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00-06.とんでもない命令


 解析結果を見て、ちょっと戸惑ってしまう。

 遺伝子の系統樹(けいとうじゅ)幾本も(・・・)あったからだ。

 つまり、現地住人たちの間には遺伝的な繋がりがない。


 こんなことは普通あり得ない。すべての生物には祖先種から引き継いだ情報が残っているからで、例えば遺伝子を調べればクジラとカバは共通祖先から進化したことが分かったりもする。


 地球の人間の系統樹図(けいとうじゅず)なら次のようになる。

 樹の(みき)の下部に【猿人:アウストラロピテクス】。それに続いて【原人:ホモ・エレクトス】や【旧人:ホモ・ネアンデルターレンシス】となり、最後に【新人:ホモ・サピエンス】へと(いた)る。

 樹の(みき)の途中では枝が幾つも分かれていて、【ホモ・ハビリス】やら【ホモ・ヘルメイ】やらがいる、という具合だ。


 しかし、“あの世界”の住人はそうではない。

 彼らの遺伝子の系統樹図(けいとうじゅず)は、ひとつに収束しなかった。現地人たちの祖先種は見事なまでにバラバラで、生物分類的にいえば全く無関係な間柄だ。

 

 たとえば、狼型人種や犬型人種の系統樹(けいとうじゅ)は別々だった。

 彼らは獣人系人種に分類されているし、遺伝子的に近しいはずだ。なのに、両者には共通する祖先種がないのだ。まったく訳が分からない。


 念のためにミトコンドリアDNAも調べてみた。さらに、人間種以外の生物、哺乳類やら爬虫類などの遺伝情報も解析してみた。

 だが、どれも結果は同じなのだ。

 “あの世界”の生物には数十個もの遺伝子系統樹がある。


 普通の世界ではこんなことは絶対にない。生物の進化過程を(さかのぼ)れば、系統樹は収束するはずだ。

 もう“(いびつ)”を通り越して“異常”と表現するほうが正しい。


「なんだか、様々な場所から“移植”してきたみたいだ」


 まるで複数の異なる世界から生き物たちを、ここに移し替えたかのようだ。

 でも、そんな面倒なことをするだろうか? 私が知るかぎり天使の仕事にそんなものはない。そんなことをする意味もないうえに、あまりにも面倒すぎる。


 私は我が上司に探りの言葉をかけてみた。


「“あの世界”はなんですか? いろいろと込み入った事情がありそうですね」


「まあ、いろいろな背景があるのは事実ですよ。それにしても、いきなり“あの世界”の遺伝子情報を集め始めたのには驚きました。どういった理由でそうしようと思ったのですか? 」


「深い理由はありません。ただ、人種の多種多様さに興味を覚えました。単なる好奇心で各種族が派生してきた進化過程を調べたかっただけです」


 複数の種族が共存できているのが不思議だったのだ。

 今までの経験からすると、ある程度の文化文明が発達した世界では、人間種のような知的生命体の種類は一~三種類程度のはず。文明進歩の過程で種族間の争いが起きてしまい、最終的に弱者は淘汰されるか吸収されてしまうからだ。


「“あの世界”では数十もの種族が共存しています。その理由が分かるかもと思って遺伝子情報を調べてみましたが、結果は分からずじまいでしたがね」


「あら、“あの世界”の情報は【天界の記録保管庫】にあったはずですよ。

 そのなかには多くの種族が混在する原因、さらに最初の出来事から現在に至るまでの経緯の記録もあります。特に歴史情報をみれば、あなたの疑念はすぐに解決したはずです。

 なのに、それを閲覧しようとしなかった。

 改めて問います。どういった理由で住人たちの遺伝子情報を解析しようと考えたのですか? 」


「そのほうが面白いからですよ。確かに、手っ取り早く“あの世界”のことを把握するつもりなら、歴史情報や史書を閲覧するべきでしょうね。

 でも、それじゃあ(たの)しくない。

 いきなり解答を知っても感動や驚きを感じられないでしょう? 謎解きはじっくり時間をかけて味わうべきです。

 私は過程(プロセス)を楽しむ性格(タイプ)であって、性急に回答を求める性格(タイプ)ではありません。ああでもないこうでもないと試行錯誤するのがイイんですよ」


 私は素直に己の考えを伝えた。自分の基本的な行動基準は好奇心だ。興味の向くままに動くのは本当に楽しい。


 天使になる以前、つまり私が人間であったときからそうだった。

 いろいろなものに関心を示して、百科事典を読破したかと思えば、天体望遠鏡を(かつ)いで山頂に登る。戦国武将にハマる時期があれば、素粒子物理学にのめり込むときもあった。


 興味の対象は知識分野ばかりではない。

 身体の動かし方に興味を持ったことがある。それで武道を習い始め、最後には免許皆伝まで得てしまう始末。もう、分野を問わずあらゆる事に手を出した。時間や資金が許すかぎり動きまわるので、自分でも精神異常者ではないかと疑ったほどだ。

 天使となった今でもその気質は変わりない。



「なるほど。あなたらしい回答ですね。相変わらず個性的というか、好奇心優先主義とでも言うべきか……。でも、そんなあなたを選んで良かったわ。ウフフッ」


 我が上司は屈託(くったく)なく笑う。それはもう満面の()みなのだが、その裏側にある思惑が恐ろしい。

 あれは絶対に厄介事を押しつける(はら)づもりだ。

 わざわざ彼女が私に【階梯昇格】を(ほどこ)すのには、それなりの理由があるはずだ。“あの世界”を見せるだけなんてあり得ない。


 もう嫌な予感しかしない。なんとしてでも、この件に関わるべきではないと、勘がささやいている。できることなら全力疾走で逃げたい気分だ。実際、半分腰を浮かせて逃走態勢をとる。


 とにかく、彼女の優しげな笑顔に騙されてはいけない。

 これまでに何度も痛い目にあってきた。可愛らしい顔をしながら、厄介な仕事ばかり命じてきたのだ。

 その(たび)に私は死にそうになった。まあ、天使だから死ぬことはないから、実際は討ち死にする気分だけどな。


「私に何をさせるつもりですか? できれば、ややこしいことには無関係でいたいのですがね。

 それよりも検討をお願いしたいのは長期休暇についてです。ホラ、私はここ最近ずっと休みなしで働いているんですよ。カワイイ部下のことを思えば、少しは(いた)わってくれても良いじゃないですか」


 私は逃げ腰になりながらも我が上司に訴えかける。

 話題を()らしたい一心で長期休暇のことを口にした。ささやかな希望でもある。三百年の長期休暇は無理にしても、せめて三年間ぐらいの休暇は認めてもらえないだろうか。


 クソ、なんで労働者たる天使を守る労働三法がないんだ。せめて、労働組合くらいはあっても良いと思う。休暇要望が通らなかったら仲間を(つの)ってストライキでも起こそうか。


「却下です。先刻も言いましたが長期休暇はなしですよ」


 彼女はにこやかに告げた。それはもう、華麗に私のささやかな要望をぶった切ってくれる。

 さらに追い打ちをかける台詞をあびせかけてきた。


「もう忘れたのですか? 以前、あなたは前借りで休暇をくれと泣きついてきたことを。承認してくれれば、一定期間を無休で働くと涙ながらに訴えてきたではないですか。人事局は考え直すように伝えたのに、あなたは強引にねじ込んだのですよ。

 本当にそのお気楽さに感心しますね。あなたって、自分に都合の悪いことはきれいさっぱりと記憶から抜け落ちるのですから。」


「そ、それは…… 」


 彼女は私の痛いところを突く。

 確かに、そんな約束で休暇をもらい受けたことがある。あの時の私は休みが取れるならどんな条件でも飲む発言していた。


 ―――なんて馬鹿なことをしたんだ! 過去の自分を殴りつけたい。


 膝から力が抜けて崩れ落ちて四つん這いになる。

 ああ、休暇がもらえないなんて。もう、絶望の落とし穴に()まり込んで抜け出せそうにない。


 この世には希望も救いもないのか……。

 神よ、こんな哀れな私を助け(たま)え。

 ほんの少しで良いからご慈悲をお恵みください。



「悲劇の主人公ぶるのはいい加減に()めて、さっさと立ちなさい。

 あなたに適任の仕事があります。自分の自由裁量で適宜(てきぎ)休みを取ることができる任務ですよ」


「はい! 」


 私は勢いよく立ち上がった。

 聞き逃せない重要な単語、“自由裁量”、“適宜(てきぎ)休める”が耳に入ったからだ。


 私は意識の切り替えが早いのが自慢だ。

 先ほどまで絶望に打ちひしがれていたはずなのに、あっという間に復活する。そんな魅惑的な条件がつくのであれば、どんな任務でも受けてやろう。

 イヤッホー、気分はもうパラダイス! 


「やります、やります! そんな好条件なお仕事なら喜んで引き受けますよ」


 この時の私はあまりにも迂闊すぎた。

 我が上司の目つきは“なんて扱いやすいヤツ”と呆れたものだったのに、私はまったく気づいていなかった。

 もう単純に目の前にぶら下げられた“自由裁量”というエサに意識を奪われていたからだ。

そもそも、今まで何度も痛い目にあっているのに、全然()りていない。


「まあ、よかった。あなたが(こころよ)く受諾してくれたのは嬉しいかぎり。

 嫌がる者に“こんな任務”を押しつけたくなかったので、ほんとうに幸いだわ」


 我が上司は手を打って笑顔になった。

 もう全身で喜びを表していて、まことに華やかである。コロコロと笑う表情は魅力にあふれており、もし周囲に人々がいれば全員の注目を一身に集めるであろう。


「えっ? 」


 私は焦ってしまった。彼女が喜ぶ姿に、真っ黒なものを感じたからだ。


 とんでもない間違いを犯した! 

 まるで、罠にかかった獣のようだ。ついつい美味そうな餌に釣られて、絶対に逃れられない(おり)に入り込んだ。

 気づいた時はもう遅い。後ろに戻ろうとしても、檻の蓋はガッチリと閉じていて脱出できないのだ。あとは猟師に捕獲されることを待つだけの運命しか残されていない。


 なんてこった。絶体絶命の大ピンチだ。

 もうお先真っ暗な未来しか思い浮かばないぞ。


「あなたからは“引き受ける”と言質を取りました。それに“自由裁量”や“適宜休み”と聞いただけで、あんなに喜んでいたではありませんか。“あの世界”の件はあなたにピッタリのお仕事ですよ」


「ち、ちょっと待ってください。先ほどの言葉は取り消します。よく考えてみたら、私には取り掛かっている任務があるので、他の案件を受ける余裕がありません。無理です」


「だめですよ。既にあなたが抱えていた案件には後任者を手配しました。もう無駄な足掻(あが)きはやめなさい」


 彼女はピシリと私の要望を拒絶した。

 その態度からして、交渉の余地がないのがよく分かる。


「あなたの次の赴任先は“あの世界”です。業務内容は()の地での調査活動ですが、それは表面上のことでしかありません。

 真の目的は“あの世界”の生き物を完全消去すること。

 人間は無論のこと、動物から細菌やウイルスの(たぐい)に至るまでのすべて。“あの世界”に存在する一切合切(いっさいがっさい)を無に()すことです」


「ええっ? なんですか、それは…… 」


 私は思わずのけぞってしまった。彼女の業務命令は予想外すぎて吃驚仰天(びっくりぎょうてん)だ。その内容はあまりにも悪辣すぎる。

 

 まさに悪辣な業務命令もここに(きわ)まりだ。



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