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00-02.天使の仕事は


 私は【天使】である。


 それは数多(あまた)の宗教に登場する存在。

 神様の代理役として生き物の生死を(つかさど)る。あるいは、人間を守護する役目を(にな)うとも言われている。


 だが、恐ろしい存在でもあるのだ。

 ヨハネの黙示録では、天使は強力で無慈悲な者として記述されている。不心得者たちを滅ぼすために地上に災いを撒き散らかすからだ。

 所説あれど、【天使】は超絶的なパワーを持つ神聖な存在である。


 ただし、私に言わせれば実態はかなり違う。


「あぁ、天使になんてなるんじゃなかった。あの時の自分を殴りつけたい。契約内容を確かめずに承諾なんてするなんて本当に迂闊だった」


 私は愚痴をこぼした。

 当時のことを思い出すと頭を抱えたくなる。


「そもそも、あの勧誘官の奴が悪い。ひとが失意のどん底にいるときを狙って言葉巧みに誘導するなんて“悪魔”だ。

 ん? “悪魔みたいな天使”の表現が正しいのかなぁ? 

 いや、ヤツは絶対に“天使の皮を被った悪魔”のはずだ。

 でも、悪辣(あくらつ)な性格でも天使だから、“天使のような悪魔の皮を被った天使”のほうが…… 」


 スパッーン! 


 メイドさんが【ハリセン】で私の後頭部を叩きつけた。


 そう、あの【ハリセン】だ。

 戦争と復興の(昭和)時代、兵士(観客)たちを独特な音の響きで士気高揚(爆笑)させた伝説の魔法具である。


 なぜ、メイドさんが【ハリセン】を持っているのか不思議だ。

 若く見みえるけど、戦争と復興の(昭和)時代の魔法具を使うとは。

 もしかして、彼女は結構なお歳ではないでしょうか? 


「なに訳の判らないことを(わめ)いるのですか。それ以上に、あなた不遜なこと考えていませんか? 」


「い、いえ。そんな滅相もございません」


 私は即座に謝罪した。怒れるメイドさんに恐れをなしたからだ。

 それにしても受けたダメージが大きくて眩暈(めまい)がする。伝説の魔法道具(ハリセン)のせいで、視界には小さな星がキラキラと(またた)いてるせいだ。


 それはさておき、私は本当に天使に転職したのである。


 過去の私は、不幸の三連発に見舞われて己の人生に絶望していた。

 最初の不幸は会社が倒産して無職になったこと。

 次の不幸はつき合っていた彼女にフラれたこと。


 最後の不幸は狂犬病に感染したこと。

 原因は野良猫だ。“猫”に咬まれて狂“犬”病だなんて出来(でき)の悪い冗談である。

 笑えないことに、狂犬病には効果的な治療法がない。狂犬病は発症したら確実に死に(いた)る不治の病なのだ。


 当時の私は不幸のどん底にいた。

 できることは何もなく、集中治療室で苦しみながら死を待つだけ。そんな時に勧誘役の天使が声をかけてきて、私はよく考えもせずに契約に合意したのである。


 私はごく普通の小市民だった。決して聖人君子のような立派な人格者ではない。

 犯罪のような反社会的なことはしていないが、他人様には口外できないような恥ずかしい行為だってしたこともある。自分でいうのもなんだが、決して天使なんて(がら)ではない。


「私は勧誘官に文句を言いたかっただけだ。アイツは甘言でひとを騙したんだぞ。天使稼業がこんなに過酷な仕事だと知っていれば絶対に誘いを断っていた。

 それでも私は職場放棄せずに頑張っているんだ。せめて長期休暇くらいくれたっていいじゃないか。なあ、そう思わないか? 」


「確かに仕事がキツいのは認めるわ。でも、休暇は一定間隔でもらえるし、ときどき特別休暇だってあるでしょうに。そもそも、あなたが望んでいる長期休暇ってどれくらいの期間なのよ? 」


「三百年間だ! 」


 バコン! 


 【金属タライ】が私の頭上に落ちてきた。


 そう、あの【金属タライ】だ。

 伝説の魔法具【ハリセン】と双璧をなす戦争と復興の(昭和)時代の偉大なアイテムである。伝説の英雄集団である“流れ漂う者たち”(ドリフ〇ーズ)が愛用した決戦兵器だ。言い伝えによれば、群れなす敵兵(観客)恐怖(笑い)のどん底に叩き込んだとされる。


 どうしてメイドさんが幻の魔法具(金属タライ)を使いこなしているのか不思議である。

 やはり、貴女は相当なお歳だと思うのですが、実際はどうなのでしょうか? 


 バコン! バコン! 


 究極の決戦兵器(金属タライ)が二連発で落ちてきた(お約束)。


 私は頭を強打されて転倒する。

 恐る恐るメイドさんの様子を確かめると、彼女はすごい顔つきで睨んでいた。


 ―――私の考えがわかるのか! 


 ここは下手な言い訳などせずにあやまるしかない。

 とりあえず、私は土下座で反省の意を示すことにした。


 こんな茶番は終了させて話を戻そう。


 天使の仕事は過酷だ。

 聖なる存在といった印象が強いが、その実態はたいへん忙しくて余裕がない。


 まず、業務の領域が広すぎる。

 物質領域界から意識領域界に至る階層には膨大な数の世界があるのだ。私たち天使はそれらをすべて維持管理せねばならない。


 例えるなら、ひとつの世界はマンションだ。

 しかも、数百もの世帯が入居できる大型の建造物である。当然、住人が快適に過ごすためには建物の維持管理が必要だ。

 玄関ホールや廊下など共有部の清掃からはじまって、電気・ガス・上下水道などインフラ周りの整備、屋根や壁を定期的に修繕するなど、多種多様の手入れは欠かせないだろう? 

 それと同じで、世界には維持管理が必要なわけだ。


 私は天使のお仕事を誇りに思っている。

 まあ、地味で目立たないけれど、やりがいのある役目だからだ。


 ただ問題なのは世界の数が多すぎること。

 しかも、【創造する者(神様)】が現在進行形で数多の世界を増やし続けている。もちろん、私たち天使の人数はそれなりにいるし、人員補強もしている。


 でも、働き手の増員は間に合っていない。

 次善の対策は一人あたりの業務量を多くすること。まったくもって場当たり的な手段でしかないけれど他に方法がないのだ。

 こうして私の職場では過重労働(オーバーワーク)が常態化している。ホント、天使稼業なんてブラックでしかない。


「たまには長期休暇が欲しい。ご褒美でくれたってイイじゃないか」


「あなたは馬鹿ですか。三百年間なんて認められるハズもありません。それは“休暇”ではなくて“離職”です」


 メイドさんは私の主張に同意してくれなかった。

 それどころか大変にご立腹な様子だ。彼女は腕を組み、私を睨みつけている。その表情は“いい加減にしろと”非難しているのが判るくらいだ。


「あなたの戯言(たわごと)につき合っている暇はありません。わたしは忙しいですし、それ以上に時間がおして(・・・)います。【彼女】との会談予定の刻限が迫っているのですよ。すぐにでも準備を始めてください」


「ああ。申し訳ない。身支度をするから手伝ってくれ。上司を待たせるのはマズいから」


 メイドさんは(あらかじ)め準備を整えてくれていた。

 それは私用の服装一式で誠に上質なものである。庶民派な私の価値観からすれば、ちょっと恐れ多い感じがするほど立派なものだ。


 私は鏡で自分の姿をチェックした。

 勝負服でピシッとキメると気持ちも引き締まるというもの。これで、我が上司である【彼女】との会談に気合充分で(おもむ)くことができる。

 さすがにメイドさんの仕事は完璧だ。彼女は品質の良い服装を準備してくれている。感謝せねば。


「うむ、身支度完了。良いものを揃えてくれてありがとう。では、お手数をかけるが【彼女】の元へ案内してもらおうか」


「了解です。では、会談場所まで案内いたしますわ」


 私はメイドさんに導かれて部屋を出た。

 長い廊下を抜けて石柱が並び立つ回廊を歩く。


「なあ、そちら側の調子はどうだい。こちらは相変わらず過重労働な状況だし、意識領域界(ここ)に来る余裕もなくてなぁ。貴女以外、昔馴染みの連中には久しく会っていないが、みんな元気でやっている? 」


「うーん、あまり元気とは言えませんね。皆さん、青息吐息な状態で過労死寸前な顔色していますよ。まあ、大丈夫でしょうけどね。

 だって、【丘上の愚者たちフール・オン・ザ・ヒル】の連中って殺そうと思っても絶対に死なない人たちばかりだし。心配するだけ無駄です」


「おいおい。酷い言いざまだな。貴女だって主要メンバーのひとりじゃないか。それに実態を言わせてもらえれば、貴女が先頭切って無茶苦茶するから、周りが振り回されただけだろうに。よくもまあ誰ひとり欠けることなく無事でいるのが不思議だね」


「ううっ、ときどき無茶したのは認めますけど……。ただ、わたしはできることを精一杯頑張っただけですってば。あなたこそ無茶ばかりしていたでしょうに」


「そこは否定しない。貴女と一緒になってハッチャケていたからなぁ。まあ、あのときのことを思い出すと…… 」


「あのときを思い出すと“恥ずかしい”の? 」


「いや違う。“楽しかった”」


 私はニヤリとする。彼女も同調するように笑みで応えた。

 どうやら、ふたりとも同じような思いであったようだ。視線が合うと互いに声を出して笑ってしまった。


 なんだか懐かしいような嬉しいような気分。

 同窓会で悪友と久しぶりに会った感じに似ている。悪戯ばかりしていた仲間と思い出話をして郷愁を感じるようなものだ。


 実際、彼女は大切な戦友である。

 私たちは【丘上の愚者たちフール・オン・ザ・ヒル】というチームに所属していた。そのおかげで互いの気心は知れている。

 彼女以外のメンバーとは(なが)らく会っていないが、いつの日か他の連中と再び仕事をする機会もやってくるだろう。


 私は彼女と他愛ない会話をしながら回廊を抜けた。

 回廊の終着点は湖だ。

 水面に浮かぶように建つ東屋(ガゼボ)がある。


 その奥に人影がみえる。

 私を呼び出した人物だ。

 そして、我々一般職の天使が敬愛を込めて【彼女】と呼ぶ存在でもある。


 メイドさんが胸に手を当てて私にお辞儀した。


「わたくしの案内はここまででございます。こちらから先はお独りでお進みください。

あのお(かた)余人(よじん)を交えず、お二人だけの会談をお望みですので」


「ああ、わかった。ここまで案内してくれてありがとう」


 私は感謝の念をこめてメイドさんに返答した。


 さあ、これから我が上司である【彼女】との会談が始まる。

 はてさて、どんなことが待ち受けているのやら。




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