03 おいでよ!傭兵の森
宙に消えたカーナの余韻に浸るカレン達に、ミコトは釘を刺す。
「見た目だけで判断してると、痛い目を見るぞ」
王女カレンは冷たい目でミコトをにらむ。
「あー、そういえば、ミコトさんは痛い目に合いましたしねー。でもそれは自業自得じゃないですかー?」
「そういう意味じゃなくてな、遠隔接続の魔法が特殊だって言うなら、空中を飛びながら電撃を連打したって言うのはどうなんだい? ただの魔術師じゃないと思うんだ」
はっとするカレン。
「言われてみれば、普通じゃないわね……」
「ぼくにも正体がわからないんだ。警戒をするにこしたことはない」
腕を組んだ男前のラケースが、ジト目になる。
「あんたも相当怪しいけどな」
先ほど、体を許してもいい的な発言をした割には、冷静であった。
「違いないね。誰にでも警戒して、状況は常に把握するべきだ」
ミコトは周囲がそれなりに落ち着いてきたと判断した。
「それでは、これからの事について話したい」
◇
「というわけで、君の下着を借りたいんだ」
それはもう真顔だった。なかなかこれほど真剣なミコトの顔をおがめる事はないだろうという程の、真顔だった。これがマンガだったら、背景に「キリッ」という文字が大きく描かれるレベルだ。
普段強気なラケースですら、思わず後ずさってしまう。
「はぁ? 突然何を言い出す……ってか、ど、どうするんだ?」
「どうするって、かぶるに決まってるじゃないか」
「「「!!?」」」
カレン達はあまりの驚きに、一瞬声を失う。
ラケースは焦った。
「そういう趣味のヤツも知り合いにはいるが、やらないけど下着だけよこせとか、さすがにちょっと……」
あさっての方へ目が泳いでいる。
ミコトはやや渋い顔になる。
「まて、勘違いをしていないか?」
「正しく理解しているつもりだが?」
ミコトは先ほどまでの話を確認する。
「いいかい、まず君たちはここで待機しつつ身体を休める。まずは姫さんとクーカリナくんがテントで休み、君が見張りだ。そして状況を把握するため、ぼくはこれから偵察に向かう。ここまではいいね」
「ああ」
「だから下着が必要なんだ」
「理解できないんだけど……、自分で常識と思ってる事を省略してないかい?」
「そうなのかな。……解説すると偵察なので、なるべく見つからないようにしたい。全身の中で一番目立つのはどこだと思うかい? そしてその部分を隠す物が必要だ。頭にフィットして、顔を隠せて、視界も確保したい。それを満足できる物って何だと思う?」
一通りの説明を終えたミコトは、決まったな……という感じの満足そうな表情を浮かべる。
確かにミコトのインナースーツは、基調としてもで黒づくめと言って良い状態であり、顔や手が目立った。
「あ、あの、未使用ので良ければ私の替えがありますけど……」
「ありがとう、クーカリナくん。しかし多分君の下着は白……だよね。暗がりで動くには、暗い色の方が都合がいいんだ」
「ちょっと待ったぁ! な、何でアンタがオレの下着の色を知ってるんだよ」
動揺するラケースに落ち着いて応えるミコト。
「なぁに、簡単な透視だ」
ラケースは、ばっと胸元を押さえる。
「見たのかよ! 推理とかじゃないのかよ!」
今の反応は悪くない。ミコトは心のいいね! ボタンを押した。
「冗談だ。お姫様のは頼みづらい、クーカリナくんのはほぼ白か淡い色と推測した。消去法で君だ」
「細かい冗談をはさむな!」
「場をなごませようと思ってね」
「かえって緊迫するわ!」
ラケースは息をはぁはぁと荒げていたが、ふぅと深呼吸して落ち着きを取り戻した。
「わーった、わーったよ。持ってけ! 待ってな、脱ぐから」
今度はミコトが驚く番だった。
「なんだって!? 着替えは無いのかい?」
「はぁ? あるわけねーだろ、チェックポイントに用意してあんだから」
「あぁー、そういう事か……」
二人のやり取りを見ていたカレンが指摘する。
「あのー、顔に炭を塗ってもいいんじゃない?」
「残念ながら、今の状態からだとそんなに量が取れないし、そのままじゃ付かないから加工する必要もあって、色々と面倒なんだよ」
下着を脱ぎ終えたラケースが恥ずかしそうに、手に握った下着を付き出す。
「ちゃんと洗えよ」
ミコトは自らの無念を押し殺しながら返答する。
「……大丈夫だ。返す時にも洗わせてもらう」
その目元にはなぜか嬉し涙のようなものが滲んでいた。そして使っていない鍋に魔法で水を生成し、下着を洗った後、温風で乾かす。
(洗うのはクーカリナに頼めば良かったな……)
そう思いながら、ラケースは確認した。
「なあ、どうしてあんたパンティにこだわるんだ?」
ミコトは宙を見ながら、思い出すようにした。
「そうだね……。以前は炭を塗ったりもしていたんだよ。昔、言われたんだ『パンティをつけてみたらどうだ?』ってね」
(自分が生きていた頃は、ストッキングをかぶって襲撃という事件もあったんだけど、これは黙っておこう)
「それで?」
(試してみたら、地肌に優しいし、必要な時にすぐに外せるし、なぜかマナの流れが阻害されず、普段より暗視の効果も出るわけだし……)
「意外と良かったな」
ミコトは思い出した部分を語らず、感想だけ伝えた。
「やっぱり変態じゃないか!」
ラケースは当然の感想を抱いた。
そのような誤解を与えたまま、ミコトは下着を装着して魔法をつぶやき、闇に消えた。
「肌着装着・暗視魔法!」
◇
彼女らの様子を、ぎりぎり確認できる程度に離れた樹の枝で、監視していた者が居た。
その隣にふっと影が現れ、監視者の喉元に短刀とおぼしき物の刃先を当てる。
「む……」
「君は、単なる監視者ということでいいのかな?」
「貴様……。……ああ、その通りだ。手助けもしないし、手出しもしない。ルールを逸脱したらその行為を止める事はあるかも知れん」
監視者は動揺を隠しながらも、影の問いに答えた。女性の声であった。
「わかった。敵でないなら、いい……」
監視者が隣を見ると、顔に暗いかぶりものをした影は消えていた。
◇
闇につつまれた山中の一角……とは言ってもそれなりに開けた場所に、明かりが灯っていた。
それはカレン一行を捕獲しようと待機する、とある部隊が控えていた場所であり、野営の場所でもあった。
明かりの前では、高そうな鎧を着た若者が、もう一人のシンプルな鎧の男と対峙していた。
「あなたは新進の富豪と名高いシュトローム家のメルド様では?」
彼の背後の暗がりには、十名程度の武装した姿がうっすらと見える。
「これはこれは、ナニガシ卿。私をご存知でしたか」
シンプルな鎧の背後には、二十名以上の従者が隊列を組んでいた。
その隊列を見ながら、豪華な鎧の表情はやや引きつっている。
「しかし、これは一体どういう事ですかな? 姫を捕らえるチャンスは、順番に、自分たちに与えられた領域内でという参加規約でしたのでは?」
「ナニガシ卿、あなたこそ参加規約をよく読まれましたか? 姫を捕らえようとする者を妨害してはならないとは書かれていません。つまりルール上、参加者と参加者が戦う事は可能なのです」
さわやかながらも凛々しく応えるメルドには、十代後半という若さがあふれているようだった。
これは、おどしではなく本気なのだと感じながら、ナニガシ卿は抗議を行う。
「そ、それに従えられる傭兵は、冒険者に相当してBクラス以上が一名まで、Cクラス以下が10名までという話だ」
「ああ、姫を捕らえる時には、そんな数だったかな」
言い換えれば、それ以外の場合に戦力的な制限は無いということである。
「く、くそっ……! やってしまえ!」
ナニガシ卿は背後の傭兵に指示を出す。
「まあ、数に頼るまでも無いと思うのだが」
きびすを返すと、メルドの手の者がすれ違い、ナニガシ卿の傭兵に襲いかかる。
先ほどまで自分が居たであろう位置から、悲鳴と喧騒が聞こえた。
メルドは従者の隊が待機していた場所よりさらに奥まで足を進めると、そこで全体の様子を見ていた男に声をかける。
「君を雇えて良かったよ。カンベエ」
「はっ、ありがたきお言葉」
「これで僕以外の参加者は脱落だな。……後は僕の陣地にて姫が来るのを待ちかまえていれば良いだけか」
そんな彼らを、暗がりから見つめる目が、二組あった。
◇
それでは再びミコトのセルフチェック状態を確認しよう。
分類は、○=反応有り、△=可能性有り、—=無反応、×=逆効果、としている。
幼女:—
黒タイツ:△
百合:△
M気(対電撃):×
状況(恥じらい):やや△
変態行為(パンツ被り):ー