04 晩 蛮 番
山の中腹に陣取られた、ナニガシ卿が設置した拠点に、彼らを縛って転がして行く自分の傭兵を見ながら、メルドはオールバックにした紺色の髪を撫でた。
「ふっ、彼らは参加規約の範囲を自分でせばめていたのだ。良く読めばその裏側まで推測できたであろうに」
悦に入る彼の耳に、不気味な笑い声が飛び込んできた。
「ふっふっふ…… ついにみつけたぞ、メルくん!」
はっとするメルド。
「僕をメルくんと呼ぶこの声は……」
自分を落ち着かせるように周囲を確認し、そして確信する。
彼は森の一点を指差して叫ぶ。
「そこだ!」
「違うわ!」
ほぼ反対側から、肩に着きそうな長さの深緑の髪を、首の後ろで少し縛った男が現れた。
中央で分けた髪は、顔の左右に少しばらけていた。
その姿を見て、メルドは相手を特定する。
「君は……、オートン。……イオリュエル財閥の御曹司が何の用だ?」
「ふふふ、僕はメルくんに戦いを挑みに来たのだ!」
「何を言っている? 君はこの争奪戦に参加していなかったはずではないか」
その問いが、ちゃんちゃらおかしいとでも言うようにオートンが笑う。
「はーっはっはっは! メルくん! 君は参加規約をよく読んだのか?」
自分の参謀と共に、とことん参加規約をチェックし、今回の作戦を考案したメルドは、見落としがあるはずは無いと思っていた。
「何を言う! 僕は隅々まで確認したぞ」
オートンは、勝ち誇ったように告げる。
「ふふふ、しかし『参加者しか、参加者と戦ってはいけない』とは書かれていなかったんじゃないか?」
「当たり前だーーっ!」
参加規約に参加しない者の事など記載されているはずはない。
メルドは拒絶するように続ける。
「そもそも、君に戦いを挑まれる覚えなどない!」
オートンは、まるで気にしないと言わんばかりに、メルドを指差す。
「忘れたとはいわせないぞ! あれからずっと、僕はメルくんを探していたんだ。あの時の屈辱、はらさせてもらうぞ!」
「忘れた」
「言われたー!」
メルドは面食らっていた。
「だいたいだな、あれから? あの時? いつの話なんだ」
「何だと、忘れたと言うのか!」
「もう言ったわ! とういか、そもそも身に覚えが無い! 一体何の話だ!」
「何って……」
我にかえり、オートンは首をひねる。
「何だっけ?」
「僕に聞くなっ!」
「えーい、思い出せないけど復習だっ! 神妙に勝負しろ!」
「なんとーーっ!?」
メルドは意表をつかれた。
「であえーっ」
オートンが腕を大きく振り、声をかけると、茂みの中から巨大な人型の土くれが現れた。
「なっ、貴様も武装化ゴーレムだと?」
身にかかる火の粉は払わねばならない。メルドの意に反してオートンとの戦いが始まった。
◇
がっしゃんがっしゃんと大立ち回りをしている場所から少し離れた草陰で、その様子を見ていた男がつぶやいた。
「頭が痛くなってきた……」
そう、ミコトである。
頭痛がすると言っても、頭にかぶったパンティの締めつけがきついというわけでは無い。むしろフィットして心地よい。
この山中に、どの程度の傭兵が潜んでいるかを把握するため偵察に来ていたのだが、まさか、それらがほぼ壊滅状態で、残った部隊も外部の者に相殺されそうになってるとは予想もしていなかった。
「こいつらはもう放置でいいな」
そして課題の目的地である、山頂付近の社周辺の状況を調べるために、その場所を後にした。
◇
翌朝王女達がツリーテントから降りると、かすかに火の残るたき火の向こう側で、ぼさぼさ頭のおっさんが、いびきをかいて寝ている姿があった。
「騒音の元はこれね。……偵察はどうなったのかしら?」
テントの隣に貼られたタープを見ると、その下に幸せそうに寝息を立てているラケースの姿があった。
「見張りはどうなったのかしら?」
「あ゛ー、起きたのか」
カレンとクーカリナが顔を洗ったり、昨晩の残り物を暖めたりしていると、ミコト達も起きてきた。
「起きたのかじゃないでしょ。状況を説明してよ」
昨晩の傭兵達の話をミコトが伝えている間、ラケースは――既に話を聞いていたのかのように――半目の状態でつまらなさそうな顔をしていた。
「じゃあ、もう障害は無くなって山頂まで行けるってこと?」
「いや、それがな。目的地の手前に三十人程の元ダーゴゥ軍と思われる部隊がいた」
「「はぁ?」」
「多分、保険だろう。万が一にも全ての傭兵を退けて山頂に向かわれた場合の事を考えているんじゃないか? 宰相の奴、何が何でもお前さん達に許可を出したく無いみたいだな」
「この人数でそれを突破して、護符を交換しなきゃいけないって事? そんなのできるわけ……」
ミコトは様子を見ていた。
「やんねーのか? オレは三十人ぐらい相手にしても構わないぞ」
ミコトの見立てでは、今のラケースでは、相手にできるのはせいぜい数人と言ったところだった。
「どうしてもクリアしたいの。でも、正面からぶつかってもうまく行くとは思えないわ」
「そうですね、玉砕はごめんです」
クーカリナは意外と冷静だ。
「ま、よく考えな。ぼくは元のルートまで案内する事はできる」
ミコトは立ち上がり、カレン達に背を向ける。
「あっ、あのっ」
テントやタープの片づけに取り掛かろうとするミコトに、改まったカレンの声がかかる。
「ありがとうございます。キャンプのご用意だけでなく、わざわざ調べていただいて。本当に助かりました」
ミコトは振り返らないで応えた。
「なに、困っている人は見過ごせない。できる範囲で力を貸しただけさ」
「ありがとうございますっ」
「サンキューな!」
クーカリナとラケースの声も届くのだった。
「あっ、えっと、その……、お手伝いします!」
ツリーテントを固定してたストラップを外していると、クーカリナが隣にやって来た。
振り返ると、カレンは椅子代わりに使っていた倒木の幹に座って、作戦を練っているようで、ラケースは昨日の残り物を掻き込んでいた。
(バラバラだな……)
役割分担ができていると言えば聞こえはいいが、チームというには物足りないと感じられた。
だからと言って、ミコトはそこに加わったり、助言をする気も無かった。
他人の娘ではあったが、余計な手助けをしてしまっては、若者の成長を妨げる事になる。
片づけをしながら、ミコトも思案する。
(とは言っても、面白いからつい仕込みをしてしまったのだけど)
しばらくして、彼女らを振り返る。
(しかし、その仕込みを使うにはコマが足りないんだよなぁ……)
カレンは思案を続け、ラケースは準備運動を始めていた。
グラウンドシートの上に、解体したテントなどを集め、個々の装備を丹念に確認しながらリュックに詰めていたミコトが、つぶやいた。
「しかし、無いな」
「何がですか」
所在なさげに隣で眺めていたクーカリナが質問する。
タケルは、これぐらいなら説明してもいいかと言った表情で伝える。
「カーナ……ってさ、昨日突然現れたって言っただろ」
「ええ」
「帰る時に彼女は空間接続魔法を使っていた。……と言うことは、来る時も使った可能性があると思ったんだ」
昨日の説明を思い出すクーカリナ。空間接続を行うには、接続する側の魔法陣に対して、あらかじめ設置された接続される側の魔法陣が必要なのだ。
「あっ、じゃあ、荷物のどこかに、接続される側の魔法陣があるかも知れないって事ですね」
「ああ、残念ながらそれは見つからなかった」
あらかたパッキングが終わったミコトは、カレンの元に戻って来た。
ラケースは自分の剣を握って素振りをしていた。
「そろそろ、決めたか」
カレンは決めあぐねていた。
「いくつか、考えたわ。だけど、どれも現実的じゃない」
「面白いな、聞かせてくれないか」
あまり首を突っ込む気も無かったはずだが、彼女がどんな事を考えたのかに興味が湧いてしまっていた。