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02 時代を超える旅に出よう

 宿のリビングルームには、二人(ガルフとマリル)が取り残されていた。


「んでー? お前は行かなくていいのか?」

 ガルフはグラスをあおりながらマリルに問う。


 彼女はいつもの細目で悠然と何やらの液体を髪に染み込ませている。

「ふふっ、彼女(あのこ)がウォームアップしてくれるから、その後で十分……」


「聖女様がそんなんでいーのかよ。……まあ最近じゃァ、本性がばれてステゴロ聖女とか、荒くれ女神とか呼ばれてるみたいだが」


 ぴたりとマリルの手が止まり、にっこりと笑うのだが、細い目が少し開いた。

「ふふふっ。その名前で呼んだら、ぶん殴るって言ったわよね」

「悪い悪い、つい、な」


 はぁ、と息を吐いた後、マリルは頬に手を当てる。

「まあ、あれよね。形はどうあれみんなタケル(あいつ)と一戦交えたがってるってとこね」


「いい感じにまとめたつもりかァ?」

 ガルフは全身でやれやれを表現していた。



 テュラルトの個室に入った所で、タケルは最後の説得を試みていた。

「そりゃあぼくだって、できる物ならしたいと思ってるんだ。けど、無理だって言ってるだろう?」


「いーから、いーから。いい方法聞いてきたんだよ~」

 テュラルトは鍛えられ引き締まった肢体で、タケルをベッドにぽいっと放り投げる。


「いい……方法……?」

 体を起こしながら素で返すタケル。

 ごそごそと荷物をあさっているテュラルトの形のいい(ヒップ)が目に入る。


「うんー、センミツさん? をマッサージするといいんだってー」

「なんだそりゃ」


 握りこぶし程度の小瓶をとり出すと、テュラルトはタケルをひっくり返した。

「ほらー、ズボン脱いでー、うつぶせになってー」

「???」

 タケルは理解が追いついていなかった。


 テュラルトは蓋を開け、中からどろっとした液体を出して指につける。

「えーっと、これをこうたらして……。まずは、外側をマッサージ……と」

「外側……? って、えっ? そこは……。あっ!」


「いっくよー! えいっ!」

「ぎゃぁぁっぁぁぁぁ! そ、それはセンミツさんじゃなくて前立腺~~~~」


 そこから声が出せなくなったタケルとは裏腹に、テュラルトは楽しそうだった。

「うりー、うりー」


 ――良い子は真似しないでいただきたい。先日作者が泌尿器科に行った時、若い男の先生にグリグリされたのだが、とてもでは無いが気持ちいい物では無かった。きっと人によって向き不向きがあるのだと思われる。……タケルには効いたようだが。


「やったーー!」

「ううっ」



 テュラルト部屋の扉が開き、ふらつきながらタケルが部屋の外に出た。

「ひどい目にあった」


 丁度そこに通りかかったような、もしくは待っていたような、どちらとも取れそうな声がかかる。

「ふふっ、おつかれさま」

 もちろん待っていたのであるが。


 タケルは大きく息を吐きながら答えた。

「マリル……。はぁ。テュラのやつ、無茶しやがる」

「しばらく会えなくなるから、名残り惜しかったのよ」


 マリルはタケルに近寄り支えると、優しく声をかけた。

「大丈夫? ……ねえ。私の部屋、隣だから少し休んで行ったら?」

「ああ、助かる」


 そう答えたが、タケルはハッとして確認する。

「……念のために言っておくけど、ぼくはもうスッカラカンだ。役には立たないぞ」

「心配しないでも大丈夫だって」


(ああ、マリルは優しいんだよな)

 マリルかのやわらかな香りに包まれ、タケルは力を抜く。彼女の弾力性のある身体(ボディ)が彼を支える。



 マリルの部屋に入ると、タケルはソファーに寝かせられた。

「マッサージとヒールしたげるね」

「ダーゴゥの新女神とも呼ばれる、マリル直々のマッサージというのは、ありがたいね」


 マリルはタケルの背や腰をもみながら、治癒魔法(ヒール)をかけた。

 ただしそれは、体の傷を治療したり疲労の蓄積を取り除くものであって、体力——やる気や精力——をプラスに転じるものではない。


 一段落したところで、タケルはベッドサイドに立ち上がり、身体をひねったりして回復の様子を確認する。

 マリルはどこかから、()()液体の入った()()()の薬瓶を取り出して、タケルに渡した。

「この体力回復薬(ポーション)、効くみたいだから。どうぞ」


「へぇ、いつものとは違うみたいだな。エクスポーションってやつか?」

 タケルは栓を抜き、のどに流し込む。


 にっこりと笑うマリル。

「そうねぇ、()()()ポーションって言うらしいわよ」

 細目の奥が怪しい光を放っていた。


「なん……だと……?」

 タケルのこめかみを冷や汗がつたう。


「さっき大丈夫だって言ってたよな」

「ええ……、ちゃんと使えるようにしてあげるって意味だから、間違ってないわよ」


「く……。さすがは下心聖女とか腹黒女神と呼ばれるだけはある」

「そこまで失礼な呼び方、あなただけよ」

 にっこりと笑うマリルのこめかみに、青すじが浮かんだように見えた。


 タケルは思わず、ひくっとしてしまう。

「そ、そうか。すまん」

「いいわ……。そのかわり、たっぷりおしおきしてあげる」



 かぽーん。


(よく風呂場で表現されるあの音は何だろう。風呂桶が床に当たった音が響いてそう聞こえるのだっけかな。でも、今は他に誰もいないんだけどなぁ……)


 そんな事を考えながら、タケルは露天の湯につかっていた。

 そして、ひい、ふう、みい……と、指折り数えながら、絞り取られた気分に浸る。


()()()()()()で使えても、納得感がないんだよなぁ)


 ガラガラと音を立て、風呂場の扉が開く。

 タケルは、こんな夜更けに誰だろうと入り口を見た。


「イプシル、戻ったのか」

「ええ」

 賢者イプシルは妙齢の美女であった。タケルは、アラフォーの自分より年上と聞いている。


 風呂なのだから、イプシルは全裸である。(タオル)で腰のあたりを隠してはいたが、豊満な胸は隠してはいない。その磨き抜かれた姿(シルエット)を当然のよう眺めているタケルの様子からも、二人の関係が想像できよう。


 不ぞろいで大きな石により縁取られた湯船に近づいたイプシルは、手桶で湯をすくい身を流した。

「隣、いいかしら」

「ああ」


 長い黒髪をタオルで包んだイプシルは湯につかり、タケルのそばに身体を寄せた。

「いいお湯ね」

「そうだな……」

 その後、しばらく沈黙が流れる。


「…………」

「…………」


 口火を切ったのはイプシルだった。

「そうそう、私の居ない間にテュラルトとマリル(ふたり)の相手をしてたみたいね」

 びっくぅ。という音が聞こえるような反応をしそうになりつつも、タケルはそれを押しとどめようとする。

「い、いや、その、な」


()()()寂しいし、不安なのよ。あなたが居なくなって、次に会った時に同じように想えるのか、そして、想ってもらえるのか……」


「そう……、なのかな? ああ、でもそれは、ぼくも同じか」


「そうね。……タケルは優しいから、こんなおばさんでも相手にしてくれた。感謝してるのよ」

「そ、そうか」


 イプシルはタケルに身体をくっつけた。

(この流れは……、やはり……)


 タケルの額を汗がつたう。それ自体は風呂なのだから当然と言えるのだが、温度的には先程(マリルの時)と同じ冷たいタイプであった。


「うふ……」と微笑み見つめるイプシル。それとは対象にひきつるタケル。


精力増強魔法(モンスター・ブル)! からのぉ……一部肉体硬化(エンハンス・ハード)!」

 マリルの回復魔法に対して、攻撃寄りのイプシルは強化魔法を使った。

 ほとばしる魔力を(まと)うイプシルの両手は、タケルの股間に向かっていた。


「やっぱりーーっ!」

 ()()()()()()がひとつ追加された。



 かぽーん。


 風呂場に響く音を聞きながら、湯船の外にある長いすで、タケルはヘバっていた。戦いが終わった後の腰には(タオル)がかけられている。


「ぜぇ、はぁ、ぼくはがんばった」

 イプシルも大きな呼吸をしながら、ひざにのせたタケルの頭を片手で撫でる。

「そうね……」


 イプシルは三人(ハーレムメンバー間)での取り決めを思い出していた。


 タケルの一部機能不全(やくたたず)は、彼女らにとっても深刻な課題だった。最終的には彼が立ち直るのを気長に待つ事にしたが、その期限は一年という約束になった。そしてタケルが不在の間、彼女らは使い物にするための手段を探す予定であり、今晩はその予行演習が(彼の承諾無く)行われたものであった。


 少し息が整ったあたりで、タケルはようやくイプシルを見上げる。

「そう言えば……、イプシルは戻ったらどうするんだ? 連邦の代表になる推薦を断ったんだろ?」


 口元に人さし指を当てながら応えるイプシル。

「んー、秘密」

「そうか……」


「でも……、あなただって断ったじゃない。勇者だし、技術を広めた功績も買われてたのに。あなたはどうするの? 旅に出るって聞いてるけど」

「どうって?」


「どこへ行くのかなーとか」

「当ては無いけど、今まで行ったことが無い所を歩いて回ろうかなって」

 二人の息は、ずいぶん落ち着いていた。


「ふーん。身分証はどうするのかしら? 今までの冒険者タグを使うと、あなたが勇者って事、行く先々でバレちゃうわよ?」

「あー、それは新しく旅行者として登録しよ(つくろ)うと思ってる」


「ふむふむ」

「名前も変えようと思ってるんだ。本名はやめて、家族名(ファミリーネーム)も無しにして、単にミコトって……」


「タケルの名字は山本……よね?」

「ああ」

「ヤマモトタケルガミコト……。何かむずむずするわ」


「なぁ」

「んー?」


「今、名字って言ったよな」

「ええ……」

 少し微笑むイプシル。この世界では家族名を名字とは呼ばなかった。


「それに前々から気になってたんだけど、イプシルはこの世界の人が知らなさそうな事を知ってるよな。君が賢者として広めた文化は、昔の日本に酷似しているし、今の反応は日本武尊(やまとたけるのみこと)、つまり日本書紀か古事記を知っているんじゃないかと思えるんだ」

「ふふ……。やっと気付いたのね」


「やっと……?」

「ええ。私は以前から、ヒントを出してたのよ」


「どういう事なんだ? イプシルもこの世界に転生して来たのか?」

「そうよ。私は100年以上前に転生された。そして、あの魔王と堕天使も……。彼女たちは十数年前って言ってたわね」


「な……」

「そしてここは異世界ではなく、私たちから見て未来の日本」


 タケルは起き上がった。

「なんだってーー!?」


「うふふ、気付いてなかったの?」

「いや、パラレルワールド的な異世界もありうるかなとは思っていたけど、時代が違うとかって思わないだろ。ていうか、100歳以上ーー?」


「私は、若返りの魔法を使えるの。ここしばらくは毎年一歳ずつ戻しているのよ」

「もっと若くもなれるのに、そのままにしてたってこと?」

「色々あって疲れちゃったの」


 長いすにイプシルと並んで、タケルは真顔になる。

「それにしても、どうして今まで教えてくれなかったんだ」

「だって……、その方が面白いじゃない」


「この世界のこと、もっと詳しく聴かせてくれ」

「やーよ。終わった後にそんな話したくないわ。それより、あなたの事をもっと知りたいの。これまで聞けなかった、あなたの生前(かこ)の事……」


 イプシルは夜空を見上げた。

(それに……)


 そしてタケルを見つめながら微笑む。

(この身体であなたに合うのも、明日で最後だから……)

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