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1-01.岩沙漠にて


 岩沙漠(がんさばく)地帯。

 見渡すかぎり岩山と石があるばかりで実に殺風景である。降水量が極端に少なく、川や湧き水のような水源は存在せず、地面に保水力がない。

 そのせいで草木の姿は見当たらず、たとえ存在しても半分は枯れている。生き物が過ごすには過酷な土地だ。


 そんな荒れ果てた場所にひとりの人物がいた。

 名前はフゲン。頭髪も瞳も黒色の男性でパッと見た目の年齢は三十歳前後といったところ。


 そんな彼は手を振りかまわしていた。


「……、対象は術式回路【蒼色四式五○一番三十八号】。第一工程、起点座標の数値指定を開始。X=二四.〇一三三五。Y=〇七六.九〇二二。Z=一六.〇〇四。座標の確認完了。第二工程、起点座標を中心に術式展開用の…… 」


 彼は麻製の外套(フード)を頭からかぶっている。

 岩沙漠(がんさばく)地帯特有の強い陽射(ひざ)しを防ぐためだ。

 強烈な太陽光は身体の水分を容赦なく奪い去るので、肌の露出を少しでも減らさねばならない。おまけに、直射日光を長時間浴び続けると、冗談ではなしに火傷してしまうから用心が必要だ。

 こんな過酷な環境下では少しの負傷でも致命傷になりかねない。身を守るためには、風通しが良くてゆったりと身体を覆う衣類は必需品だ。


 そんな彼の(かたわ)らに黒猫がいる。

 随分と小柄な体格であるが、頭や四肢の比率は成獣のソレであり、動きは敏捷でしなやかである。


あるじぃ()~。次の術式の作業手順書がきたから情報授受を始めておくねぇ』


 黒猫の名前はニャン助。

 フゲンの相棒であり眷属でもある。その役割は主人(フゲン)を補助すること。小柄な見かけにもかかわらず多種多様な技能を持つ。 いま、主人(フゲン)に【念話】で語りかけているが、これもニャン助の能力のひとつだ。


「ああ、ニャン助。ありがとう。情報授受が終わったら、データ欠損がないかの確認もやっておくれ」


 フゲンはニャン助に指示しながらも、作業の手はゆるめない。


「第三工程、回路構築を始める。展開用誘導線の番号と展開術式番号の照合を開始、……照合完了。すべて問題なし。これより魔導回路の組み立ての開始。進捗状況、五、十、二十五、三十…… 」


 彼は意味不明な言葉を発しながら宙を指さしている。

 その指の先には何もないので、ずいぶんと珍妙(ちんみょう)な光景だ。しかし、本人はいたって真面目である。

 実は、彼の視界には様々な記号や数値の情報が映っていて、彼はそれら記号一つ一つを指差し、声を出しは確認しているのだ。


 これは【指差呼称(ゆびさしこしょう)】という作業確認法だ。

 駅で車掌さんが“前方よし、後方よし”と大声で安全確認をしたり、病院で看護師さんが投薬前に指さして確認をするアノ動作である。

 この方法、フゲンが天使になる以前―――つまり人間であった時期のことだが―――、身につけた技術というか習慣みたいなものである。


 この【指差呼称】の効果は“素晴らしい”のひと言につきる。

 その真価を知らない者なら恥ずかしいとか、わざわざ声を出すほどのものではないとか言うが、思い違いも(はなは)だしい。 なぜなら、この動作を行うことによってミス発生がなんと六分の一にまで激減するからだ。


 この【指差呼称】には四つの確認行動がある。注意すべき対象を目で見て(視認)、指差して(動作)、声を出して(発声)、耳で聞く(聴覚)を重ねることでミスを減らす。簡便ながらも実に効果的な技術だ。


 フゲンはこのテクニックを習慣化している。

 彼が請け負っている任務は失敗が許されない。当然、事前の準備は時間をかけて念入りに行うし、幾重にもミス防止の対策を行っている。その失敗を防ぐ方法のひとつが、彼が人間時代から慣れ親しんだ【指差呼称】なのであった。


「……への連結を開始。連結先は第三十一番外周円の第八十七番力場結束点。対象回路【蒼色四式五○一番三十八号】の連結部分、延長を…… 」


 青い光を発する複雑怪奇な文様が地面で渦巻いていた。

大小幾つもの円が幾重にも連なり、線と線の間には様々な形をした多角形や意味不明な文字が浮かんでいる。しかも、それらはゆっくりと動いており、ひと時たりとも静止することはない。


 現在、彼は魔法陣の設置作業をしている最中だ。

 ここでは様々な色の光が乱舞し、耳を塞ぎたくなるような轟音が響き、地震と勘違いするほどの振動が発生している。

 飛び交う魔力は桁外れなものであり、普通の人間には耐えられないほどの膨大なエネルギーが周辺一帯に充満していた。


 ただし、その異常な状態は外部に漏れ出ない。

 というのも、フゲンが結界を張っているから。内部で発生する現象は外部へ流出することはないのだ。


 彼には自分の行いを隠す必要があった。ゆえに、結界を張って内部の様子を隠蔽しているのだが、これにはその他機能も付加している。

 たとえば、外部からの侵入を防ぐ【拒絶防壁】、無意識のうちに結界を避けさせる【意識誘導】などだ。人影が全くない岩沙漠(がんさばく)地帯であろうとも、作業を露見(ろけん)させるような真似は絶対にしない。




 太陽が西へと移動して、空は鮮やかなオレンジ色へと変わっていた。

 周囲の岩山は夕陽に照らされて燃え上がるような赤に染まり、陽の当たらない部分は(かげ)が濃くなっている。


 フゲンは手を休めて、軽く伸びをする。


「やれやれ。今日はここまでだな。ニャン助、これで終わりにしようか」


『うん。わかったぁ』


 ニャン助は軽く頷いた。彼はフゲンへと近づいて、その肩へと軽やかに飛び乗る。そこはニャン助の定位置だ。


『ねぇねぇ、あるじぃ()~。前から聞きたかったことがあるんだけど、いいかなぁ? 』


 ニャン助は少し舌足らずな話し方をするが、決して馬鹿ではない。

 むしろ(さと)いぐらいだ。彼は鋭い言葉で人をタジタジとさせたり、物事に対して独特の見解を持っていたりする。また、主人(フゲン)に似たのか好奇心旺盛であり、あれこれと周囲の者に質問攻めにすることも多い。

 

 今も何かに疑問を持ったので、フゲンに訊ねることにしたのだろう。


『ボクたち、ずっと魔法陣をつくっているよねぇ。でも、これの効果ってよく知らないの。前に、(あるじ)が“凄いよ”って言っていたけど、どれくらいすごいのぉ? 』


「おや、詳しく説明したことはなかったか。私としたことが迂闊だったね。すまない、すまない」


 フゲンはニャン助の頭を撫でながら応える。

 彼らふたりはすっと魔法陣の設置作業を続けており、その仕組みや構成に詳しい。なので、魔法陣が発揮する効果についてもニャン助は知っているとばかり、フゲンは思い込んでいたのだ。

 考えてみれば、詳細項目の説明はしても全体概要の話をしたことがない。フゲンは我ながらいい加減なものだと内心で反省する。


 ちなみに、彼らが構築している魔法陣は非常に巨大なものだ。

 直径五十キロメートルにも及び、この世界では最大規模の魔法陣だろう。


 しかも、この魔法陣はその複雑さにおいても類をみない。

 二次元の小型魔法陣を幾つも積み重ねた積層立体構造だ。内部は無数の導力線が互いに絡み合い、大小様々な魔導回路が組み込まれている。

 しかも、この世界では未知の魔導工学に基づいて構築されているので、誰も理解できない。


 フゲンたちはこの魔法陣の構築に二十年以上の年月を費やしている。

 サイズがあまりにも大きすぎて、設置作業が大変なためだ。陣の円周部だけで百五十キロ以上にもなるし、ましてや円陣の内側を隙間なく移動して魔導回路を敷設するのだから、相当な時間を要する。


「ニャン助が知りたいのは魔法陣の威力だね? そうだな……、東のほうに大きなお山を見てごらん。あれを十倍に大きくして、それが空から落下してくるのを想像してごらん」


『ふうん、あのお山って凄いの? ドカーンって感じかなぁ』


 ニャン助はピンとこなかったようだ。

 フゲンが指さした岩山の高さは約千メートル、裾野部分で千五百メートル程度。なんだか草臥(くたび)れた老人を連想させる形をしている。というのも背を丸めてうずくまった人の姿に似ていたからだ。

 しかも、岩沙漠という厳しい環境にさらされたせいで、表面の(いた)るところが崩れていて、なんだがみすぼらしい。


「あははっ。“ドカーン”は可愛らしい感じだが、ちょっと違うな。もし、あの山が空から落ちてきたら、ピカッと光ってそれで終わりだ。このあたりが一瞬で蒸発するからだよ」


『蒸発? 一瞬? どういうことぉ』


「なにもかもが消滅するのだよ。ここら一帯、まあ、ここからは見通せないくらいの範囲が熱と衝撃で吹き飛んでしまうんだ」


 彼が例えたのは、地球の恐竜を絶滅させた巨大隕石だ。

 白亜紀に落下した隕石のサイズは直径十~十五キロメートルにも及ぶ。その衝撃は大地を深く(えぐ)りとり、約二百キロのクレーターを形成。衝撃波は周囲一千キロ範囲内のもの全てを薙ぎ払い、同時にマグニチュード十以上の地震が発生した。


 この隕石の影響は想像を絶するほどに凄まじい。

 白亜紀に繁栄していた恐竜のことごとくが全滅しただけではない。当時の全生物総個体数の九十九パーセントが死滅したとされるくらいだ。



「とまあ、その巨大隕石はとんでもなかったんだよ。でね、ニャン助が造っている魔法陣も同じくらいの破壊力がある」


『うん、すっご~いんだね』


「では、活動拠点(ベースキャンプ)に戻ろうか。明日、街で人と会う約束がある。朝早くから移動しなくちゃならないし、今日は早めに寝よう」


『朝はちゃんと起きてよね。主は目覚めが悪すぎるし、それを起こすボクの苦労をわかってほしいなぁ』


「あぁ~、そのへんは善処(ぜんしょ)しよう」


 フゲンは頭をかきながら返答した。素直に“はい”と返事しないのは己の行いに自信がないせいだ。ニャン助には理解しづらい難しい言葉を使って相手を韜晦(とうかい)するあたり、大人の狡さなのだろう。


 こうして、彼らふたりは岩沙漠にある活動拠点(ベースキャンプ)へと帰るのであった。



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