01 あなたのキスを教えましょう
【前回までのあらずじ】
元勇者のおっさんはパーティーを抜けて旅に出た。王女カレンも身内クエストを攻略するため城を出た。まあそんなところ。
雑木林が生い茂る山中、けもの道と呼ぶには少し幅の広い道は、人通りがあった事を示すように、足首が隠れる程度の雑草がまばらに生え、木漏れ日を受け止めていた。
それらを少しずつ踏みつぶしながら、ぎゅうぎゅうに中身が詰まったリュックと、斜めに刺さった大きな杖を背負い、ボサボサ頭のおっさんが歩んでいた。そう、ミコトである。
「カーナ、そろそろ夕方だけど、いつまで付いてくる気だい?」
問いかけるおっさんの見た目が四十代であるのに対して、彼の後ろをとてとてと続く美少女は、十そこそこと言ったところであった。
あどけない表情で首をかしげると、柔らかそうな淡い金色の髪がふわりと揺れる。
「んー、ずっと……シェリと一緒」
彼らの他に人影はなく、はた目から見ると親子で旅をしているようにも受け取れる。
ミコトからすれば事案とも取れる状況に、少し落ち着きを欠いていた。
「やれやれ、そろそろキャンプの拠点を決めないと、なんだけどな……」
ざくざくと足を進めながら、ミコトは話を続ける。
「それに、ぼくはシェリじゃなくてミコトなんだ。人違いじゃないのかい?」
「ミコトは……シェリ」
にこやかに返事をする白いワンピースに黒いタイツの少女。ワンピースは細目のシルエットで身体のラインを表し、タイツはしなやかに伸びる足を引き締めてみせていた。
山を歩く場合はなるべく素肌を出さない方が良い。そのためにタイツをはいているのだろうか? ミコトはそんな事を考えながら、かつて黒いストッキングが好きだった転生前を思い出した。
(思えば剣士テュラルトのインナースーツも身体にフィットした黒だったし、賢者イプシルの黒いタイツ姿も良かったよなぁ)
ミコトは心の覚え書きにメモを記入する。
それからもカーナに言葉を変えて、何度か質問をしたが、反応はほぼ同じだった。
「せめて君の事を話してくれないかな。どうやら君は、ぼくの事を知っているようなのだけど」
「んー、ひみつ?」
どうにも、要領を得なかった。
今朝目が覚めたらカーナが居た。昨日の出来事も含めて振り返りながら、手がかりが無いかと記憶をたどるのだが、何も思いつかない。
本格的に旅に出る前の、道具の過不足や運用などを確認するための行程だから良かったが、早めに元の場所に返して、性的嗜好探索に専念したいという思いもあった。
(そもそも彼女はどこから現れたのだろう? 今朝も民家からずいぶん離れた山の中で、目覚めたはずなのだけど……。だーっ、わからん!)
カーナが何者なのか探るのをあきらめつつ、しばらく歩いた所で、袖に引っ掛かりを感じた。
「ん?」
「ねぇ……あそこ……」
カーナが袖を引っ張っていたのだ。
ミコトは足を止め、カーナの差す方角を見る。視線を木々の隙間を通り抜けた先にやると、切り立った崖が確認できた。
「ああ、さっきから聞こえてたのはあれか」
崖の麓には、誰かの傭兵とおぼしき、そろいの鎧を着けた者たちが十数人。何かをとりまいていた。
遠隔視聴魔法による感覚拡大を行うと、囲まれているのが三人の娘だと認識できた。また、彼女らと兵達の間には、呪術で作られたような白っぽい人型が数体、彼女らを守るようにゆらめいている。
オレンジ色の髪の娘が、長剣を兵たちに向けながら張りのある声を上げる。
「何のつもりか!? こちらがダーゴゥ国王女、カレン様と知っての狼藉か!」
王女に同行している割に簡素な装備をしていた。
対する傭兵達の中から代表者と思われる――皮鎧に少し高そうな金属パーツが付加されている――者が前に出て、片手を差し出す。
「なぁに、ちょいと身柄を預からせていただくだけでさぁ。お嬢さんがた、悪いこたぁ言わねぇ。防御を解いて武器を捨てなさい」
二人の娘に守られるようにたたずむ、黒髪でロングヘアの少女はあごに手をやる。
「野盗にしては統率されているわね……。どこかの私兵と言ったところかしら」
彼女にとっては、わずかでも時間を稼ぎ対策を考えたい所であるが、取りうる手段は、攻撃が来たらすぐに対応できる態勢を整える程度であった。
「姫さん、あんたの知り合いかね」
「ラケース、カレンと呼びなさいと言ってるでしょ!」
呼び名を訂正しながらも、ラケースの問いに応える。
「……ふぅ。心当たりは無いわね」
離れた場所で彼女らの様子をうかがうミコトとカーナは、音を立てないよう、少しずつ兵達の背後から近づいていた。
「んー、どうするー?」
カーナはぼーっとした表情で、緊迫した様子もなくささやく。
ミコトは悩みつつ、口元を手で覆う。
「関わりたくはないけど、数に任せて襲うっていうのは好きになれないな」
崖下では、じり、じり、と兵たちが距離を詰めていく。
カレンは兵全体を視野に入れたまま、もう一人の、一m程度の魔法杖を両手で握りしめた水色ショートカットの娘に声をかける。
「クーカリナ、魔力はどれぐらい持つ?」
クーちゃんと呼ばれた少女の頬を、汗がつたう。
「はっ、はい。……あと、五分から十分……が、限界かな?」
「これだけの連戦じゃ、あんたの魔力も尽きるか……。じゃぁ補充ね」
カレンはクーカリナのあごをクイと自分に向けると、口づけをした。
「なっ!? 戦闘中にお前ら、何を……」
体を兵達に向けながらチラ見をした、ラケースの剣先が揺れる。
「んっ、んっ……」
クーカリナが目を閉じたまま杖を握りしめると、三人を守る薄い灰色の人型が、一体、また一体と増える。
防御が増えたことに気づかないラケースは、思わず大声をあげた。
「何をやっているんだーーっ!?」
「んー、あれ……魔力供給……」
カーナがつぶやきながら左隣を見るが、そこにおっさんの姿は無かった。
右側も見るが、見当たらない。
正面を見ると、百m程先をカレン達に向かってダッシュしているボサボサ頭があった。
「ぼくにも魔力供給をーー!!」
この時ミコトは、何か復活へのきっかけを感じていた。
「ばっ! シェリ……必要、無い……!」
カーナが二m程宙に浮き、加速する。
おっさんのダッシュに、少女の足では追いつけないのだ。
「じゃぁ、魔力供給したげるーー!!」
カーナの発する単語は、少しずつ増えて来たようだった。
「何……言ってる……のーーっ!!」
空中からミコトに向かい指をかざすと、電撃がほとばしる。
ひょい。おっさんは走りながら電撃を避ける。
「こんのぉぉぉぉーー!! 止まりなさーーい」
カーナは電撃を連打する。
ひょい。ひょい。
ミコトが避ける先々には、カレン達を囲む兵がいた。
彼を外れた電撃は兵にヒットし、そのたびに一人、もう一人と倒れていく。
三人の娘を取り囲む一角をくずしながら、ダッシュして近寄るおっさん。それを追うのは二m程の高さで宙を飛ぶ少女。
突然取り囲んでいる兵の波が分かれた事に気付いた、カレンらの思考が一瞬止まる。
「な、なにが起こっているの?」
「いたーー!! ぼくにも魔力供給をーーーー!!」
カレン達を囲む兵の影から、叫びつつジャンプするミコト。カレン達がそれを目にしたタイミングで彼に電撃が命中する。
通常、空中では進行方向を変えられないのだ。
ミコトはパリパリと放電しながら墜落する。カレンがさっとそれを避けたところにカーナが追いつき、ミコトの前に着地した。
「シェリ、どういうつもりなのー?」
「こ、これは……」
取り囲む兵達にとっても意外であった。
「ぞ、増援か? 無傷でと思ったが、ええい、一気にとらえてしまえ!」
代表とおぼしき兵が指示をする。
「もう、うっとおしいーー!!」
カーナが叫ぶと、取り囲んでいた兵全体に向かって、上空から雷が落ちた。範囲電撃である。
強大な放電の後には、煙を上げながら倒れている兵達の姿があった。
「何て威力なんだ。この幼女、名うての魔術師か……?」
兵に向かっていたラケースは、一瞬にして対象がいなくなった事で脱力し、汗がドッと吹き出るのを感じていた。それは、カーナの魔法に驚愕した、冷や汗なのかも知れなかった。
ミコトが立ち上がり、カーナの肩越しに顔を出す。
「こりゃやりすぎじゃない?」
「んー、感電……だけ……、意識……もどる」
カーナの言語能力は元に戻っていた。
ミコトは、さっきまで黒焦げに見えていたが、ほとんど元通りになっていた。髪は少しパーマがかかったようになってはいるが。
何がなにやらわからないまま、気の抜けたカレンがつぶやく。
「すごい自己回復力ね……」
「そこかよ!」
ラケースはカレンがどこかズレているのではないかと感じながら、ボサボサ頭のおっさんと、少女と言うよりは幼女に思える娘を見比べるようにしていた。
「姫さん、あんたの知り合いかね」
「だからカレンと呼びなさい。……知らない人だけど、クーカリナは?」
クーカリナがぶんぶんと首を振ると、短く整えられた髪が舞う。
「そうですか」
カレンはカーナとミコトに向き直り、深々と頭を下げる。
「危ない所をありがとうございました。ところで、あの……」
頭を上げ、続きを口にしようとしたところで、言葉が途切れた。ふんわりとした金髪に包まれ、きょとんとしたカーナの表情に目を奪われたのだ。
(やだ、なに、この娘かわいい……)
カレンは思わずカーナに近寄り、抱きしめてしまう。
「むぎゅ」
続きをラケースが拾う。
「あんたらいったい、ナニモンだ?」
カーナはカレンの腕の中で、小さく首をかしげながら応えた。
「んー、シェリと、ワタシ?」
「「「わからん……」」」
少女との会話は難しそうだと思ったカレンは、おっさんに顔を向ける。
「ともかく、シェリさん。その……」
「お嬢さん、ぼくはシェリじゃないんだ」
「「「え?」」」
ミコトは、倒れている兵達を見ながら提案した。
「それより、場所を変えよう。彼らは一時的に動けなくなっているだけなんだ。距離を取っておいた方がいいだろう」
◇
一行は山中を奥に向かっていた。
先頭にラケース、次いでクーカリナ、カレン、カーナの順で、しんがりをミコトが務めた。
カレンは進行方向を見ながら確認した。
「……はぁ、それじゃぁ、ミコトというのがお名前で、シェリってのは愛称って事ですか」
「よくわからないけど、この娘にはそう呼ばれている。カーナって言うらしい」
(……らしい?)
カレンがひっかかりを感じていると、ラケースがまとめた。
「で、おっさんは旅人で、東の方から歩いて来た……と」
「ああ、君たちは……王女カレン様と、その一行という事でいいんだよね。でも、どうして襲われていたんだい?」
「それがわかりゃぁなぁ。今ので3回目だ。毎回違う団体さんに襲われてる」
先頭から届くラケースの声は、大きくは無かったがよく通っていた。
「そういえば、叔父さまが言っていた『試練』って、まさかこの事じゃ……」
襲撃から時間を置いたためか、それとも同行者が増えたためか、落ち着きを取り戻したカレンは、ようやく思い当たった。
「どういうことなんだい?」
あごに手をやりながら、カレンは応える。
「私たちは今、課題を行っているんです。この山頂付近にある社に、護符が供えられているのですが、それを交換して、古いものを持ち帰るという内容です。出題者から『試練を与える』と言われていて、てっきりクエストの内容が困難という意味と思っていたのですが……」
「もしかして、途中で妨害が入るってこと?」
クーカリナが不安そうに拾う。
「それがアタリなら、この先また襲われるってことか」
なぜかラケースは嬉しそうだった。
「んー……、これ」
カーナが折りたたまれた紙切れをミコトに渡す。
「なんだこりゃ……。紙の端が少し焦げてる。さっきのヤツが持ったのか」
こくこくとうなづくカーナ。
「なになに……。『チキチキ!王女争奪戦!! 優勝者は姫へのプロポーズ権が与えられます。参加者募集』……と」
「なんですってーー?」
カレンはミコトからチラシを奪い取り、ぷるぷるとしながら読みふける。
「なるほどなー」
ラケースは立ち止まり、実に人ごと風に納得している。
「じゃあ、きっとこれからも攻撃を受けるんですよね。私とカレン様の魔力は持つのかしら」
クーカリナ当面の課題に気がついた。
(これはガイトルの謀略だな)
ミコトは国王かつカレンの父であるトクマクにも、カレンの叔父かつ宰相であるガイトルにも面識があった。
人の良いトクマクがこのようなことをするとは思えない。
色々と策略をめぐらせるガイトルならば十分に考えられる。特に金銭が絡むと能力を発揮するようだ。
それはそれとしてだ。ミコトはクーカリナに提案する。
「魔力なら、ぼくも提供できるんだ……」
「むー」
振り返るカーナの身体から放電が目に見える形で発生し、ミコトを威嚇した。
「ど、どうかな?」
先ほど電撃を食らった後だからか、今ひとつ弱気に見えるミコトであった。
ぼさぼさ頭で、無精ひげ。見るからにうさんくさいおっさんの提案に、クーカリナは若干引きながら、答えあぐねた。
「確かに、その……。魔力を供給していただけるというのは、まぁ、少し魅力ではあるのですが……」
悩みを断ち切るようにラケースが宣言する。
「あー、嬢ちゃん。こういうのはハッキリ言っておかないとだめだ。そうだな、教えといてやる。おっさん、あんたの魔力供給はセクハラだよ」
当然の反応であるのに、悲しむミコト。
「ひどい……」
「ひどいのはそっちだろ! てゆーか、おっさん。娘の前で、よく平気でそんな事しようと思うな」
カレンは下心つきのおっさんを一応配慮しながら、注意を促そうとする。
「ラケース。恩人……? に向かってそのような口の聞き方……」
ミコトはさわやかに応える。
「ぼくは気にしないよ、うん。そしてこのコは娘ではなく、無関係の人だ」
その瞬間、ボサボサ頭のおっさんが落雷に見舞われる。
「ギャァーーーーーーッ」
おっさんの悲鳴はうるわしく無かった。
電撃をくらわせた少女が主張する。
「ワタシ……彼女!」
「「「ええええーー!?」」」
ラケースは理解を示した。
「おっさんさんの正体はロリコンの変質者だったのか……」
煙を上げながら、よろよろと起き上がったミコトは訂正する。
「ぼくはね、変質者じゃないんだ。この娘は今朝、突然現れたんだ」
「「またまたーー」」
カレンもクーカリナも信じられない。
「んー、ほんとうー」
カーナはあどけない微笑みを浮かべるのだった。
◇
ここでミコトのセルフチェック状態を簡単に見てみよう。
まだ項目も少ないので、○=反応有り、△=可能性有り、—=無反応、×=逆効果、あたりの分類で良いだろう。
幼女:—
黒タイツ:△
百合:△
M気(対電撃):×