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2-11.誘導


 フゲンは村落の外にいた。

 いまは夜、しかも深夜なのだが、幾棟もの建屋が燃えているせいで周囲は明るい。彼が立つ場所は半壊した防壁から十メートル以上も離れているのだが、それでもモワッとする熱気が伝わってきた。幸いにも風下なので、モウモウと湧きあがる煙やヒラヒラと宙を舞う火の粉に包まれることはない。


 空を見上げると、そこには宙を行き交う者たちがいた。

 それは都市国家エストムに所属する飛行部隊の兵士たちで、魔物に襲われている村人たちを救援するためにやって来た。

 当初、彼らは避難する村人を誘導し、魔物を牽制する予定であった。

 ただ、その目論見は大きく外れているが、その原因は視界が悪過ぎること。村落ばかりではなく、周辺の畑にまで火事が広がっていて、そこかしこから黒煙が立ち昇っている。

 飛行部隊の兵士たちが思うように行動できないのも当然だ。


「無茶をする。突っ込み過ぎると地上に激突するぞ」


 飛行部隊の兵士たちは、悪条件であるにもかかわらず突撃を繰り返していた。彼らは黒煙の間のわずかな隙間を見つけて魔物たちへの攻撃を敢行しているのだ。

 その行為は非常に危険である。

 下手をすれば距離感を誤って大地に激突する。ただでさえ夜間飛行は慎重を要するのに、今は火災現場から発生する大量の煙が視界を遮っている。空を飛ぶ者にはとんでもない悪い状況だ。


 にもかかわらず、飛行部隊の士気は非常に高い。

 彼らは市民兵であり、自分たちの家族や街を守ることが任務だからだ。同胞たちを救うための戦いにおいて、彼らは勇猛であり仲間を見捨てるようなことは決してしない。


 フゲンはそんな市民兵たちと行動を共にしている。

 とてもではないが、自分だけが手を抜くことはできない。少なくとも請け負った仕事はキッチリと働かねば面目が立たないというもの。

 ここからは天使調査官としての業務ではなく、冒険者として行動する時間であろう。


「ニャン助、現状の状況を教えてくれ」


『村落の外側にいる魔物は合計十二体、四グループに分かれて行動中。(あるじ)に最も近いのは東南方向約三百メートルの林のなか。避難している村人を追い廻している最中ですぅ』


 ニャン助の役割は情報管制だ。

 フゲンが事前に放っておいた魔導具【偵察球(エクスプランダー)】を操作して周辺状況の情報を収集する。さらに必要なデータを取捨選択してフゲンやランに伝えるのが黒猫(ニャン助)の仕事である。


 ちなみに、フゲンとランは別々に行動している。

 彼は村落の外側を、ランは内側を担当して魔物たちを村落から引きはがす予定だ。


「了解。では、直近の魔物たちを相手にしようか。それと、ニャン助はランと合流して彼女の補助をしてくれ」


 フゲンはニャン助から示された場所に向かって移動する。

 そこは村近くの雑木林で下草は刈り取られており、木々の間は適当な空間があった。普段から人の手で管理されているためか、それなりに奥のほうまで視界が通る。


 そこには十数人の人間とそれを囲む魔物三匹がいた。

 いずれも狼型で、先ほどランが始末した魔物と同類のモノが村人たちの周りをまわって、その場から逃がさないようにしている。


 魔物は人間を甚振(いたぶ)っていた。

 殺そうと思えばいつでも殺せるのに、適当に手や脚に咬みついては人間を引きずり倒して遊んでいる。

 見ていて胸糞が悪くなる光景だが、幸いなことに村人たちに死んだ者はいないようだ。男たちが鋤や鍬などを振り回して抵抗し、女子供たちを懸命に守っている。


 フゲンは腰のバインダーから【術 符(マーカム)】を引きちぎった。

 特殊加工を(ほどこ)した紙に魔法陣を描いたもので、それを左右の手に一枚ずつ合計二枚を前方の空間に押しやる。

 その動作で【術 符(マーカム)】は何もない空中で固定された。その様子は透明のガラス板に紙を張り付けたかのようだ。


「【風 槌(ベンツェ・マッレス)】」


 圧縮された空気の塊が魔物に命中。

 二匹の魔物はギャウンと情けない鳴き声を出してその場から吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がって、五メートルほど先の樹木に激突してようやく止まった。

 ただ、【風 槌(ベンツェ・マッレス)】は魔物に傷を負わせたが致命傷ではない。フゲンの放ったのは低位魔法で対象物を押しのける効果はあるが殺傷力は低いもの。


 その狙いは牽制のみ。魔物を始末するつもりはないし、目立つことは避けている。

 彼はあくまで脇役に徹する予定だ。魔物退治の主役はライオネル将軍をはじめとする市民軍兵士たちなのだから。


 フゲンは村人と魔物の間に割ってはいった。

 魔物を睨みつけたまま、背後の村人たちに声かける。


「ここは私に任せて逃げろ。魔物を引きつけておくから」


「た、たすかる」

「ありがとう、恩にきる」

「さあ、魔導師さまのおっしゃるとおりに逃げよう」


 村の男衆たちは感謝の意を示しながら、この場から離れようとする。

 しかし、彼らの背後で守られていた女子供たちの反応が鈍い。魔物への恐怖で泣き崩れる者や、状況の変化についてゆけず呆然とする者がいて動こうとしなかった。

 それでも男衆たちが女子供たちを(なだ)めすかして、なんとか安全そうな場所へと移動してゆく。


 その間、フゲンはヤキモキしながらも魔物を牽制し続けていた。

 低威力の攻撃魔法を放ち、ときには距離を詰めたりして逃げる村人たちに注意が向かないようにする。

 一方の魔物たちもフゲンと対峙しながら傷を修復していた。

 魔物の体表に蠢く透明のウネウネ、【別天の()みモノ】が傷口を覆って出血を止めようとしている。

 互いにちょっとした時間を欲していたが、それも僅かな(とき)でしかない。


「さて、村人たちも逃げおおせたようだな。こちらも戦いを再開しようか」


 彼は腰の専用フォルダーから板状のものを抜き出す。

 それは小さく折りたたんだ【風乗り板(ベンツェ・タブラー)】で、彼は宙に放り投げて展開させて飛び乗った。

 向う先は魔物二匹の間で、そのわずかな隙間に突っ込んで魔物を挑発する。


 フゲンと魔物の追走劇が始まった。

 挑発されて激怒した狼型魔物たちは脇目もふらずに逃げ行くフゲンを追いかける。もうちょっとで手が届きそうな、それでいて追いつかせない、そんな絶妙な距離を維持しつつ、彼は村落の外側を回った。


 そうこうするうちに、フゲンを追いかける魔物の数が増えてゆく。

 ニャン助の誘導にしたがって、散らばっていた魔物たちの場所へと移動していたからだ。むろん、途中で魔物の注意を引きつけ、逃げる人たちを助けている。

 面倒な作業であったが、その苦労のかいもあって村落外にいた魔物すべてを誘導することに成功した。


「ラン、そちらの様子はどうだ? 村内の魔物を連れ出せそうか? 」


「だいじょうぶ。二匹ほど殺したけど、残りは誘導できているわ。それと、ニャン助ちゃんとは合流できたからね」


「了解。では防壁門のあたりで合流しよう。ニャン助、合流のタイミングは任せる。うまく調整してくれ」


 フゲンは【風乗り板(ベンツェ・タブラー)】を右へ左へと滑らせる。

 燃える村落を中心にグルリと大きく周回して、出発地点の防壁門近くまでやって来た。その後を追いかけるのは魔物たち十二匹で、村の外にいたモノすべてだ。


 ランが半分崩れた門からとび出してきた。

 続いて数体の魔物が追いかけてくる。彼女は全力で走っているが、魔物のほうがわずかに早い。いずれ追いつかれてしまうだろう。


「ラン、合図にあわせてジャンプしろ! ニャン助、カウントを任せるぞ」


「り、了解」


『うん、わかったぁ~』


 ランは咄嗟(とっさ)に返事した。フゲンの意図が判らなかったが、とりあえず指示に従うことにする。彼の口調が有無を言わせぬほどに強かったうえに、ランは魔物の誘導に集中していて他のことを考える余裕もなかったためだ。


 ちなみに、ニャン助はランの懐のなかにいる。

 黒 猫(ニャン助)が燃える村落のなかに現れて、彼女と合流してきたのだ。その後、ニャン助が提示する情報を参考にして、ランは屋内に立てこもる村人たちを助け、村内を徘徊する魔物を退けつつ今にいたる。


『ランお姉さん、そろそろカウント・ダウンするよ~。三、二、一、いまぁ! 』


「それっ! 」


 ランはニャン助の合図でジャンプした。

 全力疾走していた勢いを利用した跳躍は高く、そして早い。ヒュウと風をきる音が耳に残るくらいの力強さで彼女の身体が宙に舞う。


 不意にウエストの辺りに力がかかる。

 急な干渉でベクトルの方向が変わったせいで、彼女の首がガクンと揺れてしまう。


「きゃっ」


 ランは抱えられていた。

 その体勢はいわゆる“お姫様抱っこ”で、彼女を支える腕の主はフゲンである。彼は【風乗り板(ベンツェ・タブラー)】で地表を滑空しながら、宙を跳ぶランをキャッチしたのだ。


 あまりの恥ずかしさにランの顔が赤面してしまう。

 自分が横抱きにされていることに気づくと、心臓がドキンとして身体がカッと熱くなってしまった。


「ち、ちょっと、なにすんのよ! 」


 ランは思わず手足をばたつかせた。

 高速移動する【風乗り板(ベンツェ・タブラー)】の上で暴れるなんて実に危険だ。

 でも、彼女はそのことに考えが至らない。ただひたすらに恥ずかしい思いが先にたってしまったから。

 その結果、【風乗り板(ベンツェ・タブラー)】のバランスが崩れてしまい、彼女の身体は重力がなくなったようにフッと浮いた。


「ひゃっ! 」


 ランは思わずフゲンにしがみついてしまった。

 彼女は身を縮こませて力いっぱい彼の身体に(すが)りつく。


「あ、暴れるなラン。ジッとしてないと危ないじゃないか」


「ご、ごめんなさい」


 ランは顔を赤らめつつ小さくうなずいた。

 己の気持ちとは裏腹に激しく鼓動する心臓が(うら)めしい。彼女はフゲンに気取られやしないかと心配する。

 同時にちょっとばかりの安心感を覚えていた。

 見た目よりもフゲンは(たくま)しいのだなと、彼女は場違いな思いが浮かぶ。背後には追いすがる魔物たちがいて緊迫した状況であるにもかかわらずだ。


 そんなランの微妙な心情を知ってか知らずか、フゲンが声をかけてくる。


「このまま、魔物たちを誘導する。ランを降ろす余裕はないからこのまま移動するぞ」


「り、了解」


 フゲンは【風乗り板(ベンツェ・タブラー)】を巧みに操り地表近くを滑空する。

 それを追いかける十数匹の魔物たち。

 彼は、魔物に追走を諦めさせないような距離を保ちつつ、火事で燃える村落から離れてゆく。これで村人たちは安全に避難できるだろう。


 彼は腰に味方識別用のロープを装着していた。

 それは発光する魔石を組み込んだもので五メートルほどの長さのもの。上空から見れば、白光のラインが真っ暗な大地に浮かんで見えるはずだ。

 その目的は味方の飛行部隊に報せるため。

 フゲンとランが魔物たちを村落から引き離して誘導していることを、上空の有翼人種の兵士たちは気づくはずだ。


「よし、判ってくれたな」


 部隊長らしき人物が左右に翼を揺らして合図してくる。

 さらに村落の上空にいた小隊もこちらに気づいたようで、フゲンの頭上に集まってきた。

 しばらくすると、飛行部隊は意思疎通をはじめる。

 それは独特の身振り手振り(ゼスチャー)で、言葉を介したものでないが、かなり細かなやりとりができるもの。


 やがて、有翼人種の兵士たちは三つに分かれた。

 一つめの編隊は、フゲンを追走するように飛行する者たち。

 彼らはフゲンたちを守るように動き、ときおり魔物を牽制するように上空から石弾を投下する。


 二つめの編隊はフゲンを誘導する役目。

 彼らはフゲンの前方に位置して、白色に発光する味方識別用ロープをなびかせている。しかも彼らは真っすぐに進むのではなくて、フゲンが移動しやすいルートを選んでくれた。


 三つめの編隊はさらに前方で、フゲンから見るとかなり遠方にいる。

 彼らの近くに応援部隊がいるのだろう。

 というのも、飛行小隊から発光魔石が投下されたからだ。空中に赤色や黄色の光のラインが落ちてゆき、それに呼応するように地上から白色光が立ち昇る。

 後続の応援部隊が了解の意を示したに違いない。


 フゲンはそれを見てホウと感嘆の声をあげる。


「さすが、ライオネル将軍配下の兵士たちだ。練度が高い。やることに無駄がないうえに、部隊間の意思疎通がしっかりしている」


 フゲンは背後をチラリと見やる。

 後ろには十数匹の魔物たちがすごい勢いで走っていて、いまにも追いつきそうなくらいだ。そんな魔物たちを挑発するように、フゲンは【風乗り板(ベンツェ・タブラー)】を操り地表を駆けゆく。


「ラン、窮屈だろうがもう少し辛抱してくれ。後ろの小うるさいケダモノたちを引き連れてライオネル将軍の元まで移動する。それで今回の請負仕事は終わりだ」


「し、しかたないわね」


 ランは小さく返事をした。彼女は、フゲンと密着した状態が続けば良いのにと思ったが、すぐにそれを否定する。

 こんな気持ちは一瞬の気の迷いだ。

 自分は研修中の新人天使で学ぶべきことは多く時間は限られており、物理的にも精神的にも余裕なんてありはしない。早く一人前の天使と認められるように頑張るべきだ。


 ランは大きく息を吐きながら己を戒めた。



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