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1-05.この世界の住人は……

 ランはフゲンの説明を聞いて困った顔をした。


「えっ~と、ちょっと混乱しています。フゲン先輩の話はすごく変ですよね。わたしは生物学や進化論について詳しくありませんが、それでも異常なことは分かります」


 ランは、フゲンが告げたことは普通では絶対にないと断じる。

 この世界の住人たちには共通する祖先種はいない。人種ごとに先祖様的な生物がいて、遺伝子的にみれば彼らはバラバラな状態だなんて、そんな話は信じられないと、彼女は繰り返した。


「君が信じられないというのは当然だが、私が説明したことは事実だ。決して嘘偽りではないよ。“この世界”はあり得ない状態にある。ここの生態系はほんとうに(いびつ)なのだよ」


「ふぅ、冗談ではないんですね。分かりました。とりあえず、フゲン先輩の説明が真実だとして、話をすすめてみます。

 私の推測ですが、住人たちの本拠世界(ホーム)は別の場所にありますね。彼らはそれぞれに別の世界で生まれ育ったが、何かの理由があって“この世界”に集められている。

 う~ん、この地に“移植”されるような感じかな? それこそ、生け()のなかの魚を別の場所に移し替えるみたいに。でも、そんな面倒なことをしますかね」


「あたりだ。それに、“生け()の魚”は言い得て妙だね。人間を魚と表現するのは適切ではない感じだが、実態としては正しい。

 事実、我々天使は人間たちを別々の世界からこの地へと“移植”したからだ。面倒な仕事であったけれど、これには意味も目的もある。

 さて、繰り返して質問するよ。なぜ、我々天使は“この世界”の住人に干渉していると思う? 答は幾つでも構わないから、どんどん出してこらん」


「ええっ! ほんとうに人間を“移植”してきたのですか。適当に言っただけなのに。ああ、すみません。ここの人たちに干渉している理由はなにかですよね。う~ん、それは彼らを“移植”させる必要があったから…… 」


 ランはあれこれと考えを巡らせ始めた。指をあごに当てる仕草はどことなく愛嬌があるのだが、そんな彼女はしばらくブツブツとつぶやく。


「すぐに思いつくのは実験かな。“この世界”自体が大きな実験室だとかどうですか? で、この実験では多種多様な被験者が必要で、人々をいろいろな世界から“移植”している」


 ランは考え浮かぶことを口にしてゆく。


「次の候補は戦争が原因によりもの。複数世界にまたがる大規模な戦いで、彼ら住人の本拠世界(ホーム)が戦火で焼かれてしまい、人々を否応(いやおう)なく避難させる必要があった。だから、天使が介入せざるを得ない。

 まあ、これだと“移植”というよりは“難民”の扱いになりますね」


「いいね。その調子で言ってごらん」


「そんなに思いつかないですよ。う~ん、爆発感染(パンデミック)とかはどうです? 」

 

 ランが人間だった頃の出来事だ。

 地球では全世界規模の流行性感冒(インフルエンザ)爆発感染(パンデミック)があった。たいへん毒性の強いもので、それが一気に世界中に広がる。国や民族なんて関係なしに大勢の人が罹患して、高い確率で死亡した。


 ランの思いつきは彼女の経験からでたものであった。

 大規模な爆発感染(パンデミック)が発生したというもの。超ド級クラスの災害で、それこそ複数世界で同時発生するもの。

 ひとつの世界だけでも大変なのに、数多(あまた)の世界で多発するなんて大事(おおごと)だと、彼女は意見を述べる。


「住人たちは元の世界にいられない状態になり、天使が緊急避難的な措置を(ほどこ)した。こんなところかな。とりあえず、いくつか仮説をだしてみましたがどうですか? 」


「まあ、普通に考えればそんなものかな。でも、“不介入の原則”をあまくみては困る。たかが、大規模戦争や伝染病なんて理由で、天使が人間に直接干渉することは絶対にない。たとえ、世界の住人が絶滅する事態になってもね。

 ちなみに、君のいう“住人たちは元の世界にいられない状態”は正解だ。

 それに、感染症や爆発感染(パンデミック)なんて発想はとても良いね。うん、とてもイイ感じだ」


「フゲン先輩、その発言は微妙です。わたしの答が正しいのか間違いなのか不明ですよ。まあ、いいや。それより、正解を教えてください」


「わかった、わかった。天使が“この世界”の住人に干渉している理由、それは彼らが“感染状態”にあるからだ。

 ただし、理解しやすいように“感染状態”と表現しただけで、実際には、物理的にウイルスや細菌に(おか)されたということではない」


 ここの住人は根源的な意味で危険な状態にある。

 それは、彼らの魂魄(こんぱく)そのものが消滅する恐れがあるからだ。つまり、“この世界”の住人が死ねば、肉体だけではなく魂も消え去ってしまう可能性があるのだ。


 ふつう、魂は消滅することはない。

 物理世界で生きる者たちは死んでも、その魂魄(こんぱく)は存在し続ける。【輪廻転生(サンサーラ)の原理】がはたらいて再び生命を得るから。魂は永遠不滅であり唯々(ただただ)“生”と“死”を繰り返すだけ。


 だが、ここの住人は違う。魂魄(こんぱく)そのものが消失する可能性がある。

 例えるなら、彼らは“魂の感染症”に侵されていて、【輪廻転生(サンサーラ)の原理】が機能しない状態だ。

 しかも、(たち)の悪いことに、この異常状態は伝染する。

 他の健常な魂魄(こんぱく)を変質させて、輪廻転生(サンサーラ)のサイクルから脱落させてしまうのだ。


「我々天使はここの住人を“隔離”している。他の健常な魂魄(こんぱく)たちを守り、“魂の感染症”が拡散しないようにしている。つまりね、“この世界”は“隔離病棟”なのだよ」


 “この世界”での天使の役割。それは、治療する医師であり、病状を観察する調査官であり、住人を閉じ込める監獄官でもある。

 先刻、フゲンは天使の仕事をマンションの管理人に例えたが、ここでは違う。世界を維持管理するのではなく、住人たちを監視する役割をも担っているのだ。


「うわぁ、それってキツイ仕事ですよね。わたしはとんでもない場所に赴任させられたか……。初めての任務なのにいきなり戦場の激戦区に放り込まれた気分です。ああっ、なんて運が悪いんだろう」


「まあ、そう嘆かないで。やりがいのある仕事を任されたと思ってほしいな」


 フゲンたちは話を続けながらも、やがて城門に到着した。

 この付近は結構にぎやかで、商人やら農民など雑多な人々がひっきりなしに行き()っている。

 そんななか、フゲンは人の流れを邪魔しないように街路の脇で立ち止まった。その場でキョロキョロと周囲を見渡して、何かを探している。


 ランは彼の様子を不審に思って問いかけた。


「フゲン先輩、何をしているのですか? 目的があって城門まで来たようですけれど」


「ここで待ち合わせをしている。君に私の相棒を紹介しようと思ってね。ああ、来たようだ」


 ランが、フゲンの示すほうを見やると、人を避けながらやって来るものがいた。

 

 それは黒い猫だ。動きは実に機敏で、人込(ひとご)みのなかを器用にスルリと抜けてくる。ひとに踏まれたり蹴られたりするような心配は微塵(みじん)も感じさせない。


 その黒猫がスルスルと近寄ってきて、フゲンの肩上まで駆けのぼる。


あるじぃ()、お待たせ~。ん、この女のひとだれ? 』


「やあ、ニャン(すけ)。この女性はランといって私の同僚だ。さあ、ご挨拶をしなさい」


フゲンは、黒猫にランが天使であることを説明した。しばらくの間、行動を共にする予定だから仲良くするようにと告げる。


『はじめまして、きれいなお姉さん。ボクはニャン助。よろしくぅ~ 』


「はじめまして、ニャン助ちゃん。わたしはランというの。よろしくね。

 それにしても、わたしのことをきれいと言ってくれるなんて君は良い子ね。ほんとうに嬉しいわ。なにかあったら、お姉さんに相談しなさい。君の味方になってあげるからね」


『うん、わかったぁ』


 ランは“お~、よしよし”と言いながら、ニャン助の頭を()で始めた。

 彼女は猫の生態をよく知っていて、猫が喜ぶ部位を選んで巧みに愛撫(あいぶ)する。その表情はやさしく、心の底からニャン助をかわいがっているのが分かる。


 ニャン助はご機嫌だ。

 ランの()で方が上手なので、彼女に身体を(ゆだ)ねて、リラックスした様子である。眼を細め、耳はペタリと倒れ、喉をゴロゴロと鳴らしている。


『ああ、そこそこ。そこをもっと()でて~ 』


「ここが気持ち良いのね。それにしてもニャン助って、ずいぶん毛並みがいいのね。毛の色艶(いろつた)はきれいだし、手触りも最高ね」


 ニャン助はランにじゃれ始めた。

 彼女の指を甘噛(あまが)みしたり、前脚でせわしく叩いたりする。楽しそうにニャァニャァと騒いで、ランを相手にして(たわむ)れた。


 時間が過ぎるにつれて、ニャン助のテンションが高くなってくる。

 猫にはよくあることだが、いったん興にのると暴走して自制が効かない。すっかり気分が高揚して自分でも何をしたいのか分からないまま、気分だけで動いてしまうのだ。


『ウニャ。これでどうだ』


 ニャン助はパシパシと前脚でパンチを繰り出す。爪こそ出していないが、かなり本気の高速回転パンチである。


「あまいな、ニャン助ちゃん。その程度の猫パンチなんて、痛くも痒くもないわよ~ 」


 一方のランも負けてはいない。ニャン助の攻撃を防ぎつつ、隙を狙って黒猫の脇腹をくすぐろうとする。


『やるな、お姉さん。だが、我は常勝を誇る“ニャン斗神拳”の伝承者。決して負けることは許されないのだ。受けてみよ、必殺の“百連拳”を! ウニャ、ニャ、ニャ、ニャ、ニャァァ~ 』


「こんなに楽しい闘いは初めてだ。オラ、ほんとワクワクすっぞっ! そして、すべての力をこの拳にかける……。亀“千”流奥義、“ワ・キ・ワ・キ・波”! 」


 ニャン助とランのじゃれ合いはエキサイトするばかり。

 ここは人が行き来する路上だし、彼らふたりは周囲に迷惑をかけているのだが、それに気づいていない。すっかり夢中になっていたからだ。


 フゲンは呆れていた。こめかみを押さえながら、思わず突っ込みを入れる。


「お前ら、なにやってんの…… 」


 まず、ニャン助に問いたい。

 いったい、“ニャン斗神拳”ってなんだよ! 

 なぜに、筋肉ムキムキになってんのさ? 

 しかも、胸に七つの傷があるけど、どういうワケ? 

 もしかして、おまえは世紀末の救世主で、ヒャッハーする連中を相手に暴れまわるのかな。それに、“百連拳”って大仰にさけんでいるけど、それって単なる猫パンチじゃないか! 


 ランにも苦言を(てい)したい。

 猫を相手に本気で対抗するなよ! 

 “ワキワキ波”って言っているけど、手をワキワキさせてくすぐるだけじゃないか。なんとなく語呂(ごろ)が良いからといっても、あまりにも安直すぎるネーミングだろうが。

 

 それよりも亀“千”流ってなんだよ! 

 誤字でも入力ミスでもなく、明らかに狙って“仙”の文字を“千”に言い換えているよな。

 

 パクリだって非難されるのが怖いのか? 

 確かに怖いけど、だいじょうぶだ。これを見ている人たちはきっと優しくて寛容だから、少々の悪ふざけなら見逃してくれると思う。たぶん……。



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