2-14.フレンドリ・ファイア
集会所の周辺は大騒ぎになっていた。
人々が血相を変えて叫びながら、建物の内から逃げだしているのだ。事情が分からない者も、その様相に危機を感じて離れようとしている。
一方で、ただならぬ気配を感じた兵士たちが集まってきた。
集会所を中心に、逃げようとする者と進もうとする者が入り乱れている。混乱の輪は広がりばかり。
魔導師長パティナクスも現場に駆けつけた。
怯える村人を捕まえて、状況を聞きだそうとする。しかし、相手からの返答は要領を得ない。聞えてくる言葉に『山羊飼いの爺』や『人が死んだ』、『殺された』などがあった。
どうやら、集会所で誰かが戦っているらしい。
実際、建物からは様々な音が響いてくる。
兵士たちの怒号や獣のような咆哮、バシバシと鳴りひびく打撃音。さらに、耳が痛くなるような爆発と閃光まで。
いったい、何が起きているのか皆目見当がつかない。
這う這うの体で重装歩兵たちがでてきた。
負傷した同僚を肩に担いだ者。
負傷した村人を引きずる兵士。
小さな子供を両脇に抱える従卒など。
彼らの防具は傷ついており、大盾もベコベコに変形している。
魔導師長パティナクスは、兵士たちに問いただした。
「いったい、なにがおきているのだ? 」
「ああ、魔導師長殿。室内に魔物がいます。老人が魔物に堕ちてしまったようです。逃げ遅れた者を救出するため、我々が時間をかせいでいました。
いまは、フゲンという契約魔導師殿が残って、魔物を押さえ込んでいます」
歩兵隊長が状況を説明した。
集会所には数名の負傷兵が残っていること。その人数と名前を教えてくれる。
それを聞いて、パティナクスの顔が歪んでしまう。
取り残された負傷兵のなかに彼の息子がいたからだ。思わず、救助のため室内へ飛び込みたくなる。
しかし、その衝動を強引に押さえつける。
彼には魔導師長としての責任があるのだ。個人的な理由で行動することは許されない。
それに、歩兵隊長によると、迂闊に負傷者たちを動かすと命の危険があるらしい。適切な処置を求めるならば、治癒系魔導師を派遣するべきであろう。
彼はすばやく検討をする。
設定目標は魔物化した人物の排除。
実現方法として最善策は、重装歩兵で集会所ごと魔物を包囲。そのうえで、魔導師の遠距離攻撃で袋叩きにする。
だが、兵士の数は少なくて完全包囲は無理だ。
歩兵たちを集めたいが救援活動のためバラバラに散っている。彼らを集めて再編成するには時間が必要だが、その間に魔物が建物の外に出てしまう可能性が高い。
この策はあきらめるべきだろう。
次善策は、このまま集会所ごと魔物を焼き払うこと。
幸い、彼の手元には、自身を含めて魔導師六名の戦力がある。
これだけの戦力があれば、魔物の撃退は可能だ。
ただし、この策は建物の中に残る者たちを見殺しにする。
しかも負傷した息子が取り残されているのだ。策としてはアリだけれど、愛する家族を犠牲にするには、あまりにも情けない。
苦悩の末、次善策を選択した。
自分は貴族だ。市民を導く立場に在る者として責務を果たさねばならない。犠牲を払ってでも、より大勢の市民を守る義務が、自分にはあるのだから。
「魔導師は集会所を包囲! 魔物を建物ごと焼き殺す」
「魔導師長、やめてください。まだ、なかに負傷者がいます。貴方様の息子も一緒なのですよ! それに、応援の魔導師殿が魔物と戦っている」
「いや、攻撃はおこなう。魔物との戦いでは、犠牲者はつきものだ。第一、これ以上に被害を出すわけにはいかん」
魔導師長は攻撃を命令した。
合図に合わせて、魔導師たちが次々と【火球】を放つ。
この魔法、攻撃に適した火属性魔法のなかでも、最も一般的なものだ。直径約十センチ、燃焼温度五百度ほどの赤い炎の塊。三十~五十メートルほどの射程距離がある。発射は十~二十秒に一発の割合だ。
この場には魔導師が六人もいるので、交互に撃てば絶え間なく攻撃できる。
あっという間に集会所は炎に包まれた。
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フゲンは予感に従い、すばやく後退。
直後、つい先刻まで彼がいた場所に【火球】が着弾した。
高温の炎が生じて、室内が真っ赤に染まる。
危ういところで、窓や扉から飛来する火炎魔法を避けることができた。
「うぉ、合図なしに、いきなり攻撃かよ。外の連中はなにを考えているのだ。避けるタイミングなぞ、あったものじゃないぞ」
指揮官クラスの誰かが攻撃命令を発したのだろう。
ソイツは考えなしの馬鹿か、あるいは味方殺しの汚名を被ってでも魔物撃退を優先する冷徹な人物かだ。
後者なら、なかなかに計算高い人間であろう。
犠牲といっても集会所には負傷者ばかりだし、そもそも死ぬ可能性が高い。
「まあ、情け容赦ない判断だが、理には適っている。とはいえ、巻き添えをくらう側としては納得できないがな」
フゲンは戦いを決着させることにする。
避難するか悩んだが、自分の孫を喰らった元老人の滅殺を優先したのだ。
いっぽう、魔人ジジイは状況変化に戸惑っていた。
「な、なんじゃ、なんじゃ? いきなり火事になってしもうたぞい」
まったくの無防備であった。
人間を越えるパワーを得ても、所詮は素人でしかない。先刻の戦い方でも判明したことだが、怪力を使いこなせていなかった。
さらに、つけ加えるなら判断が遅すぎる。
戦いに身を置く者であれば、刻一刻と変化する状況に対応すべきであろうに。でないと、あっという間に死地に追いやられてしまう。
フゲンは、腰の短剣を抜いて一気に前進。
相手は防御のために腕を振り回したけれど、その反応が鈍い。
襲いかかってくる剛腕を余裕で回避。相手の背後から膝裏を蹴りつける。体勢が崩れたところで、さらに敵の腕を逆関節に極めて地に転ばせた。
そのまま、首後ろから短剣をつき刺して、その身体を床に固定させる。
「ぐえぇぇ 」
魔人は情けない叫び声をあげた。
しかし、喉を短剣で貫かれているのに絶命していない。その生命力は驚異的なものだが、ただそれだけだ。
反撃する気力もなく逃げようと手足をばたつかせる。
「ダメだ、こいつ。弱すぎる」
強い意思があれば、反撃できるはず。
強靭な肉体を獲得しているのだし、その気になれば攻撃すら可能だ。それこそ、首半分が引きちぎる覚悟をもてば、身体を固定した短剣から脱出もできる。
まあ、もともとが羊飼いであったのだし、そんな戦闘狂じみた真似は無理か。
室内は炎が荒れ狂っていた。
外から次々と【火球】が着弾してくる。しかも、燃焼促進のために風属性魔法が加わってきた。
指揮をしているのは誰か知らないが、本気で魔物殲滅を図っている。犠牲者がでようとも、必ずバケモノを滅ぼすのだという強い意志が感じられた。
だが、フゲンは冷静だ。
というか慌てる必要はまったくない。
彼は地上活動のために肉体に宿っているが、天使なのだ。この程度のことで、焼け死ぬようなヘマはしない。
「【火精演舞】」
【術符】で魔法を発動させる。
周囲で燃え盛る火を操り、自分の身に炎をまとわりつかせた。火炎が意志あるモノのようにふるまい、彼の肉体を護ってくれる。
そのまま、片手を老人の身体へ押し当てた。
火炎は、ふたりを囲みつつ色彩を赤から青へと変化させる。つまり、色の変化は燃焼温度がさらに高温になったのだ。
魔人は碌な抵抗もできずに、焼け焦げて炭化してしまった。
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都市防衛隊長ライオネルは険しい表情で立っていた。
眼前の集会所が火炎に包まれている。
火の粉が荒れ狂うかのように空中を踊り、黒い煙がモウモウと広がっていた。村でいちばん大きい建物だけあって、一旦燃え始めるとその火勢は非常に強い。もう、消し止めるのは不可能だ。
つい先刻まで、彼は魔導師長と言い争いしていた。
味方が残っているにもかかわらず建物ごと攻撃するとは何事かと、鋭く詰問する。
一方の相手側にも言い分があった。
早く魔物を始末しないと被害が拡大する一方だと言い返してきたのだ。
双方共に理はあるが、いまは口論を止めている。
今となっては意味がないからだ。
ゴウゴウと燃え盛る建物の消火は無理なのだから。
とにかく、軍団長は魔法攻撃を中止させたが、もう、彼にできることはない。
できることと言えば、負傷者たちが自力で脱出するのを期待するだけ。
火炎と黒煙の奥に動きがあった。
それはひとりの男。
ヨタヨタとした足取りで建屋内部から出ようとしている。
何かを脇に抱え、もう片方の手で重いものを引きずっていた。
ライオネルはあわててその人影に近寄る。
「おい、だいじょうぶか? 」
人影はフゲンであった。
顔は煤で真っ黒だし、衣類は裂けて片肩がむき出しになっている。ただ、大きな怪我はない様子。事実、足取りはしっかりしていた。
「あぁ、ライオネルの親父殿ですか。魔物は焼け死にましたよ。あと、このふたりの手当をお願いします。
残念ですが、助けだせたのはこの二名だけです。他は、こと切れていたので救出を諦めました」
彼は脇に小さな子供を抱えている。
もう片方の手はぐったりした男の襟首をつかみ、引きずっていた。
「ああ。わかった。苦労をかけたな。感謝するぞ」
ライオネルは、フゲンの肩をたたいた。
そんな二人を兵士たちが取り囲む。
歓声をあげてフゲンの無事を喜び、その勇気を褒め称えるのだった。