02 災難デイズ△
太陽はまだそこそこ高い位置にあったのだが、木々の影が一日の終わりを主張し始めていた。山中では午後四時ともなると夜を感じられるようになる。
「そういえば、普段ならぼくはこれぐらいの時間から、野宿の準備に入るのだけど……」
大きな荷物を背負ったミコトは、女性三人で構成されたカレン達一行を見て、疑問に思った。彼女らの荷物が少なすぎるのだ。
キャンプを伴う旅をする場合、明るいうちに野営の場所を確定し、寝る場所の準備や、食料の確保、料理を行うのが基本である。
しかも、現在は夜襲の可能性もあるので、結界を貼るなどの処置も必要になるだろう。そう考えると、すぐにでも野営場所を決定したい。
無論、たき火に露天でごろ寝程度の方法が無いわけでもないのだが、お姫様が取るような手段では無いだろう。
ミコトにとっては疑問だらけであった。
「そんなに身軽で、君たちは、夜をどう過ごしていたんだい?」
「あーっ」
カレンは今更であるが、元のルートから外れている事に気付いた。
「私たちは、チェックポイントを目指して歩いていたんです」
「チェックポイントぉぉ?」
カレンの話をまとめると、父親の手により、山頂までの要所に簡易的な宿泊可能な拠点が用意されており、そこで食事と宿泊だけでなく、着替えや補給も可能という事であった。
それを聞いたミコトは頭に手をやった。それでは冒険者として十分にやっていけるかの確認にならないだろう。
(あの親馬鹿って本当にバカ)
そして現在は、襲撃や追っ手から逃れることを優先したため、チェックポイントへ向かう道からは外れているとの事であった。
ミコトはチェックポイントの存在が、単に親馬鹿な理由だけでないことにも気づいている。
「チェックポイントを使うと、君たちの足取りがわかってしまう。おそらく争奪戦の参加者も、そこにたどり着いたタイミングで切り替わるんだろう。なるべく使わない方が安全だと思うのだけど……」
そこでミコトはある事に気付く。
「いや……。ちょっと待ってくれ。今はどこに向かって歩いているんだ?」
カレンはルートについて、ラケースに指示をしていたわけではなかった。
「どこって……」
先頭を歩いていたラケースに向かって確認をする。
「どこなの?」
ラケースはきっぱりと言い放った。
「え? 上でしょ?」
嫌な予感に包まれながら、ミコトは確認を追加する。
「地図は、どうしているのかな?」
「オレは特に持ってないけど、姫さんが持ってるんじゃないのか?」
「だからカレン! ……持ってるわよ。はい」
ミコトが受け取ったそれは、簡単な丸印と曲線で構成された、チェックポイントの順番程度しか判断できない、ただの案内資料だった。
タケルも簡易的な地図を持っていた。とは言っても、カレン達に合うまでは道筋をたどるために場所を把握していたが、合流してからは位置確認を怠っていた。自分が先導する立場であれば、失念などしないはずであったが……。
地図を使った位置確認というのは、基本中の基本である。
すなわち、ルートを外れた現在、今立っている場所も、どうすれば戻れるのかも、何も確認できない事を示していた。
旅にも山にも不慣れな彼女達は、気付いていなかった。山道でルートを外れるという事の意味を。
そう、これは遭難である。
「君たち、山を登るのは初めてかな?」
ヒクついた笑顔でミコトは確認する。
「はい」
「ええ」
「あるぜーっ」
経験者はラケースだけだった。
「念のために聞かせてくれ、えーと、ラケースくんだったかな。君が山に登った時、地図は使っていたんだよね?」
「あぁ、多分ね」
「多分?」
「いつも団体行動だったからなー」
山中の訓練で利用しただけで、地図を使った山岳移動の体験をしたわけでは無いようであった。
ミコト一人であれば、身体強化の長時間利用もできるし、強引な移動も可能であった。しかし素人に見える団体と、得体のしれない少女を放置するわけにも行かない。
彼女らを置いてチェックポイントを探し、戻った後に一緒にそこに移動するとしても、それなりに時間が必要となるだろう。
思案の末に提案する。
「もう日が暮れる。暗くなってからの移動は危険だ。このあたりで野営をしたいと思うがどうだろう」
なぜかカーナが反応した。
「んー、いいね」
◇
適当な広さの場所が見つかった時、妙に張り切った感じのカーナがつぶやいた。
「ここ……キャンプ……する?」
「もう少し、言ってる事がわかればなぁ」
ミコトがつぶやくと、クーカリナが驚いた顔で応えた。
「えっ? わからないですか? あれって『ここをキャンプ地とする』って言ってるようですが」
「何でわかるんだろう」
振り返ると、カレンもラケースも首をかしげていた。
ミコトの荷物の大半は、宿泊のための装備であった。中から道具をとり出して設営を開始する。
「へぇー、テントってこういうのなんですね。初めて見ました」
設営を手伝うクーカリナは、空中に設置されたテントを見て驚いていた。
空中の設置と言っても魔法で宙に浮かせるわけではなく、四隅を樹木に結びつけて固定する、ツリーテントという方式である。
「いや……。これは少し特殊でね。地面に設置するタイプの方が多いと思う」
ただ、このテントはせいぜい二~三人が寝るのにぎりぎりというサイズだったので、外で寝る場所も必要になる。
ツリーテントを屋根として、その下に寝場所を確保する事も可能ではあったが、大型の布をウィング型のタープとして屋根に使い、下にグランドシートを敷いて寝場所を確保した。
「こんなもんでいいだろう」
「はあー、色々あって面白いですね」
ミコトとクーカリナが設営と、結界の設置を終えた頃、ラケースが帰ってきた。
「すまん、ボウズだ」
「釣りをしていたのか?」
「いや、狩りだけど?」
ミコトの記憶だと、ボウズとは釣果がなかった時に使う言葉であった。この世界だと異なるのかとも思ったが、ラケースが正しい言葉を使っていない可能性もあったため、考えるのをやめた。
「獲物が無いとなると、ぼくの携帯食料を分けて食べる事になるのだけど」
「えー、じゃぁせっかく作った『かまど』は無駄ってこと?」
自作のかまどを使って、火を起こしていたカレンは不満そうな顔をした。
「んー、ごはん?」
首をかしげるカーナ。
「ああ、残念だが料理はおあずけだ」
「材料……ある……」
「は?」
理解の追いついていないミコトをよそに、カーナは空中に魔法陣を刻む。
ふっと浮かび上がった魔方陣が消えると、その跡に穴が開いたようになり、カーナは両腕を中に入れた。
なにやらごそごそと腕を動かし、中から肉のブロックのような物を取り出した。
様子を見ていたカレンが驚く。
「収納魔法……ですって? 聞いたことも無いわよ!」
ミコトはその魔法を知っていたので訂正をする。
「いや、あの陣はただの空間接続だった。あらかじめ設置された向こう側と接続する魔法だ」
その説明に反応もなく、カーナは次々に食材を引っ張り出す。
「何言ってるの? 空間接続魔法だって、めったに使える物じゃないでしょ。何者なのよ、この娘?」
一般的に、自分ができる事は他人もできるような錯覚をする事がある。特に元最強勇者であったミコトは、魔法の利用について感覚が麻痺していた。
空間を閉じたカーナは、カレンに向かってお願いをする。
「お料理……ね?」
「カレン様、ご指名です。『お料理、よろしくね』だそうですよ」
(クーカリナは通訳に使えそうだな)
ミコトはそう思うのだった。
カーナにそうは言われたが、カレンはこれっぽっちも料理ができなかったため、主にミコトとクーカリナが腕を振るうことになる。
◇
「はー、食った食った」
食後に木の枝を爪楊枝代わりにしているラケースを見て、まるでおっさんだなと、ミコトは親近感を得ながら提案する。
「それで、寝場所なんだが……」
ミコトは食事をとりながら思案していた。
(さすがに、姫さんを地面に寝かせるわけには行かない。カレンはテント決定だろう。魔力の回復を考えると、できればクーカリナもテントにしておきたい。さらに幼女も地面に寝かせるのは気が引ける。……となると)
「君たち三人がテントで、ラケースとぼくは地面かな」
「だめよ!」
カレンはカーナをかかえて、向かいのクーカリナときゃっきゃしていたが、カーナを手放して立ち上がった。
「そんなおっさんの近くで寝るなんて危険だわ!」
それなりに距離は置くとしても、至極当然な指摘であった。
つい以前の冒険時の考え方が出たようであるが、意識していなかったとしても、相手は年ごろの女の子なのである。
「そういえばそうだな。じゃあぼくは、たき火の反対側でごろ寝するか」
「オレはいいぜ」
ラケースは頭をかきながら、漢らしく言う。
「別に生娘ってわけでも無いし、これぐらいのおっさんの相手も無かったわけじゃない。そういうコトになったとしても、問題無い」
「「え?」」
ミコトとカレンが思わずハモる。
あわてて止めに入るカレン。
「いやいや、ダメでしょう。……経験があるからって、そんな誰でもってのは」
この時、なぜかカーナはパリッと放電している。
「えー、だってよ。おっさん居なかったら、今ごろ身体を休める場所も、確保できてなかったかも知れないだろ。お礼ぐらいしとかないとな!」
まるで準備運動のように、身体の前で腕の交差を繰り返すラケースは男前だ。
「それは、そうだけど……。でも……、もう、ミコトさんも、だらしない顔しないで!」
ミコトは無意識の内に顔がニヤけていたが、すぐに気を取り直す。
ついラケースの鍛えられた身体全体を目で捉えていた自分に気付き、はっとする。
「あ、うん。そうだね。申し出はありがたいし、嬉しいんだけど、残念ながらぼくは役に勃たないんだ」
「えっ、そうなのか?」
意味が理解できたのは、ラケースだけだった。
勃起しない事も理由の一つであるが、ミコトは三人の彼女に対して、不義理はしたく無いと考えていた。
だから自分の行いはあくまでも性的嗜好の追求。他の女に手を出す気はさらさら無かった。
商売女ならともかく、そうで無い場合に後で痛い目を見る事も経験済みだ。……何度も。
だが、後腐れが無いとしたら。その上で色々と試せるとしたら……。
話は違ってくる。
彼としては一部機能不全は、相手ではなく自分の中にある要因に関係すると考えていた。それを確認するためには、単に一緒に寝るだけでは意味が無い。
「でも、試させてもらえると助かるなぁ」
瞬間、ややニヤけ直したミコトに電撃が直撃する。
「ギャーーーーっ!? ……なんで?」
カーナは立ち上がる。表情は変わりないようだったが、『ふんす』とした鼻息が聞こえた気がした。
「ラケ……ダメ」
驚いたクーカリナが翻訳する。
「えっと、えっと、ラケースさんが上で寝るようにって、それで一緒に寝るのは絶対にダメって言ってますー」
ラケースも立ち上がり、腰に手を当ててカーナを見下ろす。
「それはいいけどよ、じゃあカーナはどうするんだ? おっさんと一緒に寝るのか? そりゃもっとヤバくね?」
「んー、かえる」
「「「「帰る?」」」」
意図を理解できた者はいなかった。
「ごは……ん、……帰る」
「『ごはん食べたし、おいしかった、ごちそうさま、もう帰るね』ですって」
にっこり微笑むカーナを見ながら、ミコトは考えていた。
(あれでどうやって翻訳できるんだろう。カーナの様子から察するに間違っていないようだし)
カーナはそのまま、ゆっくり宙に浮かぶ。
「じゃあ……バイバイ」
一度停止したカーナは、ふんわりとたたずみながら、あっけに取られる周囲をにこやかにみわたすと、徐々に上昇した。そして十数mの上空で頭上に魔法陣を描き、生成された空間に入って消えた。
ぼう然と見送ったカレンがつぶやく。
「何なの、あの子……」
「金髪にしたカレン様にちょっと似てましたね」
そんな感想をもらすクーカリナに、カレンが返す。
「そうかしら。でも、帰って行く姿は、……まるで天使のようだったわ」
「オレはなんだか、妖精みたいに思えてたけどな」
ラケースもおおむね同意のようであった。
(それは電撃の被害に遭っていないから、そう思えるのでは……)
ミコトはその言葉をそのまま口にはできなかった。