01 1/7の夢旅人
頭のおかしな人が書いています。
万が一読もうなんてお考えの方は、お気を確かにお持ちください。
――あぁっ、この話を開いてしまったのか。
悪いことは言わない。世の中には他に、もっと面白い話がたくさんあるのだ。
誰にでも気の迷いって物はある。今すぐにそっ閉じして、見なかった事にするんだ。
でないときっと後悔する。作者である私が言うのだから間違いはない。そのはずだ。
何しろこのストーリーは、むさくるしい酔っ払いのおっさん達から始まるのだ。そこに何か楽しげな要素があるだろうか。
ここで、めざとい人は「達」という文字に着目しただろう。そう、こともあろうにおっさんがおっさんに絡むのだ。しかも「むさくるしい」ときた。
絡んでいる大柄の男はダボダボのズボンで、太い腕と分厚い胸板にぴっちりとシャツが張り付いている。いくらでも酒が飲めそうな脳筋タイプであった。
彼は薄汚れた三人掛けソファーの肘掛に、だらしなくよりかかっている。
いかつい眉毛の下でつり上がった目は、やや据わった状態で正面の男をとらえていた。
あごひげまでの顔色に赤みは無く、口を開かなければ酔っていると気付けないだろう。
「んでーぇ? 凱旋の途中だってェのに、勇者のお前が、何だってぇ行方をくらまそうって言うんだ?」
男は膝丈程度のテーブルからグラス取り上げて、右目に寄せる。
同時に左目をしかめ、琥珀色の液体の残量を確かめながら、カラカラと氷を鳴らした。
テーブルをはさんで向かいに座るもう一人のおっさんは、回答に躊躇した。
(「自分探しの旅です」なんて言えないよなぁ)
浮かんだ考えを捨てるように、頭を振るう。
中肉中背の身体の上で行き来する、やや白髪の混ざったボサボサ頭の反対側には無精ひげがあった。
頭を止めた時、ピントの合っていない彼の目には、壁付近の床に脱ぎ捨てられたままの装備が映る。
気がつかれただろうか。彼らは宿に戻ってから、シャワーも浴びていないのだ。
——どうだろう。むさくるしさが加速したのではなかろうか。
「ガルフ、前にも言ったけど……、ぼくはね、この世界の人間じゃないんだ」
ガルフと呼ばれた大男はふんっ、と鼻息を放つ。
「あー聞いたさ、タケルは召喚されたんだってなァ」
「はっきりしないけどね。誰もいない郊外で気づいてからずっと、召喚された理由を探していた。でも、わからなかった……」
焦点の定まっていなかった目は、まばたきの後にガルフを見つめた。
「でも、少なくとも、魔王は倒したんだ」
少し酒を口に含むと、咽を鳴らしながらグラスをテーブルに置く。
続けて鼻から呼吸を抜きつつ身体を椅子の背もたれに向ける。
その動作の中で、考え事をするように両手を組むと同時に視線を空間に戻す。
(チート能力を持って転生し、勇者となってハーレムができた。しかし、年齢的な都合で役に立たないなんて、冗談じゃない)
タケルは精神的な物だと思いたかった。
魔王討伐が終わりひと区切りついたのを機に、落ち着いて性的嗜好を分析し、自らの力を取り戻すつもりなのだ。
だが、そんなことを他の者に説明できるわけもなかった。むしろ説明したくなかった。
タケルの後方から、女性の明るい声が飛ぶ。
「倒したっていうより、押し倒したんだけどねー」
声の主は、一人がけのソファーに座るタケルへと近づく。そして背もたれからの後ろから、彼の頭上に乳を乗せる。白いタンクトップに包まれたシルエットは、大きくは無いが形が良いことを主張する。
彼女は風呂上りの湯気がのぼるストレートの赤髪を左手で撫でながら、上方からタケルをのぞきこむ。
端正な顔立ちが視界に入り込んだが、タケルはあえて説明しなかった方向に話が進みそうな予感がしたので、話題を戻そうとする。
「テュラ、そういう話をしているわけじゃない」
しかしテュラルト――テュラと呼ばれた女性――が現れた扉の向こうから、別の女性がゆるい声で追い討ちをかける。
「そうよねー。未遂だったし」
「マリル。話を掘り下げないでもらいたい」
テュラルトの乳の下で、タケルは真剣な顔つきを崩さない。
「あー、掘り下げられたくないわよねー。役に勃たなかったんだから」
マリルの言葉が、タケルの胸にグサッと突き刺さる。
あえて説明しなかった内容である。
あの時も、試行のひとつだった。魔王とその仲間は女性型だった。人外ジャンルの開拓と思いチャレンジしたのだ。
「おまえらがそういう事言うから、余計にだなぁ……」
頭をテュラルトの乳を外さないまま目だけが後方に向かい、つられて首がやや動く。
二人がかりの口撃に、そちらの方面に話が向いてしまった。
(いつからか、多少の事では微動だにしなくなった。でもまだいけるはずなんだ。キーになる何かを探さなければ)
そう考える頭頂には、下乳の触感を十分に堪能できるだけの神経があるわけでは無い。しかしその重みは首や肩、背や腰と言った、頭を支える筋肉全体で感じるものだ。いくら顔つきを変えないでいても、意識をそこに置いてしまうのは男ならば当然である。たとえ今はそれに反応できない者であったとしても。
「まあ、その、お前らの性活の話は置いといてだな」
ガルフが助け船を出す。
しかし話題は戻せなかった。
「あらぁ、大事な話よぉ」
扉の向こうからマリルが現れた。
乾きたての長い髪をふんわりとなびかせる姿は、ゆったりとした部屋着の柔らかな雰囲気を補強する。
テュラルトは引き締まった顔立ちの美人なのに対し、マリルは優しげな容貌だ。
彼女の細い目はタケルに微笑んでいるようでもあり、手にしたタオルと小瓶を見ているようでもあった。
「えぇい、今は俺が話を聞いている! タケル! なぜお前はこのパーティーを抜けて姿をくらませようとする! 何をしに! どこへ行くつもりなんだ!」
ガルフのつばが飛び散り、タケルはグラスを回避させた。
「それはワタシも気になってたのよねー。実際どうなの?」
テュラルトは旅に出る理由を知っていたが、どこで何をするつもりなのかまでは聞いていなかったのだ。
タケルの頭から乳を外して、彼の手元からグラスを横取る。右手でそれを持ち、そのままタケルの横に立つと、頭に左ひじをかける。
タケルはその様子を横目で追いかけながら、隣の太ももに声をかける。
「テュラ、下ぐらいはけよ」
「パンツ、はいてるじゃない」
「パンツ一丁はやめろと言っている!」
恥じらいが無いのは、萎えさせる一つの要因だとタケルは感じていた。
「役に立たないくせにー」
「話を戻すな!」
ぎろり、とガルフがにらむ。
テュラルトは気にも留めずテーブルからウィスキーボトルを取り上げる。ぐいっとグラスに中身をそそぎ、タケルの前に差し出した。
「んっ」
「うん……」
タケルはグラスの上に、軽く握ったこぶしを差し出す。それを小指から開いていくと、かすかな光の中から氷が落ちて軽やかな音を立てた。
そしてようやく、ガルフに答える。
「ひとつには、そろそろ落ち着きたいって事かな。ずっと戦い続けて来た。自分から始めた事だけど、気が付いたら国からの依頼が断りづらくなっていたよね」
建て前であった。
「それに、パーティーを抜けると言っても、首都に戻ったらどうせみんなバラバラじゃないか」
タケルが「ふぅ」と息を吐いたのは、説明を続けるのに多くの空気を必要としたためであろう。
「お前は連邦軍、テュラはダーゴゥの騎士団に入隊、マリルは創生の女神の教会で神官だろ? エルフィンは何年も行方不明だし、ギバルドもどっか行っちまったし。……っと、そういやイプシルはどうするんだっけ?」
エルフィンは少年の技術者であり、各種アイテムを研究・開発して実戦導入したり、パーティーメンバーの武器をメンテナンスや改造したりしていた。
ギバルドは本人も強かったが、獣使いであり、野外での戦闘においては彼の使役する野獣が、少人数だったパーティーの戦力を補うことも多く、非常に頼りになる存在であった。
イプシルはかつて「隠遁の魔女」とも呼ばれていた賢者であるが、タケルの口説きによりパーティーに加わってからは、主に後方からの魔法攻撃を主体としていた。魔王を倒した後、魔王とお供を拘束して、どこかへ飛んでいった。
ガルフはあごひげに手をやって応える。
「ギバルドは、エルフィンの遺跡調査について行ったらしいぞ」
「え、あいつらそんな事やってたの?」
「軍が出てきてからは、居心地が悪いって言ってたからなァ」
魔王攻略には仮設の連邦軍も同行していたので、確かに通常の討伐よりも自由度が低かった。
現在も一緒に首都に凱旋している途中である。
もっとも、軍隊は街の外で野営をし、勇者一行は街の宿に泊まっているのだが。
どっかと背もたれに身体をやって、ガルフは面倒くさそうに押し戻す。
「確かに首都に戻ればパーティーは解散、みんなの行く先は大体決まっている。で、お前は解散の前にどうするんだ? って話だよ」
「この世界を見てまわろうと思ってる」
今の生活のままでは見つからない、何かがつかめるかも知れない。そんな期待があった。
「今更かよ」
魔物討伐で各地を回って来たのだから、そう思われるのも仕方がない。
「召喚された村からダーゴゥに出て、そっからはほとんどギルドの依頼消化と国の任務遂行が中心だったからね。せっかく異世界に来たわけだし、……今更だけど、これからはそういうのから離れて、これまで行けなかった所をゆっくりと見て回ろうと思ってるんだ」
この世界では観光旅行という概念があまり広がっていない模様だ。旅は、政治的な交渉や、戦争での遠征、民間では商売、調査、物資調達、それらの護衛、修業等がほとんどである。もっとも、金銭的や時間的な余裕がないと、余暇に相当する意識が無くても当然と言えよう。
タケルは話を続ける。
「下手に領地をもらったり、官位だか爵位だかを与えられたら、自由に動けなくなりそうだし、断るのも問題だと思うからね。だったら言われる前に行方不明かなーって」
身動きが取れないのであれば、今と変わらないに等しい。
「そうか……。じゃぁァそんな話は置いといて、だ」
「自分で振っておいて置いとくのかよ」
「封印は済んでるんだよな?」
「ああ……、彼女たちにやってもらった」
魔道縛枷。概念拘束と呼ばれる魔法と呪いを組み合わせたような方法で、タケルの戦力は封じられていた。それは今後の旅に出るにあたり、彼女たちと取り決めた条件のひとつだった。
「で、そいつァどんな感じなんだ?」
「まだ試してないけど、想定では全体的に数十分の一ってところかな」
手を見つめ、にぎにぎしながら続ける。
「戦闘レベルだと身体が重くなって、速度も低下。攻撃魔法を撃てない。身体強化や接触での魔法は使えるけど、効果は低くなってる。でも、旅をする分には支障ないさ」
「物好きだよなぁ……」
「不意に力を使ってしまわないようにね。自分の身を守れる程度にはしてもらったはずだ」
ガルフは大きく目を見開くと、何かを楽しみにする子供のような顔をタケルに近づけた。
「そうかそうか。で、だ。ここ、サスアの地には大昔の闘技場がある。明日、俺と戦え」
「は?」
「旅に出る前に、封印状態での感覚をつかんでおいた方がいいだろう? ……それに、一度ぐらいはお前に勝てるかも知れないんだしな」
ガルフがニヤリと口元を釣り上げる。
「よーし、話は終わったかな?」
言葉に詰まったタケルの隣で、つまらなさそうにしていたテュラルトはグラスを置く。
「今度はワタシに付き合いなさい」
タケルの襟首をつかみ、持ち上げる。テュラルトは、ただでさえ腕力があるのだが、身体強化も使用している。
「えっ、何?」
「ふふふー、今夜は寝かさないぞー」
タケルはソファーをつかんで抵抗する。
「いや、だから、ぼくは勃たないんだって」
「いーから、いーから」
テュラルトは気にしないでそのままひきずる。
「シャワーも浴びて無いんだから」
「いーから、いーから」
彼らの声は、ソファーが床をこする音と共に遠ざかっていった。
大きく息を吐きながら、ガルフはグラスに酒を注ぎ足す。
「やれやれ……、明日の万全は期待できるのかねェ」
ビバ、初投稿。