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2-04.都市国家エストム


 フゲンは朝食の準備をしている。

 大瓶に貯めた水を鍋に移し、火をかけた。沸騰した湯に燻製肉と乱切りした野菜を放り込む。塩と香辛料で味を調(ととの)えて、最後に小皿にスープをすくって味を確かめた。


「うん、イイ感じだ」


 フゲンは満足げにうなずくが、その頭髪からは煙が立ち昇っている。

 髪の毛が少しばかり焦げて(ちぢ)れているけれど、別に料理で失敗したワケではない。原因はニャン助のモーニング・コールのせいである。


 ニャン助の起こし方は過激だ。攻撃魔法であったり質量弾爆撃であったりと、少しばかり強烈な方法でフゲンを起床させる。


 これはニャン助が悪いのではない。

 悪いのはフゲンであって、その原因は彼の極端な寝起きの悪さだ。特に安全が確保された場所で寝るとなかなか起きることができない。そんな彼をニャン助は優しく声をかけて目覚めを(うなが)すのだけれど、その程度でフゲンは起床しないのだ。


 結局、ニャン助は強制的にフゲンを目覚めさようと試みる。

 まあ、彼はこの仕事は嫌いではない。むしろ、(たの)しんでいるくらいだ。ちなみに、今朝の方法は電撃魔法だ。フゲンの頭髪が焦げているのは高圧電流を浴びたせいである。


「さあ、召しあがれ」

『いただきま~すぅ』


 今朝のメニューは軽めのもの。肉と野菜のスープと堅パン、チーズひと欠片に干しイチジクを少々。ニャン助も同じ内容で彼専用の小皿に取り分けている。


 フゲンたちがいる場所は岩沙漠の活動拠点(ベース・キャンプ)だ。

 ベース・キャンプといっても簡便なものではない。本格的な造りになっていて、長期間の使用に耐えられる構造になっている。岩山を魔法で掘削してできた空間だ。彼らふたりが生活するには充分に広くて、なかなかに快適である。


『ねぇ、あるじぃ()。食料品の備蓄が少なくなってきたから、そろそろ補充しないとぉ』


「確かになあ。今日は街へ行く予定だからついでに仕入れをしよう。購入品のリストを用意しておくれ」


 フゲンは備蓄用の部屋を見やった。

 そこはキッチン兼食事部屋の奥、壁一面のすべてが食料品を格納するスペースになっている。

 ただ、並んでいる食料品は少ない。燻製した肉の塊や箱詰めの根菜類、乾燥果物(ドライフルーツ)などが並んでいるが、倹約して使っても残り一週間分の食料しかない。ニャン助が指摘したとおりだ。


 食事後、フゲンは外出の準備を始めた。

 テーブルの上に必要な小道具やら装備品やらを並べてゆくのだが、それらは歪みなくキッチリと等間隔を保っている。そのきれいな並びは(いささ)か几帳面すぎる感じで、彼の性格が如実に表れていた。


「財布、よし。工作用の小型ナイフ、よし。【術 符(マーカム)】その一からその三まで、よし。護身用の短剣…… 」


 彼は物品ひとつひとつを指差し言葉にしてゆく。

 これは【指差呼称】という確認方法だ。彼にとってこれは第二の本能といっても良いくらいに習慣化している。外出前の装備確認は手慣れたもので、彼は儀式めいた手順で準備を済ませた。


「ニャン助、先に行くよ」


 フゲンは部屋奥の階段を上る。階段は岩盤をくり抜いて作ったもので、終着点は岩山の(いただき)だ。部屋からの高低差は五十メートルもあって徒歩で昇り降りするのは結構たいへんである。


 岩山の頂上から周囲を見渡した。

 東の空だけが薄っすらと明るい。ようやく太陽が地平線から登り始めたからだ。雲は朝日を受けて黄金色に染まっていて思わず息を飲むほどにきれいである。


 冷たい空気を感じながら大きく深呼吸する。

 吐息が白くなるほどに気温は肌寒い。ここ岩沙漠地域は寒暖の差が激しい。昼間は灼熱地獄と化すし、夜明け前は霜が降りるほどに低温になる。肌寒くて身が凍えそうなくらいだ。


 ニャン助が遅れて頂上にやってきた。黒 猫(ニャン助)はフゲンが担ぐ背 嚢(はいのう)を器用に開ける。頭から入り込んで中でモゾモゾと動き最後に頭だけをヒョコリと出した。


あるじぃ()、準備できたよぉ。』


「了解。では、出発しようか」


 フゲンは【風乗り板(ベンツェ・タブラー)】に魔力を通した。

 組み込まれた魔法陣が反応して浮力が発生する。彼は(タブラー)を前方に放り投げて、それに勢いよく飛び乗った。


「いっけ~」


 岩山の頂から空中へ身を躍らせる。

 下から吹き上げてくる風を捉えて一気に上昇、高さ三百メートルほどの辺りで高度を維持した。

 そのまま岩山を中心に何度か周回して周辺に異常がないかを確認する。彼は問題と判断したのち、さらに高度を上げて目的地へと向かった。






■■■■■


「毎度のことながら人が多いなぁ」


 フゲンは城門の前で並んでいる。

 あたりは行列をつくる人々でいっぱいだ。交易で栄える都市ならではの人の多さであり、人種もさまざまで普人種や獣人種、森精人種(エルフ)などがいた。彼らはみな、都市に入るための順番待ちをしている。


 都市国家エストム。

 海岸部と内陸部を結ぶ主要路の中間点にあり、立地上の利点を生かした交易と、周辺で産出される鉱物の生産加工で栄える裕福な都市国家だ。

 街は標高百メートルほどの台地の上にある。

 三方は切り立った崖、残りの一方は緩やかな斜面になっているが、そこには頑丈な防壁がある。外敵の侵入は難しく防御力に優れた都市だ。


 城門には門番兵が常駐している。

 都市への出入りは基本的に自由であるが、それなりに治安は保たれていた。彼ら門番兵が怪しい(やから)の侵入を防いでいるからだ。


「おっ、フゲン。ひさしぶりだな。元気にしていたか? 」


「やあ、こんにちは。東の辺境部で魔物がらみの騒動に巻き込まれて大変だったよ。それとこれは土産だから皆で食べてくれ」


 フゲンは知り合いの門番兵に辺境部の特産品を手渡した。

 安価だし量も少ないが、そこは“気は心”というもの。相手は門番兵だけれど、気安く話せる人物だし友人でもある。

 ちょっとした心づくしは大切だ。門番兵たちと軽い会話をした後、彼は都市へと入った。


 都市国家エステムの道は石板で舗装されている。両脇の建物も石積みか土壁製だけれどしっかりした造りの建物ばかり。この都市は裕福なので、道路や建築物などに金をかける余裕があるのだ。


 フゲンは商業地区へと向かう。

 その区画は多数の店舗が建ち並んでいて、さまざまな物品が取引されていた。新鮮な野菜や肉類などの食料品をはじめ、(ぜい)を凝らした宝飾品が陳列されているかとおもえば怪しげな薬品が並んでいたりする。猥雑で胡散臭いが、にぎやかで活気あふれる区画だ。


 彼はとある店の扉をあけた。

 店内は広くてゆったりとした空間がひろがっている。テーブルや椅子などは高級品ながらも華美にならず上品にまとまっていた。

 さらに、店内は静かで外の喧騒が聞こえてこない。理由は壁や扉が分厚くて音を遮断しているためだ。眼に見えないところにお金をかけるほどにこの店は余裕がある証拠である。


「こんにちは、店主殿」


「おや、フゲンさま。お久しぶりですね。いつ、こちらへお戻りになったのですか? 」


 フゲンは都市に到着したばかりだと返事した。

 カウンターの奥にいる店主はニコニコと笑いながらうなずく。他愛ない挨拶をしたのち、互いが見聞きした情報の交換が始まった。

 

 そこには微妙な駆け引きがある。情報の大切さ知る者同士、相手が提供するモノの価値に見合うだけの情報を差し出す。互いに一方的な貸しや借りを作らないのが暗黙のルールである。まあ、双方は気心の知れた仲でもあるし適当なところで折り合いがつく。


「さて、店主殿。今回の持ち込み品はこれだ」


 フゲンはテーブルの上に小さな袋を十個並べた。

 袋の中身は香辛料。ここ都市国家エステムから遠く離れた場所から仕入れたものばかりで流通量が少ないうえ購入を希望する者は多い。おのずと大変な高額で取引されるし、消費者は裕福な者に限られる。


 彼はこういった品々で小遣い稼ぎをしていた。

 【風乗り板(ベンツェ・タブラー)】という飛行能力をもつ魔導具があればこその(あきな)いである。この飛行用魔導具を使えば遠隔地への移動は簡単だ。しかも、徒歩や馬車とは比較にならないくらいに短時間で往復できる。


 ただし、欠点もある。それは運べる荷物量が少ないこと。なので、彼が扱う物品は軽量で嵩張(かさば)らずかつ高値であることを条件にしている。

 それに適合するのが香辛料の(たぐい)であった。彼が持ちこむものは、カルダモンやシナモン、桂皮、ショウガ、ウコンなどが中心で、たまに絹などの上質の織物や宝石類が加わることもある。


 店主はフゲンが出した袋の中身を取り出す。


「おお、珍しいものばかり。しかも品質が良いですな。特に今はサフランが品薄なので、高めの値段で買い取りをさせて頂きますよ。

 代わりに当方のお願いをきいてはくれませんか? 実は多くのお客様から引き合いがありましてね。もう少し量を増やすか、持ち込みの回数を増やすかを頼みたいのですよ」


「う~ん、それはむずかしいかな」


 フゲンは否定的な言葉を返した。

 本業の交易商人たちとの競合を避けているからだ。香辛料関係の市 場(マーケット)を荒らすつもりはないし、ガッついて大儲けするつもりもない。やり過ぎて、交易商組合の連中から目の(かたき)にされたくない。

 彼が持ち込む物品は少量高品質で競合しないから、むこうも黙認もしてくれるのだ。この程度の持ち込み量がちょうど良い加減なのだと、フゲンは店主に告げる。


 それを聞いた店主は大袈裟に落胆してみせる。

 しかしそれで終わらないのが、長年大商いを続けてきたやり手の店主殿である。大口の顧客の要望には逆らえないのだと、彼は切々と訴えてくる。その様子は芝居がかっているが、妙に説得力があった。よほど困っているようだ。


「わかったよ、店主殿。今回かぎりということで少しばかり量を増やすよ」


 フゲンはやれやれといった表情で応じる。

 とはいえ、この程度の譲歩は想定の範囲内であるし、店主もギリギリの範囲を見極めていたのでこれ以上の要望を出さない。互いに妥協できる範囲で(あきな)いの交渉は終了する。


「で、店主殿。話を変えるが、いつものように食糧品や日用品の手配を頼む。分量はいつものとおりだが、内容は少し燻製肉を多めで。その他は任せるので野菜の種類は適当に組み合わせて欲しい。引き取りは一週間後の予定なので、それまでに間に合わせておいてくれ」


「かしこまりました。では、早速ご注文の品々の手配をしておきます」


 フゲンは商談を終わらせて店を出る。

 のんびりした歩調でブラブラと街中をゆく。向かう先は多くの宿屋が集まる区画で、外来者たちが集まる場である。


 フゲンは常に宿を変える。

 意図的に常宿を決めないし、ときには娼館に滞在することもある。客筋の良い高級娼館は意外にも警備体制がしっかりしていて安全度が高いのだ。

 さらに宿を利用しないときもある。その際は貴族や大手商人の屋敷に泊まらせてもらうのだ。

 差し出す対価は情報である。

 彼は活動範囲が広く遠隔地の情報も豊富のなので、それらを土産話として提供すれば喜ばれる。とにかく、彼は泊まる場所を変えるようにしているのだ。


 彼が常宿を決めない理由は安全確保のため。

 なにせ、彼の真の仕事は『この世界の生き物を完全消去すること』だ。この任務は完全に秘匿すべきものである。


 ゆえに、フゲンは同僚の天使たちにさえ秘密にしていた。

 このことを誰にも話していないし気取(けど)られるような真似もしていない。

 知られてしまえば、妨害されるかもしれない。下手をすれば仲間である天使から物理的な排除、つまり殺される可能性だってあるくらいだ。

 おのずと、彼は慎重になる。その一環として、自分の行動を不規則にして襲撃者の予測を外すことを心がけていた。


 また、彼は外泊先では特殊な眠り方をしている。

 それは“半球睡眠”というもので右脳か左脳のどちらかだけの半球が眠るのだ。普通の人間は“全球睡眠”であり寝てしまうと周囲の状況がわからないが、“半球睡眠”だと常に片方の半球脳は覚醒している。


 彼はなにか異常があっても即座に対応するために“半球睡眠”を身につけた。

 外出先では警戒して“半球睡眠”であり、彼は完全に眠ることをしない。彼は安全確実な場所でのみ“全球睡眠”するのだ。


 ちなみに、“半球睡眠”をする動物は多い。

 たとえば、ツバメやカモメなどの渡り鳥だ。彼らは何日もぶっ続けで飛んでいるが、実は半分眠りながら飛行している。

 また、イルカやクジラなどの海洋哺乳類もそうだ。彼らは肺呼吸なので定期的に海面にあがる必要がある。呼吸するために、夜間でも脳の半分は覚醒していたりする。


 今回、フゲンは高級宿屋に泊まることにした。防犯面に問題はなさそうだし、食事も期待できるだろう。明日は新人天使のランと会う約束なので、彼は早めに就寝することにした。


 深夜、誰もが寝静まっている時刻。


 フゲンが泊まる高級宿で騒ぎが起きた。

 数人の男たちが大声で何かを叫びながら玄関の扉を激しく叩いたのだ。すぐに従業員が深夜の来訪者に対応するが、宿泊者の多くは目を覚ます。


 フゲンもこの騒ぎで目覚めた。異常を感じるとすぐに周囲の気配を確かめ、同時に手早く衣類を着込み武装を整える。

 耳をすませば、宿屋の主人と来訪者の問答が微かに聞こえてくる。どうやら、宿泊客を調べるようなことを言っているので治安部門の役人のようだ。


「深夜だというのに迷惑なことだ」


あるじぃ()~。誰か知らないけど、こっちに来るみたいだよぉ』


 ニャン助は警戒している。彼の耳はよくない兆候を捉えたようで、背中の毛を逆立てていた。


 真夜中の乱入者たちが階段を昇ってくる。

 荒く乱暴足音がフゲンの部屋の前でとまり、部屋の扉をドンドンと乱雑にたたき出す。


「開けろ、扉をすぐに開けるのだ! 」


 フゲンはチッと舌打ちする。

 相手が何者か分からないし、いきなり乱入されるような覚えはない。彼の真の仕事について情報が漏れる可能性はないはずだ。大丈夫だろうと思うが用心するに越したことはない。


 彼は慎重に扉を開ける。すると、大柄な男が扉の隙間に手を強引に差し込み、部屋へと入り込んできた。


 相手は完全武装の兵士が三人。飾りのついた兜をかぶり、上半身は金属板を重ねた胸甲で覆われている。大盾や槍こそ持っていないが幅広の両刃の短剣(プギオ)を腰に装着していた。


 先頭に立つ隊長格の男が(いか)めしい声で問いかけてくる。


「この部屋の宿泊者はフゲンと聞いている。間違いないな? 」


 フゲンはウンザリして内心でつぶやく。


 ―――こいつら何が目的だ? しかも、都市に到着した当日に探し当てるなんて、どこから情報を得たのだろうか……。



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