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1-12.三つのミス


「ランが犯した第一のミス。それは連絡を怠ったことだ。君は戦闘に入る前に現状を調査局本部に連絡せねばならなかった」


 フゲンは、今回の状況設定においてランは単独行動であったことを指摘した。

もし、なんらかのアクシデントが発生して、危険な状態に(おちい)ったとしても助ける者は来ない。なぜなら、誰も彼女の状況を知らないからだ。

 調査局本部では不測の事態に備えて、常に後方支援の準備をしている。しかし、状況を把握できていなければ、救助すべきかの判断すらできない。


「え~、そんなこと言っても【飢えたる小鬼】なんて雑魚だよ。わたしは慎重に戦ったし、ぜんぜん油断もしていなかった。

 やつらを簡単に制圧したんだから、少しくらい大目にみてくれてもいいじゃん」


「いや、それはだめだよ。われわれ天使とて油断はできない。“この世界”での活動は危険に満ちているし、生命どころか魂魄を消失する可能性すらある。だから、面倒であっても連絡を怠ってはいけない」


フゲンはランに厳しく指摘する。そして、二本目の指をたてた。


「ランが犯した第二のミス、それは記録保存をしていないことだ。

 【分析官】の業務手引書では、戦闘時やその他異常現象に遭遇した際、状況情報を記録することになっている。にもかかわらず、君は今回の一連の行動において【状況記録】を使っていない」


 【状況記録】とは天使技能(スキル)のひとつだ。

 “この世界”に赴任する天使には取得を義務付けられている天使技能(スキル)が幾つかあるが、これも含まれている。

 主な機能だが、その名称のとおりで画像や音声、その他の各種情報を記録する。


 【状況記録】の目的は、航空機の飛行記録装置(フライト・レコーダー)と同じだ。

 航空機事故では搭乗者全員が死亡する場合があるが、これでは生存者からの証言が得られず、事故の原因追及ができない。

 その対策としてあるのが飛行記録装置(フライト・レコーダー)で、航空機の高度やら速度やら飛行に関わる情報を記録しているから、事故の原因調査に役立つ。


 天使といえども無敵ではないし、強大な魔物にあたれば肉体を失うこともある。

 魂魄さえ無事であれば復活もできるが、それなりに制約があって不便だ。さらに、死亡時前後の記憶は欠損してしまうので、魔物に関する情報が得られない。

 そこで必要になるのが【状況記録】だ。

 これがあれば、天使をも撃破する強大な魔物の情報を得られるし対策もできる。


「あっちゃ~。まずいなあ。ええっと、今から記録を取りなおす……はできないか。どうしよう」


『ランお姉さん、心配しなくていいよ。ボクがちゃんと記録しているからぁ 』


 ニャン助がランの足元から声をかけてきた。

 彼のしっぽがユラユラと揺れていて、“ボク偉いでしょ”と言わんばかりである。頭を前のほうに出しているのは、自分を褒めてなでろとのサインだ。


「ニャン助ちゃん、ありがとうね。お礼に何かおいしいものを食べさせてあげるから」


 ランは感謝の意を込めてニャン助をなでた。彼女が“君はなにが好みなのかな”と尋ねていて、もう甘やかせるつもりである。

 いっぽうのニャン助は喉をゴロゴロと鳴らせてご満悦の様子で、“ランとニャン助は相性がいいなぁ”とフゲンは眺めていた。


 しばらくして、フゲンは()れた話題を戻す。


「ランが犯した第三のミス、それは魔物の遺骸を回収していないこと。

 我々【調査官】は“この世界”で発生している異常現象をリサーチしているが、特に魔物は重要な調査対象だ。魔物の体躯がどのように変化しているか、あるいは魂魄がどれくらい変質しているかを確かめる必要がある。

 にもかかわらず、なぜランは魔物の死体を放置したままなんだい? 調査検体として回収すべきだよ」


 フゲンは小さな物体を放り投げ、ランはあわててそれを受け取る。

 

 彼女が手にしたものは【格納結晶体】。

 それは高さ五センチ、直径三センチほどの六角柱の形状をしている。ぱっと見た目には水晶のようだが、内部に小さな魔法陣が何層にも重なり、それがクルクルと動いていて、明らかに普通の天然鉱物ではない。


 ランは【格納結晶体】を小鬼たちの遺骸にかざした。軽く魔力を流して起動させると、結晶体から淡い光が四方へ広がり、円陣を形成する。光輪が横たわる小鬼たちを覆い、やがて遺骸が結晶体のなかに納まった。


「ねえ、フゲン。魔物の死体を回収したから、これで終わりだよね」


「ああ、とりあえず終了だ。ラン、なぜ君はこんなミスをしたのか分かるかい? 」


「う~ん、初陣で気が(せい)いて手引書のことを忘れたから。自分では落ち着いていたつもりだったけど、実際には焦っていたんだね」


「それもあるかな。ただ、それ以上に反省すべきは【情報挿入】の使い方だ。これを使ってランは調査官心得や調査業務手引書を脳内にインプットしたはずだよね? 」


「うん、ちゃんと頭のなかに全部入っているわ。でも、なんでわたしは忘れていたのかしら? 」


 フゲンは【情報挿入】が万能でないことを伝えた。ランは追加認識の作業を怠ったから挿入した情報を脳に定着できなかったのだ。

 ぱらぱらと教科書を見て、すっかり理解した気になっていたのに似ている。なまじ、【情報挿入】が便利であるがゆえにインプットした内容が身に着いたと勘違いした。

 

 何事につけ、“情報を知っている”と“情報を使いこなす”との間には大きな壁がある。この壁を乗り越えるためには、それなりの努力が必要になるのだ。


「ああ、わたしって(しょ)っぱなから失敗したのかぁ」


「まあ、ミスといえばミスだな。ただ、大きな失敗ではないし、致命的なミスを犯したわけでもないさ。それに、私は教導役として“小さな失敗を繰り返せ”と教えたよ。過失を積み重ねてゆくうちに、大きな失敗を回避できるようになるんだ」


 フゲンの失敗に関する哲学はこうだ。

 人生では“上手な失敗”のしかたを覚えているべきだ。この“上手な失敗”を覚えるには、小さな失敗を積み重ねるしかない。

 それはスキーやスノー・ボードの上達法に似ていて、“上手な転び方”覚えれば大きな怪我をしなくて済むのと同じである。


 だから、若者や初心者は失敗を恐れずにどんどん挑戦したほうがいい。

 自分なりに考えて良かれと思うことを積極果敢にしてみて、小さなミスを積み重ねてみればいい経験になる。試行錯誤を繰り返しているうちに、“上手な転び方”を覚えるだろう。


 “転び方”を知らない者が失敗すると、本人だけでなく周囲の者をまき込む大きな厄介ごとになりやすい。それを避けたければ、どんどんチャレンジして小さな失敗をたくさんしろ。“上手な転び方”は自分の“力”となり、己の武器となるのだから。


「ランは安心してかまわない。私は君の教導役だ。君がミスすることですら仕事のうちなのだから、心配する必要はまったくない。

 どんな失敗をしても、私がちゃんとフォローしてあげるよ。おまけに、ランは私の数少ない同郷の者だ。君がちゃんとした一人前になるまで、キッチリと面倒みてあげるさ」


「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」


 ランは心のうちに暖かいものが広がってゆくのを感じた。

 それは少しばかり甘酸っぱくて、不思議と胸の鼓動を高めるもの。彼女が人間であった頃、それも年若くて何をするにしても一所懸命に取り組んでいた時代に感じていたものに似ている。天使になってすっかり忘れ去っていた感情だった。


「さあ、休憩も終わりにしましょうか。陽のあるうちに、目的地に着きたいわ」


 ランは沸き上がる思いを強引に断ち切るようにして、休憩終了の言葉を口にした。

 迂闊に流されては自分の仕事を(まっと)うできないからだ。天使として新人である彼女には()すべきことが大量にあって、それ以外のことに気を散らす余裕はないのだ。


 彼らは休憩を終わらせて、再び空へ飛んだ。

 ここからは休憩なしで目的地の集落まで移動するつもりである。順調に移動できれば、太陽が地に沈む前に到着できるだろう。


 風乗り板(ベンツェ・タブラー)に乗って一時間。


 遠目に目的地の村が見えてきた。

 ちいさな平屋がかたまっていて、その周りを土塁と堀が囲んでいる。その外側には畑が広がり、さらに遠くには森がある。辺境部によくある平凡な集落だ。


『なあ、ラン。あの集落、どこかおかしな感じがしないか? 』


 飛行中で声が届かないため、フゲンは【念話】で問いかける。

 彼の勘が“なにかが変だ”と告げているのだ。

 具体的にどこがどう変なのか明確にはできないが、とにかくキナ臭い感じがする。それを無視できなくて、ついランに疑問を投げかけてみたのだ。


『見たところ、別に異常はないわよ。だって魔物や武装集団に襲われていれば、建物が壊れていたり焼けていたりするけど、家屋は無事じゃない。いたって普通の集落だと思うわよ』


『いや、確かにそのとおりなんだがな。すまんが、予定を変更して村の上空を旋回して確かめてみる。ランはこの場で待機。異変があれば連絡するからしばらく待っていてくれ』


 フゲンは様子を確認するため村落の上空をゆっくりと旋回する。

 念のために高度を上げているのは集落からの攻撃を避けるため。ないとは思うのだが油断は禁物だ。


 彼が見るかぎり集落の建物には問題はなかった。

 家が焼けているとか破損している様子もないし、中央の広場なども荒れている雰囲気はない。大きい家の庭では放し飼いの鶏が地面をつついているのが見える。

 牛やヤギなどの家畜たちがのんびりと草を()んでいるだけでいたって平和な雰囲気だ。


 ただし、集落にあるべきものが一つだけ欠けていた。


「どういうことだ。村人がいないぞ 」


 集落のなかにはまったく人間がいなかったのだ。

 広場や路上で動くものといえば家畜だけで、ひとの往来がぜんぜんない。いまは夕刻であり、普通であれば一日の仕事を終わらすために人々は忙しくしているはずだ。


 また、かまどから立ち上る煙すら見えない。

 夕食どきなので、奥さん連中は煮炊きする時間帯なのだが、どこからも炊事している様子が見受けられないのだ。


 村落の外側に広がる畑も同様で、農民の姿がない。

 本来であれば、日が沈むギリギリの時まで働いている者がいるはずだ。畑仕事は忙しくて草むしりやら水やりやらで暇なんてない。

 ましてやここは辺境地の村であり、作物の世話を怠る者なんていやしない。自給自足が原則だし、村外から食糧を買い付ける余裕なんてありはしないからだ。


 地上に降りて何が起きたのか調べるべきだろう。

 空から観察しているだけでは、これ以上のことは判らない。物置や床下を探せば、人が隠れている可能性もある。もし、死体があれば死因から推測できることだってあるはずだ。


『ラン、こちらへ来てくれ。直接、村中央の広場に降りる。詳しい説明はそこでするから』


『え? どういうことよ』


 こうして、フゲンとランはひと気のない村落へと降り立った。



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