04 旅したっていいじゃない
「「勇者がいなくなっただと?」」
魔王討伐の報告を受け、国王や宰相を含め、王宮の会議室に集っていた重鎮たちが、どよめいた。
「はっ、首都に戻る手前、サスアの地にて行方がわからなくなったとのこと」
伝令がひざまずき、頭を下げながら報告する。
「どういう事でしょうな」
「前代未聞ですぞ」
ざわつきの中から、頭のてっぺんから長めのあごひげまでが白髪となっている男が、確認を続ける。
「ふうむ。誘拐や暗殺のたぐいでは無いのであろうな?」
「はい、勇者のパーティーメンバーが、離脱する旨を耳にしているとの事で、挨拶も交わしたとの事です」
重鎮たちの中から安堵が生まれる。
「理由や伝言などは無かったかな?」
「特には確認できませんでした」
再び「どうしたものか」とざわめきが起こりはじめる。
先ほどの白髪が、無難な整理を行う。
「勇者の事じゃ。何か考えがあっての事じゃろう。公式には、勇者は新たなる使命を求めて旅立ったという事にしておこう」
重鎮たちは納得し、同意する。
「なるほど、それならば説明もつく」
「さすがはガイトル様だ」
ガイトルはダーゴゥ国の宰相であった。
「……ふむ、では、勇者の荷物はどうなっておる」
伝令は意図をつかめないまま、聞き及んでいる範囲で回答する。
「??? 詳しくはわかりませんが、装備も含め、ほぼそのまま残っているとの事です」
「ラッキー」
宰相が満面の笑みとなった。
「「「は?」」」
国王、側近たちや、招集されていた幹部が驚く。
ガイトルは続けた。
「勇者の持ち物は、オークションにかけるとしよう」
側近の一人が進言する。
「宰相殿! 勇者の装備ともなれば、国宝として扱うべきでは」
ガイトルは冷静に、諭すように返す。
「確かにその通りじゃ。しかし我が国の財政が、ひっ迫しておるのもまた事実。売れる物は売れる内にというのが鉄則じゃ。国宝とする物は、値がつかなそうなのを数点だけ残しておけば良かろう」
(せ、せこい……)
そう思った者も口には出せず、場内はしんと静まりかえる。
ガイトルはそんな重鎮たちをゆっくりとながめた後に、再び伝令を見据えた。
「他には?」
「はい、勇者以外のパーティーメンバーは、あと数日でこちらに入国する見込みとの事です!」
彼は報告を終え、部屋を遠ざかる。
ガイトルの思案は口から漏れていた。
「ふむ……しかも、祝勝パレードの規模も小さくできるな……。はっ、しかし観光費が落ちない可能性もあるか……」
ようやく国王のトクマクが、見かねてたしなめる。
「ガイトルよ、そなたは金の事ばかりじゃが、少しは魔王が討伐され、平和になったことを喜んだらどうじゃ」
「喜んでおりますとも、王よ。これで戦にかかる出費が減りますゆえ! 動いたのは連邦軍とは言え、元はと言えばその大半は我が国の部隊、そして財源を崩して出資しておりましたからな。その上勇者パーティーへの依頼は、我が国の任務として行いましたから、彼らへの報酬も支払わねばなりませぬ」
幹部達も状況が飲み込めて来たようであった。
「確かに、生産にかけるべき人材が、出兵で使えませんでしたしな」
「魔王討伐は、費用を放出するだけでしたからな……」
ガイトルは未来について語る。
「まぁまぁ、そうは言っても魔王討伐に関する出費は投資とも考える事ができる。平和がもたらされたことによって、これまで見込めなかった回収が、可能となるのじゃ」
落ち着いてきた幹部から声が上がる。
「しかし後から勇者が現れる事も考えられる。その場合について、いかようにお考えですか」
よくある話として、勇者を王女と結婚させ、次の国王にという案があるのだが、当の勇者は少しとは言えないほど歳を食い過ぎていた。
かと言って領地を与えるという事は、現存する諸国の管理者を辞めさせるという事である。簡単にできる話ではない。
また、管理者不在の地を与えるとなると、それは成功を収めた者を左遷すると取られる可能性も多分にありうるため、適切な褒賞とは言いがたい。
だからと言って、何も与えないとなると国民が納得しない。
剣士、兵士には軍にしかるべきポジションを、聖者、魔道士には教会や魔道研究所を紹介すればよい。では、勇者には何を与えるべきか。
当初は新しく設けられた連邦国家の代表に据えるという話もあったが、勇者は転生者であり、言い換えてみれば出自の不明な者である。実績はあれど、連邦に加わる各国の了承を得るにも困難が考えられたし、何より勇者本人が断ってしまった。
元はと言えば、彼ら重鎮たちは、それを決めるために頭を悩ませていたのである。
振り返って考えてみると、勇者の処遇というのは非常に難しい問題であった。
「――だから、それが先送りできるとなれば、非常にうれしい。むしろ、ずっと行方不明でいてほしい。勇者の事は本人が現れるまで保留としてよかろう」
ガイトルの本音だった。
重鎮たちだけでなく、国王も同意した。
「さすがは宰相じゃ。単なるケチなのかと思ったぞ」
ガイトルは国王にぐっと近寄り、白ひげの中の口をニヤリとひんまげる。
「もちろん、建て前ですじゃ」
国王もガイトルに顔を突き合わせ破顔する。
「「わっはっはっはっは」」
国王もケチだった。
その後の会議は、祝勝イベントの開催を中心に、円満に進んでいった。
◇
魔王討伐の知らせは、王宮の他の者たちにも伝わっていた。
居住区近くの通路に何者かが走る足音が響き、やがてメイドたちがたたずむ控室のドアが、勢いよく音を立てる。
「聞いた!? 魔王が討伐されたんだって!」
扉を開けたのは、シンプルなドレスに包まれた黒髪セミロングの美少女なのだが、肩で息をしている。
メイドたちの手が止まり、ザワつく。
(((また姫様だ……)))
「そのようですね、カレン様」
中から一人の若いメイドが、愛嬌のある顔をややゆがめて、げんなりとして応えた。
声をあげた彼女に、カレンは畳みかける。
「クーカリナ! これからは自由に外に出られると思わない?」
「そんな事はありませんよ?」
カレンは仲の良い学友の言葉を、聞いちゃいないように続ける。
「そしたらイイ男探しも、自由にできるって事だよね!」
「またそれですか」
クーカリナのうんざりが加速する。
「とにかく! 政略結婚とかお見合いとか嫌なの! 自分で自由に探すのよ!」
「どういう事ですか?」
「つまりね、旅をしながらイイ男を探すってこと!」
「うっ……」
クーカリナは既に自分が巻き込まれ、いつものように振り回され始めているのではないかと感じつつ、声を失った。
その時、メイドの中から猫獣人が厳しい声で制止した。
「却下ですニャ」
「う゛っ」(こいつの存在を忘れていた……)
恐い物知らずのカレンが苦手とする、メイド兼家庭教師のミクエカであった。
◇
「ならん!」
「なりませんぞ!」
カレンは国王と、宰相に呼び出されていた。
ミクエカが献言したのだ。カレンの教育係でもあるミクエカは、それを許可されていた。
「だってー、平和になったんだからいいじゃんー」
「しかしカレン。たっ、旅なんて……。その、危ないじゃないか」
トクマクは親バカだった。
ガイトルは宰相としての立場で、冷静に正論を振りかざす。
「姫さまには、我が国の王女として、お金持ちの貴族か諸侯の王と結婚していただき、我が国の財源を補助していたただく必要があります」
「あからさまな政略結婚の強要ね。いくら叔父様だからと言ってそれはパワハラよ! それにセクハラだわ!」
「むぐぐ」
ガイトルはトクマクの兄であり、カレンの叔父である。
結婚し子供を儲けたトクマクに国王の座を譲り、自分は宰相として国を守る道を選んだのであった。実際のところ、政策を切り盛りするという点において、ガイトルは優秀であったし、のんびりと人当たりの良いトクマクが、国民の前に出るのは良い効果が得られていた。
しかしトクマクは、身内に対しても厳しい態度を取れるタイプではなかった。
「じゃからワシは父親としてだなぁ」
「そもそもこの国に、ろくな男がいないじゃないの。金持ちでイケメンで強いのがいたら結婚してるわよ!」
まくしたてる姫に、トクマクも名宰相と謳われるガイトルも、タジタジである。
その時、ガイトルの頭上に一瞬、電球が現れて光った。
――いまどきこれで伝わるのか疑問である。本当にこのような事が起こるとたら、それこそ魔法であろうが、あくまでも『ひらめいた事』を表す漫画的表現である。なげかわしいことに、近ごろの電球はほとんどLEDで、ガラスの中にフィラメントが見える電球はめったな事では使われない。これを模したLED電球もあるにはあるのだが、そういった物を好むのはいわゆる旧い人と言えよう。だからこそ、こういった古き良き文化的な手法は保護し、伝え残すべきではないだろうか!
おっと、話はそれたがガイトルは何か思いついたようだった。
「そ、そうじゃ。わかった。では、私がトクマクを説得してあげよう」
「叔父様が、父さんを……」
トクマクは宰相としてではなく、叔父として近しさを前面に出すことで説得を試みる。
「ただし条件がある。お前が旅に出ても大丈夫だという事を証明するのじゃ」
「証明?」
「ああ、お前は一人で旅に出るわけでは無いのじゃろう? であれば、冒険者がパーティーで行うクエストのように課題を出そう。それを見事クリアできたなら、証明できたと認めよう」
これは交渉術の一つである。あからさまに拒否するのではなく、条件を示すことにより相手に納得させるのである。なので、もちろんガイトルにはクリア可能な課題を出すつもりは無かった。
「こちらにも準備が必要じゃ。クエストの提示は一週間後とする。その間に姫さまも準備を整えられると良かろう」
「わかったわ。やってやろうじゃないの!」