2-07.月夜の出撃
フゲンとランは飛行小隊の元へ向かった。
小隊長は梟人種の男で、戦闘直前であるにもかかわらず彼の態度は落ち着いている。その様子から戦歴を積み重ねた古強者であることが読み取れる。
「こんばんは、小隊長さん。私はフゲン・バドラ。ライオネル将軍から第一陣に加わるように依頼された者です。
こちらはラン・ラムバー。我々ふたりは貴官の指揮下に入りますのでよろしく」
「こんばんは、ランです。よろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく。フゲン殿、貴方のお名前は存じ上げていますよ。
今回はあなたの力を頼りにしています。我々飛行小隊は魔法が使えない一般兵ばかりですからね。一方、あなたがたは魔導師ですから打撃力も大きい」
フゲンたちは小隊長と役割分担についてうち合わせを行う。
飛行小隊は魔物の牽制と誘導、フゲンとランは魔物への直接攻撃といったぐあいだ。とはいえ、あくまで大雑把な方針といった程度の決めごとでしかない。急なチーム編成であり、それ以上の緊密な連携は不可能なためだ。
とにかく早く問題の村落に到着して魔物を抑え込めば、彼らの目的は達成である。それ以上のこと、つまり魔物退治は第二陣の役割なのだから。
そんな会話をしていると、ライオネル将軍がやって来た。
彼は、間もなく出発する第一陣の兵士たちを見送るために訪れたのだ。将軍の態度は堂々としたものであり、この人物の指揮下にあれば勝てると思わせるだけの威厳を漂わせている。
そんな彼が飛行部隊の兵士を前にして簡単な演説を始めた。
「戦友諸君、心して聞いてもらいたい。問題の村の住人達が助かるかどうかは君らの働き如何にかかっている。できるかぎり早く村落へ到着し、魔物を一般市民から引きはがしてくれ。諸君らの健闘を祈る」
「了解であります! 」
兵士たちの士気は非常に高い。
その理由は彼らが市民兵であるから。ここ都市国家エストムでは市民権保有者は兵役義務があるが、その目的は自分たちの家族を守ること。
そのため、自国防衛における市民兵の士気は高い。
彼らの意気込みは、雇われの傭兵や自由意思のない奴隷兵とは比較にならない。魔物は強大な敵であるけれど、絶対に同胞を守るという意志こそが彼ら市民兵の強みなのだ。
フゲンは、兵士たちを激励し終わったライオネル将軍に声をかけた。
ランを紹介するためだ。
「私と同じように、このランも【風乗り板】を扱える。しかも彼女は魔導槍士だから近接戦闘もこなせるしね。優秀だし頼りになるぞ」
「おお、それは心強いことだ。ラン殿、どうか我らの同胞を助けてやってくれ」
「はい、了解しました。できるかぎりのことはさせていただきます」
ランは礼儀正しく挨拶をする。彼女の態度は冒険者らしからぬもので、軍務経験者がもつ特有の折り目正しさがあった。
実際のところ、彼女は天使になる前、つまり人間であった時代なのだが、彼女は軍隊に所属していた経験がある。彼女はライオネル将軍を相手にしていると、つい軍役時代の癖が思わずでてしまったのだ。
そんな彼らのなかに、強引に割り込んでくる者がいた。
その人物はパナティクス・クラウディウスという魔導師たちのまとめ役だ。貴族でもあり、都市国家エストムのお偉いさんでもある。
「ライオネル将軍。ちょっとよろしいか。先刻、小耳にはさんだのだが、第一陣の部隊に冒険者を参加させるらしいな。それは誠のことであろうか? 」
「おお、これはパナティクス殿。貴公のご質問のとおり、このフゲンたちには飛行部隊に同行してもらう予定だ。彼らは貴重な存在でな。飛行能力を持つ魔法使いである。戦力としてアテにできると判断したので、ワシが冒険者組合経由で依頼を出した」
「なんと……、儂は反対だ。どこの馬の骨とも判らぬ輩に助力を求めるなど恥であろうに」
魔導師長パナティクスの言い分は、自国の兵力だけで救援部隊を編成すべきというものであった。
都市国家エストムには充分な戦力があるのだし、外部への助力依頼は不要だ。ましてや、冒険者は不逞な連中の集まりにすぎず忠誠心や遵法精神など持っていない。そういった内容のことを彼は滔々と述べてゆく。
要するに彼の主張はフゲンとランを外せという内容である。
ライオネルは、ひと通り魔導師長の言い分が終わるのを待った。
そのうえで将軍は威厳に満ちた声で返答する。
「魔導師長殿の意見は拝聴するが、国家防衛の最高責任者はこのライオネルである。その職にあるワシが諸般の事情を勘案して判断したのだ。ワシがくだした最終決定には従ってもらいたい」
「むむ、将軍がそこまで言うなら仕方あるまい。ただ、儂が野良の魔導師を除外すべきだと意見具申したことは覚えていてもらおう」
魔導師長パナティクスは捨て台詞を残して足早に立ち去った。
ライオネル将軍はその後ろ姿を見やりつつ、フゲンたちに声をかける。
「フゲン。ラン殿。気を悪くしないでくれ。あの魔導師長は古くから続く名門貴族の出身でな。国家への忠誠心と愛情が強すぎて精神に余裕がないのだよ。ワシに免じて許してやってくれ」
「ええ、気にはしませんよ。何を言われても、私たちは依頼をこなすだけですから」
実際、フゲンは魔導師長の言葉を軽く聞き流していた。
彼にしてみれば、今回の依頼は片手間仕事でしかない。新人天使であるランに実地研修させる機会があれば、なんだって構わないのだ。フゲンは再びライオネル将軍に気にしていないと告げた。
そうこうしているうちに、第一陣が出撃する予定時刻が近づく。
彼ら飛行部隊がいるのは都市防壁の上に建てられた飛行発着塔で、そこは有翼人種専用の出撃場所になっていた。発着塔の最上部は平坦な造りになっており、端には頑丈な板橋が中空に伸びている。
飛行部隊の小隊長が第一陣の出発を命令した。
有翼人種の兵士たちが次々と空中へ身を投げ出し、夜空を飛び立ってゆく。
フゲンとランは飛行部隊の兵士たちが飛び立つ様子を眺めていた。
彼らは最後に出発する予定だし、脇役に徹するつもりである。今回の村落救援の主役は市民兵たちであって、フゲンたちは助力を乞われた冒険者でしかないからだ。
「今回の仕事では目立たないように立ち回ってくれ。我々はあくまで手伝い役だ。華々しい戦果は市民兵に譲るようにしくれ」
「わかったわ。わたしたちの実力は中堅冒険者級ということになっているものね」
「ああ、そのとおりだ。変に高い功績をあげて注目をあびるのは避けたい。調査官としての行動に差しさわりがでるからな」
フゲンは眼前に防風ゴーグルを降ろした。
彼の装備品は特別仕様だ。グローブや飛行帽は耐寒性に優れているうえに耐物耐魔法防御の性能がある。また、アンダーウエアなどの着衣も同じ機能があって、そこら辺の防具よりも頑丈だ。見た目こそ地味なのだけれど、何気に高品質なのである。
「起動」
フゲンは風乗り板に軽く魔力を通した。
刻み込まれた魔法陣が反応して浮力が発生して、板がふわりと浮かぶ。それを前方に放り投げ、彼は弾みをつけて走り乗った。
「いっけ~ 」
フゲンは勢いよく飛行発着塔から空中へと飛びだす。
S字を描くように重心を左へ右へと動かして、吹き抜ける風を捉えた。上昇する空気の流れに乗ったところで、一気に風乗り板の出力を上げる。グンと加速度がついて、身体が後方にもっていかれそうになるが、上半身を前傾させて耐える。
飛行態勢が安定させたのち、彼は後方を見やった。
ちょうど、ランが飛行発着塔から飛び出していた。
彼女は風乗り板の初心者であるが、この飛行用魔導具を操る姿は安定している。危なげな様子は微塵もない。
よほど性にあっていたのだろう。空を飛ぶことを心底から愉しんでいるのが、傍からみても判るほどであった。
フゲンは前方に視線を移すと、雁行隊形を組む兵士たちが見える。
彼らは小隊ごとに飛行編隊を形成し、先頭には小隊長、その斜め後方に四名の兵士が追随していた。そんな飛行編隊が五つ、適当な距離をあけて夜空を移動してゆく。
飛行兵は白い光の帯を引きながら飛行していた。
暗い夜空のなかにボンヤリと浮かぶ光のラインは幻想的で美しい。
この光の正体は味方識別用のロープだ。
それは五メートルほどの長さのロープに発光する魔石を組み込んだもの。視界の悪い夜間、味方同士の接触を防ぐためのもので、飛行兵ひとりひとりが装着している。もちろん、フゲンとランもこのロープをつけていた。
フゲンの眼下には仄かに明るい地上が広がっている。
月明かりが大地を照らしており、森や平原などが判別できる程度には明るい。とはいえ、夜間飛行は危険だ。彼らは安全確保のため高度を高めにとっている。
暗い地上に松明の列があった。
明々と燃える松明は百以上もあって、それが整然と等間隔に並んで移動している。
松明を掲げているのは歩兵たちだ。三個小隊三百人もの歩兵が隊列を組んで問題の村落を目指している最中である。
彼ら歩兵部隊が移動命令を受けた時点では、火災の原因は不明であった。
村落で何があったのか把握していないにもかかわらず、ライオネル将軍は最悪の事態を想定して部隊派遣を決定している。
つまり、彼らは村落が魔物に襲われていることを知らない。万が一の用心のために移動しているだけだと思っているのだ。
フゲンはこうした事情をライオネル将軍から聞かされていた。
また、それに対応するための仕事も依頼されている。
「さて、最初の頼まれごとを片付けようか」
フゲンはひとり飛行編隊から離れてゆく。
歩兵部隊の上空まで近づき、発光魔石を投下した。赤い光の筋を描きながら落下する魔石は三つ。その意味は“敵の襲来”を示す。
暗闇のなか、発光魔石は空中に赤いラインを描きながら落下してゆくのだが、それは妙に禍々しい。
地上の松明が大きく揺れた。
同時に、オオッとどよめく声が空中のフゲンにまで聞こえてくる。
歩兵たちが動揺したのだ。
問題の村落が魔物に襲われているかもしれないという“想定”が“確実”になったのである。これから始まるのは魔物相手の実戦であり、彼ら歩兵たちが緊張するのも当然のこと。
しばらくすると、地上からひと筋の緑色光が上がってくる。
それは発光魔石で、“了解”を意味する合図だ。歩兵部隊はゆく先に魔物がいることを認識したのである。
彼らは移動速度をあげて問題の村へと向かうはすだ。とはいえ、徒歩での移動なので到着は数十分後になる。同じ頃にライオネル将軍が率いる騎兵部隊もやって来るだろう。これだけの兵力なら村落を襲う魔物たちを撃退できるはずだ。
フゲンはゆっくりと旋回する。彼の行動は地上からの合図を認識したと示すものだ。
その動きを受けて、幾つもの松明が大きな円を描くように動く。
ごく簡単なサインでしかなかったが、それでも彼らの意図は伝わる。歩兵たちは“健闘を祈る”だとか“すぐに追いつくからな”とかそんな気持ちを込めていたのだ。
それを見てフゲンは小さく笑みを浮かべる。
「その気持ち、たしかに受け取った。まあ、報酬金額分の働きはしっかりとするつもりですよ、とっ」
フゲンは地上部隊から離れて上昇する。
先行する第一陣の飛行部隊に追いつくために、彼は風乗り板の速度をあげた。




