03 空を見るなよ
「お前も誓約をしておけよ」
いかにも力に満ち溢れた巨躯で、皮鎧にマント姿の男が言う。その肩には、彼に似合った大型の戦斧が乗せられている。
一夜明け、もう昼になろうかと言う時刻であった。
ここはサスアの地に設置された、開放型の闘技場である。サッカーやアメフトが余裕でできそうな広さを有している。
入口を入った所にあるテーブルに、二体の人を模した人形——形代——が置かれていた。
ガルフはそれに手をやり、必要な手続きを済ませる。
冒頭の言葉は、広い敷地に現れたもう一人に向けてのものだ。
軽装で腰に長剣を下げた小柄の男である。
ほぼ真上にあった太陽を手でさえぎりながら、入り口に姿を見せていた。
小柄と言っても、それは大男と比較するからであり、実際には中肉中背なのであるが。
「用意がいいな」
タケルもまた慣れた手つきでもう一体の形代に対して、簡略化された誓約の儀式を済ませる。
誓約者が受けたダメージを、形代が肩代わりするのだ。
ガルフは軽口を叩きながら、コロシアムの中央に向かい歩いて行く。
「んでー、別れの挨拶は済ませたのか?」
茶色い短髪に似合った、同色の顎鬚に囲まれた口元がニヤリとする。
「ああ、昨晩の内にな」
面倒くさそうに頭をかいている。
「ふわははは、そうだったな」
大男の高笑いと同時に、観客席にいた3人の娘がざわつく。
右側の、身体にフィットした黒い服を着た女騎士が笑う。
「まったく……」
今日は赤い髪を後ろで結っていた。
中央には、桃色でふんわりとした髪の聖女が居た。ゆったりとした服をゆらしながら、少し慌てたそぶりをする。
「えっ、あの、そっ、それは……」
細目のまま左右をきょろきょろ見て、他に観客がいない事を確認するとホッとした表情になった。
左側にいる、黒髪の小柄でやや薹の立った賢者が、やや遅れて反応する。
「……ほぅ、ガルフめ。なりに見合わず心理作戦か」
なぜか三人ともつやつやした顔つきであった。
タケルは少し動揺したが、気を取り直してガルフを観察する。
(――っと、いけない。マントは着けているが、普段の金属鎧ではなく軽装。速攻で勝負するつもりか?)
「ルールはいつものでな」
「……ああ」
大したルールでは無い。身体強化以外の魔法は使用禁止で、主に武器を使った肉弾戦だ。勝敗は、どちらかが相手に一定以上のダメージを与えたと誓約の形代が判断した時点で、停戦の効果が発動して決定となる。それ以上は攻撃できなくなるのだ。
タケルは顔をそむけたまま十m程離れた位置で足を止める。
「ふふふ、準備はいいか?」
闘技場にナチュラルにひびくが、これがガルフの地声である。
「そうだな……」
タケルは一呼吸置いてから、すっとガルフに顔を向け、やや緩い表情で戦闘の開始を示す。
「いくぞ!」
「おうよ!」
ガルフに気合いが入る。
「まずは封印時の感触を、確かめさせてもらおうか」
タケルは勢いよくガルフの懐に飛び込んでいく。
そもそも、片手でも扱える長剣と、両手で扱うことが前提の大斧である。距離を取れば大斧が有利であるし、懐に入れば剣の方が有利である。
剣は大斧に比べて軽く取り回しが楽なので、優位を得やすい。対するガルフがいくら身体強化を行い、マナを武器に通して一体化していても、重量があればその影響を受ける。
タケルからの斬撃の連打を、大斧の柄だけで捌くのは困難であったはずだ。それでも同等の戦いができるのは、彼が接近戦にも長けていたからである。
二人は何度か|斬り結び《キンキンキン、ガキーン》、再び互いの距離を空ける。
「そろそろあったまったかね」
「そうだな」
じり、と足下を固めながらガルフが宣言する。
「では、次はこちらから……だ!」
戦斧の切っ先が体の後方に隠れるように持ったまま、地面を蹴りタケルに肉薄する。
標的から一m程離れたあたりで、足を止めると同時に腕を振るう。
戦斧の全長はニm近くある。この距離でそのまま振った場合、刃ではなく柄の部分が当たる事になる。
これは、相手が後方に避けた場合を想定しての間隔である。
多少前後に避けたとしても、調整が利くのだ。
そのままでは当たらない距離まで相手が下がったところで、重心がある刃の部分と共に足を進めれば、当たる。
相手が前に出て刃の内側まで来た場合は、重量の乗った柄をカウンター気味にぶつけることができる。
そんな間合いであった。
二人の交錯における踏み込みが、地面を荒らし大小の土塊が舞う。
タケルの遙か後方の壁で炸裂音が響き、それと同時に目では追えないような攻防が発生し、一瞬の内に終結した。
土ぼこりが去った後には、紐のような物で縛られて地面に膝をつくタケルの姿と、それを見下ろすガルフの姿があった。
「え、今の何?」
状況を把握できず、ぽかーんとするマリルに、テュラルトが手振りで説明をする。
「今のはガルフが、ガーって行ってビュッてした所を、タケルがガンってやって、そこにドカッと来たところで、ザシュっとしたんだけど、グルって感じかな」
「全然わかんないよぉ」
両手で頭をつかんだマリルは、イプシルに向いて助けを求める。
額を手でおさえていたイプシルは、苦笑いで補足をする。
「んー、ガルフがね、避けれない距離で斧と衝撃波を同時に出して……。タケルが剣を地面に突き刺した反動で、上に避けたんだけどー、ガルフが背中から、投てきを射ち出したのね」
その投てきは、ボーラと呼ばれるタイプの、ロープの両端におもりを取り付けた狩猟用の道具であった。手で投げて獲物を捕らえるものであるが、ガルフは背中のマントの下に発射装置を仕込んでいた。
イプシルは手振りを加えながら説明を続ける。
「それでタケルがそれを避けるために、斧が通りすぎた瞬間に地面に刺さった剣をつかんで、それを上に投げた反動で下に避けたんだけど……、投てきが複数あったから、一番低い位置のにひっかかっちゃったのー」
「そうそう、初撃がすごかったんだよね。普通ならビューンってところが、ズバッて感じだったもんな。ガルフのやつまた腕を上げたな!」
「えーっとぉ?」
テュラルトの大ざっぱな説明は、マリルにとって解釈が困難であった。
「んーとね、斧を回すように振ったら、刃の軌道が大きな円を描いちゃうでしょー? それだと遅くなるし避けやすくなるのねー。だから刃がほぼ直線で相手に向かうように腕を折りたたんだりしてー、加速の勢いを殺さないようにまっすぐ振り出したのー」
「なるほどー」
イプシルの説明を受けても、マリルは理解できなかった。
凡人の戦いは、準備もそこそこで考え無しに行われるため、泥仕合になりがちである。
しかし達人の戦いは、準備に時間がかかりこそすれ、決着は一瞬で決まる事が多い。
今の攻防はまさに達人のそれと言える物であった。
だが一定のダメージを相手に与えないと、勝負がつかない。捕らえただけでは足りないのだ。
勢いで手放した戦斧を拾い、ガルフはゆっくりとタケルに近づく。
「さァて、少々物足りないがとどめと行くかァ」
タケルは投てきに両腕を封じられ、地面にころがったまま、足を使ってもぞもぞと後ろに下がる。
「なあ、話があるんだが」
「ふふふ、もう勝負はついたようなものだぞ」
かついだ戦斧の柄で右肩をトントンと叩く。身体強化されているとは言え、普通はそこまで軽く扱えるような物では無いのであるが。
「それなんだけどね」
「ここからくつがえせるとでも言いたいのかな?」
ガルフに疑念が生じる。
(時間稼ぎにしては……動きが少ないか?)
「ああ、さっきのぼくの剣ね、あれ、どこにあると思う?」
「なに?」
隙を作らないように一瞬であたりを確認する。
視界のかぎりでタケルの剣は見当たらない。だが、時間を与えてはいけないと勘が働き、即断する。
「ええい! どこに隠そうと、終わらせてしまえば!」
両腕で戦斧をふり上げて、一気に近づく。
タケルの目前で一番大きく振りかぶった時である。
上空から落ちてきた剣の柄が、ガルフの頭頂に当たった。
鈍い大きな音が闘技場に響く。
ごい~~ん。
「位置調整も時間調整もバッチリだったね」
そう、それは先ほどの攻防でタケルが上方に放り投げた剣である。
どさりと音を立てて、ガルフの身体が地面に横たわった。
「純粋な肉弾戦ならいい勝負ができていたかも知れないけど、慣れない道具に頼ったのがあだになったな」
キリッという音が聞こえそうな表情でタケルはつぶやいたが、投てきに縛られたままもぞもぞしている状態から、抜け出せてはいなかった。
「封印してこれかー」
テュラルトは感心しつつもあきれ顔であった。
「もっと効果を上げちゃおっか」
マリルはタケルを攻めたがっている。
「んー、調整が面倒かな」
イプシルは適当だった。
◇
翌日のパーティー出発を前にした夜、タケルはいずこともなく姿を消すのだが、その前にイプシルに確認をした。
「なぁ、サスアの地って、元の場所はどこにあたるんだ?」
「ふふ、さいたまスーパーアリーナよ」