第一話 プロローグ
※この小説には、現在からすれば配慮が必要な用語・表現などが含まれている場合がありますが、執筆当時の作者の気分を尊重してそのまま投稿します。
夜空を見ながら歩くのが好きだ。
満月を見上げながら暗い夜道を歩いていると、どこか知らない場所に帰りたいという気持ちが湧いてくる。
もう迷子になって泣くような歳ではなくなったのに、寂しさに胸を押し潰されて涙がこぼれそうになってしまう。
早く帰らなくちゃ、
そう思って走り出した僕はすぐに、左から飛び出してきた何かに轢かれた。
第 一 話 プロローグ
「グエエエッっっツ!!!?!」
びっくりするほど低い声で叫んだ僕は背中から電信柱に叩き付けられた。
肺が咳き込む音で自分がまだ生きていることを知る。
「アレ?やっちまったか?」
声のした方に振り返ると長身の美女が立っていた。
「まっ、いいか。」
女はそう言ってうずくまる僕の首根っこを掴んで担ぎ上げた。
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次に目覚めたのは何もない無機質な部屋だった。
広い部屋の奥の方で誰かが言い争っているのが聞こえる。
片方は僕を運んできた女だ。
「だ・か・らハルバルトさん、これはまずいんですって!」
「知ってるよそんな事!だからごめんって言ってるじゃん!」
「謝ればいいって問題じゃないんです。人ひとりの人生を貴女は台無しにしたんですよ。」
「まだ駄目になるって決まったわけじゃ無えよ。」
「そんな言い訳で貴女は彼を見殺しにするんですか?」
「シップで適当に治して返せばいいだろ?こっそりやればバレねえよ。」
「テラーにシップで処置を施すのはノエル・パストリアス条約に抵触します!」
「そんな理由で彼を見殺しにするのか?」
「......貴女って人は!」
「冗談だよ心配するなってこの辺のルールは全部アタマに入ってるからさ。
かわいいフランチェスカちゃんに迷惑はかけねえよ。代わりと言っちゃなんだが一番速いルートで足を手配してくれ。」
「もう!どうなっても知りませんからね!」
「サンキュー」
そう言って柄の悪い方の女、ハルバルトは僕に歩み寄って来た。
まだ動けない僕は彼女の足音を背中で聞いている。
「よお坊主。起きてるか?」
「......起きてるよ。」
「あァ〜、ついてねえな。まあしょうがねえ。ちょっとチクっとするけど我慢しな。」
「!!?、ナナさん、止めて!!!」
次の瞬間グサっと何かが心臓に突き刺さり、僕は息の根を止めた。
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「ナナさん何やってるんですか!?」
金髪の少女が大柄な女に喰いかかっている。
結構な剣幕だが大女の方は気にも留めていない。
「ノエル・パストリアス条約が禁じているのは生きた地球人を艦に入れることだけだ。息の根さえ止めてしまえばシップに合法的に運び込める。エウロパだって文句はつけられんさ。」
「地球人を害することは第一等の罪ですよ。ことが公になれば死罪は免れません。」
「坊やがお家に帰る頃にはすっかり元通りさ。むしろ前より調子が良くなってるんじゃないかな?」
「そんな無茶苦茶な……そんな言い訳が通る訳」
少女が全てを言い終わる前に部屋にブザーが鳴った。
「通す。 今来たのがチェスカの呼んでくれた船だね。いい仕事ぶりだ。いつも助かるよ。」
「ハルバルトさん……」
「……わかってるよ。反省してるって。」
銀髪の偉丈婦、ナナ・ハルバルトは少女の顔を見ないままそう告げて無機質な部屋を立ち去った。