家康殿はともかく、秀忠の性格を考えるとな。今がチャンスなんだ」
「ちゃんす…………」
そう言いながら、幸村がおれの顔を見た。
危険だと反対するこの男を何とか説得しての行動だ。周辺には百姓に変装した幸村の手の者たちを潜伏させている。この機会を逃がすとーー
「若君!」
「ん」
「来ました」
「やはり来たか」
周囲の背を超える雑木の隙間から、覆面をした侍が数人見え隠れしている。人数はこちらの約二倍。
すぐおれの周囲を手練れの家臣達が囲んだ。
ーー来いーー
おれは腹の内で叫んだ。
もちろん刀は怖いから、用心のため服の下には鎧帷子を着こんでいる。重たいが、緊張感から今はそれを全く感じなかった。
来るのなら秀忠の家来だろう。それも家康殿には内密だろうから大勢ではこれないはずだ。
おれの感は当たった。倍とはいっても敵も少人数だ。じりじりと無言で間合いを詰めてくる。冷汗が出てくるが、覚悟を決めたその直後ーー
敵の動きに動揺が見えた。周囲をいつの間にか取り囲んだのは百姓、いや真田の家臣からえり抜かれた剣豪達。
結局おれには一太刀も振るうチャンスがないまま賊は叩き伏せられ、引き立てられて行く。覆面の襲撃であったが為、城内から追手は出てこない。
「若君のおっしゃる通り、うまくいきました」
「そうだな」
「では急いでまいりましょう」
「うん」
賊は秀忠の家臣であることを白状した。
やっと家康殿にしっぽを出させ、つかんでしまった。その後直ちに江戸へと逃げ帰った親子。秀忠には家康殿の雷が落ちただろう。
家康の仕向けた刺客に鶴松が襲撃され。殺害されそうになった、という知らせは瞬く間に広がった。実際に仕向けたのが家康でなかったとしても、もうこうなるとどうしようもない。
豊臣との戦を覚悟した家康が大阪からの書簡を無視した為、叛意があることは明確であるとしておれは徳川征伐を宣言した。
ここに江戸出征は豊臣が謀反人の家康を討つという形となり、豊臣恩顧の大名たちにこの戦に加わるよう促す書簡を送った。
おれは大坂城の留守居として二万の軍と石田三成を残し、約五万の軍勢を率いて出陣、後から加わる大名たちを待ち、家康の重臣・鳥居元忠が守る伏見城を攻め落城させた。
そして浜松、掛川城を攻略した。大義名分の無い徳川方諸城の戦意は低く、幸村の手の者による城内への様々な諜報活動が功を奏した。駿府城も攻撃落城させ、さらに小田原、鎌倉をへて江戸に着いた。
途中から加わった島津義弘、長曾我部盛親らの大名を合わせると、豊臣方の軍は十五万近くにまで膨れ上がっていた。
「江戸城に集結した徳川方の軍は十万余りだと思われます」
幸村からの報告があった。皇居の面積は、宮内庁管理部分の敷地が約百十五万平米ということだから、ざっと計算すると十万の徳川方兵の一人あたりの面積は、少なくとも畳六枚分ほど有ったと思われる。
家康はすぐ出てくることなどないだろうとおれは予想した。この戦力差なら籠城するほうに分がある。食料も十分蓄えているだろうし。血気に早った豊臣方が城壁に取り付き、無駄な死傷者が出ればそれ幸いなのだ。
「若君、軍の配置はいかがいたしましょう」
宇喜多秀家が聞いてきた。何しろ宇喜多家の一門からは二万を超える兵が動員されてきているのだ。
「主だった門の六ケ所に配置しろ」
「はっ!」
「ただし大砲の有効射程距離の二倍離せ」
「分かりました」
この時代大砲の有効射程距離は非常に短い。江戸城外堀の外側から撃って、やっと敷地の真ん中辺りまでしか届かないのだ。今すぐ大砲でやり合う気はない。
「それから別な兵を使い、江戸に入ってくる道を封鎖しろ」
「はっ!」
「全ての道だ」
「そう致します」
もはやおれの後ろに秀吉の影は無い。だがこれまでの成果を見ている幸村や秀家は何の迷いもなく命令に従うのだった。
両軍は江戸城内外でにらみ合ったまま膠着状態が続いている。互いに動こうとはしなかった。家康も動かないことを厳命しているんだろう。
だが、
「門の前に動きが見えます!」
物見の者が声を出した。
見ると東口から大砲を押し出している。その後に続く兵の数はおよそ二千。重い砲を押すのには時間が掛かる。まだ射程距離まで相当ある。敵はじりじりと前進してくる。
「しびれを切らしたんでしょうか」と幸村がもらした。
秀忠か他の大名かは分からぬが、功を焦る者がいたんだろう。いずれにせよ家康の采配ではあるまい。
「大砲の用意をしろ」
「はっ!」
連絡役が大砲の元に走り去った。
「鉄砲隊は配置に着け」
「鉄砲隊、配置に着け~~!」
「二段構えだ」
「二段構え!」
土嚢の後ろにずらっと鉄砲隊が列を作った。
「大砲は二門とも前方敵の砲に狙いを定めろ」
「大砲は二門とも前方敵の砲に狙いを定めろ~~!」
幸村によると、家康が購入した大型の大砲は四門だという。豊臣方が手に入れているのは六門。その内二門がこの東門前に備えてあった。
ついに訓練での成果が試される時が来た。
しかもこれは分の良い戦いだ。敵は射程距離に入るまで押し続けているのだが、豊臣軍はのろのろと進んでくる敵の砲にゆっくり狙いを合わせるゆとりがある。
少なくとも二門で二発は先に撃てる。
そしてついに射程距離内に入った。
「撃て」
「撃て!」
轟音が鳴り響いたーー
最初の砲弾は敵大砲の少し後ろに着弾。数人の兵士が飛び散った。
さらに大砲のすぐ横に二発目が!
敵の砲は揺れて倒れそうになるも、持ちこたえた。
「二発目を用意しろ」
「二発目用意!」
敵も必死で用意している。
「用意出来ました~~!」
「撃て」
「撃て!」
再び響く炸裂音ーー
今度はみごと大砲に命中、敵は撃つのをあきらめ土台の壊れた大砲を置き去りに、兵は皆撤収していった。
「若君、うまくいきましたな」
「また家康殿の雷が落ちるであろう」
再び両軍は膠着状態になり、全く動きが無くなった。
「若君、道を封鎖している兵より連絡がありまして、商人が江戸城に届ける物資を運んで来たとのことですが、いかがいたしましょう」
「これに通せ」
「はっ」
豊臣軍も大阪から商人や大工を連れてきている。兵が雨露をしのぐ小屋を建てることから、市場まで開こうとするつもりなのだ。それにしても、おれは自分の言葉使いの変化に笑ってしまうのだった。
連れてこられた商人が誰に向かって話したらよいのか、おれを前にして戸惑っている。
「江戸城と同じ値段で購入してやろう」
「それは構いませんが……」
おれはまだ戸惑っている江戸城出入りの商人から、すべての品を過不足ない値段で購入してやった。
「それから大阪方の商人と話をしていってくれ。これからはもっと繁盛するからな」
「ははあ、それは有難いことで」
戦が始まるという噂を聞いて心配しながら来てはみたようだ。だがやはり兵に行く手を阻まれ、どうなることかと思っていたらしい商人は代金を手に嬉しそうに帰って行った。
「これで良し、戦が始まらないのなら、今度は商売だ」
「商売ですか」
幸村が聞いてきた。
「そうだ、これからは自由にさせよう」
「と申されますと」
「出入り自由だ。商人は江戸城内へ自由に行き来していい」
「は?」
幸村はまだ納得いかない様子であったが、おれはこれ以上家康殿を追い詰める気はなかった。以降江戸城への商人の出入りは自由となり、城内で希望する物は武器と弾薬以外全て購入を許可された。さらに包囲する兵士たちの乱暴狼藉略奪は固く禁じ、商人たちの活動を助けた。大阪から運んだ潤沢な資金がこれらを容易にさせていた。
包囲も半年を過ぎ、城内では厭戦気分が広まっているとの情報が入っていたころ、
「若君、江戸城内より使者がまいっております」
「なに、使者と、通せ」
「はっ!」
使者は徳川方に組した一大名の家臣だった。
「そうか皆国に帰りたいと申しておるのだな?」
「さようでございまし、なにすろ残してきた田畑が心配だと……」
使者は深々と頭を下げた。
「兵は何人ほどおるのだ?」
「六百名ほどおりまし」
「分かった。自由に帰るが良い」
「え、帰えすていただけるのでーー」
「ただし武器を全て置いてな」
「有難うございまし」
おれは出ていこうとする者を自由にさせた。
「幸村」
「はっ」
「だれか城内にもぐりこませ、帰りたいものは自由に帰れると噂を流してこい」
「分かりました」
やがて次々と帰国を願い出る大名が現れると、食料まで持たせ帰してやる。最後には徳川だけになってしまった。
これで流れは変わったな。家康殿ももう大きな顔をして表舞台に出てはこれないだろう。
「さてと、今度はおれ達の番だな」
「…………」
幸村がじっとおれの顔見ている。
「帰るぞ」
「は?」
「大阪に帰ると申しておるのだ」
「あの、ではこの戦はーー」
「もう終わりじゃ。これ以上あのじいさん、いや家康殿を苦しめる気は無い」
「…………」
豊臣方の軍勢は島津、長曾我部と遠い地域の大名から順次帰国することになった。
「江戸城内からの追撃は無いでしょうか」
「それは無いと思うよ。あのじいさんはそれほどばかじゃあない」
そして最後に残ったおれ達の軍も引き上げが始まった。もちろん先発した大名達にもゆっくり行くように言ってある。いざという時は全軍戻れるようにだ。
大阪に帰る途中に駿府、掛川、浜松城の新しい城主も決め、見上げると雲一つない青空に鳶がゆっくり舞っていた。