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よあけまえのキミへ  作者: 三咲ゆま
二章 陸援隊編
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第九十三話 告白


 矢生一派の根城から脱出するまでに、少しばかり時間がかかった。

 負傷している隊士さんがあちこちに散らばっており、彼らを回収して帰らなければならなかったからだ。


「いやぁ、今回ばかりは死ぬかと思った……」


「やっぱ兄さんはすごいよな、敵を前にしてもひるまねぇ」


「天野ちゃんも勇敢だったじゃないか! すごいよ!」


 帰りの道中、隊士さん達がわいわいと盛り上がる。

 半刻前には緊張した面持ちで震えていたというのに、今は皆が力を抜いて笑っている。

 その顔を見れば、ああ、すべて終わったのだと実感が湧いてくる。


「天野、かばってくれてありがとな。正直格好つかなくて自分をぶん殴りてぇ気分だが……」


 私をおぶってくれている田中先輩は、ちらちらとこちらを振り返りながら眉尻を下げた。ションボリ顔だ。


「そんな、お互い様ですよ。先輩はずっと私のことかばってくれてたじゃないですか」


「男の負傷は名誉の負傷。いくら傷ついても構わねぇ。でもなァ、女は傷ついちゃいけねぇんだよ!」


「私の怪我だって、名誉の負傷です」


 そう。ここのところ傷つく事が日常茶飯事で、もう細かいことは気にしなくなってきている――

 というのもあるし、いつもお世話になっている先輩の役に立てたと思うと嬉しいのだ。


「あちこち怪我してんだろ? 痛くねぇか?」


「大丈夫です。先輩も傷だらけだから……屯所に帰ったらきちんと手当てしてくださいね」


「おう。何はともあれ、おめぇがこうして無事でいてくれてよかった」


 お互いがこうして生還したことを喜び合いながら、私たちは笑顔を交わした。

 先輩の背中は大きくて、頼もしくて、身体を預けていると安心する。

 この体がいつも私を護ってくれているのだと思うと愛おしくて、思わずぎゅっとその背中にしがみつく。


「……天野?」


 何かあったのかと、先輩がこちらを振り返る。

 何事もない……といえばそうだけど、一つ思い当たる節があった。

 私は、まだ先輩に伝えていないことがある。


「あの、先輩」


「どうした?」


「えっと、私……」


「ん? なんだよ?」


 先輩は、言い淀む私を見てふっと口許を緩める。

 恥ずかしいな。胸の鼓動が加速する。

 ずっとごまかして、見ないふりをしてきたけれど、もうこれ以上自分の中に秘めておくことはできない。

 きちんと伝えよう。まっすぐな私の気持ち。


「私、先輩のことが好きです」


 彼の耳元に口を寄せて、はっきりと伝えると、先輩は目を見開いてこちらを振り返った。

 鼻先がすれ合いそうな距離で、視線がぶつかる。

 どきどきして、そわそわして、みるみる顔が赤くなっていくのが分かる。


「あ、天野……オレ……」


 面食らったような表情で、先輩は言葉を紡ぐ。

 どんな言葉が返ってくるだろうと不安に思っていると、背後から、わあっと歓声が上がった。


「聞いちまった! 聞いちまったよーー!!!!」


「天野ちゃん、やっぱりそうだったのかーー!!!」


「いやッ! やめてッ!! 兄さんはアタシが狙ってるんだからッ!!」


 四方八方から、ひっきりなしに声が上がる。わいわいとまるで、お祭り状態だ。

 これでは先輩とゆっくり言葉を交わす隙がない。次々と生まれる言葉の波にのまれてしまう。


「てめーら! うるせぇぞ!!ちったあ静かにしろ!!」


 先輩が一喝するも、皆さんの高揚は治まらない。


「で、兄さんは!? 天野ちゃんのこと、どう思ってんすか!?」


「返事返事ーー!!!!」


「早くくっついちまえーー!!!!」


 やんややんやと皆さんは大騒ぎだ。

 それぞれ満身創痍で疲れきっているだろうに、ぱっと表情が明るくなったのには驚いた。

 先輩はというと、背後にたくさんの声を浴びながら、なんとも複雑な表情で歩いていた。

 だんだんと屯所が近くなり、秋の虫の声が穏やかに耳に入ってくる。

 このまま返事がもらえなかったら辛いな、などと思っていると、一度大きく咳払いしたあと、先輩が振り返った。


「返事は後でさせてくれ。この場はうるさくて仕方ねぇや」


「わ、わかりました……」


「おう。あとで部屋まで行くからよ」


「はいっ」


 うう、どきどきするなぁ。

 私は自分の気持ちを伝えたいだけだから、片想いでも仕方ないと思っているけれど、もし先輩にその気がなかったら、今後ギクシャクしてしまわないだろうか。

 ――いや、いいんだ。

 先輩の気持ちがどうあっても、私は私の想いを貫く。ずっとあたためてきた大切な初恋なんだ。



 屯所に到着する頃には、子の刻を回っていた。

 負傷者の皆さんは屋敷の大広間に並べられ、待機していた隊士さん達に手当てをしてもらっている。

 時刻が時刻なので、今更お医者様を呼びには行けないのだ。

 

 皆さんに比べて比較的軽症な私は、西山さんが買い込んできてくれた消毒薬で自ら手当てをする。

 切り傷や刺し傷など、思ったより深いものはなく、軽く消毒してさらしを巻けば完了だ。


「美湖、無事で帰ってきてくれたのだな。怪我の具合はどうだ?」


 目の前には、なんと雨京さんの姿がある。

 私は仰天して、背筋を伸ばした。


「う、雨京さん!? どうしてここへ!?」


「お前が誘拐されたとかぐら屋に文が届いたのでな、陸援隊に相談に来ていたのだ」


「あ、そうでしたね……! 私は無事なので安心してください! 怪我もたいしたことはないんです」


 そう言ってぐっと両拳を握ってみせると、雨京さんはふっと表情をゆるめた。


「一時は気が気ではなかったが、陸援隊を頼ることができてよかった。また世話になってしまったな」


「その……私のせいですごくお世話をかけてしまって、申し訳ないです」


 雨京さんにも陸援隊にも、またご迷惑をかけてしまった。

 いつも当たり前のように助けてくれるけれど、皆が命がけで戦ってくれているのだ。感謝してもしきれない。


 私と雨京さんがそうして再会を喜び合っていると、大広間に中岡隊長が顔を出した。

 隊長は負傷した隊士さん達に一通り声をかけたあと、私達のところまで足をのばしてくれた。


「神楽木殿、今夜は泊まって行かれては? このような時分ですし」


「いえ、明日の仕込みがありますので、店へ戻らねばなりません。本日はまことに言葉に尽くせぬご懇情、痛み入ります」


「我等は一蓮托生の同志ではありませんか。今後も心を尽くして参ります」


「御入用の際はいつでもお申しつけください。かぐら屋はあなた方への出資に糸目はつけませぬ」


 二人は深々と頭を下げあう。この一件によって、雨京さんの陸援隊への信頼は更に増したようだ。


「では神楽木殿、外までお送りいたしましょう」


「ありがとうございます……美湖、お前も無理はせず休むのだぞ」


 ふとこちらを振り返る雨京さんに、満面の笑みを返す。


「はいっ! 今夜はゆっくり寝ます! 雨京さんも、早めに体を休めてくださいね!」


「ああ。それではな、また会おう」


 そう言って、雨京さんは中岡隊長とともに歩き出した。

 ずっと心配しながら私の帰りを待ってくれていたのだろう。

 そう考えると、雨京さんには心配ばかりかけてしまっているな。

 今度会うときは、もっと明るい話をしよう。かすみさんも交えて、三人で。



 一通り負傷した隊士さんの手当てを手伝ったあと、私は自室へと戻った。

 あくびをかみ殺して、ぺたりと畳みの上に座る。

 眠気にのまれそうになるけれど、だめだ。今夜は起きていなければならない。

 田中先輩が部屋を訪ねてくれることになっているからだ。


「うう、緊張するなぁ……」


 なにせ、先ほどの告白の返事をくれることになっているのだ。

 部屋の外では、秋の虫が気持ち良さそうに鳴いている。その声に耳を傾けていると、だんだんと心が安らいできた。


 それからほどなくして、先輩の部屋に通じる襖が開いた。


「天野、待たせちまって悪いな。今いろいろ終わったとこだ」


 幹部は平隊士とは違って事後処理や今後の話し合いなどいろいろあるのだろう。

 先輩は疲れきった様子で、私の隣に腰を下ろした。


「先輩、お疲れ様です。今日は大変な一日でしたね」


「そうだなァ。でもよ、おめぇが無事でいてくれて良かった。連れ去られたって聞いた時は、気が気じゃなかったからよ」


「うう……たくさん、ご迷惑をおかけして……」


 うつむいて言い淀むと、先輩は私の体をぐっと引き寄せ、強く抱き締めた。


「せ……せんぱい……?」


「二度とこんな気持ち、味わいたくねぇ。もうオレのそばから離れんな」


 ぐっと両腕に力を込めながら、先輩は私の耳元で熱く息を吐く。

 ぞくりとして、どうしていいか分からずに先輩の腕の中で縮こまる。


「あの……ええと……」


「……それとな、昼間は不甲斐ねぇオレに喝を入れてくれてありがとな」


 そっと体を離した先輩は、ぺちぺちと己の頬を叩く。

 そうだった。あの時、私は思い切り先輩の頬を叩いて、それを後悔しているんだった。


「それはその……ごめんなさい。嫌いだなんて言っちゃって、わたし……」


「それはオレのためを思って言ってくれたんだろ? 気にしてねぇよ……オレさ、どうやら刀に依存してダメな奴になってたみたいだ。おめぇにひっぱたかれて、やっと気づけたんだ」


「刀に、依存……?」


 どういうことだろうと首を傾げれば、先輩はふっと苦笑してみせた。自嘲まじりの複雑な表情だ。


「オレは昔から、自分に釣り合わないいい刀を集めたがった。刀ってのは、男と男が向かい合った時、真っ先に目がいくからな。見栄を張りてぇならまず、そこを充たせばいいと思ったんだ」


「いい刀はお高いんじゃないですか? よく手に入れられましたね」


「人から譲ってもらったり、いろいろな。そんでよぉ、刀だけが自慢だったオレは、実際いい刀を持ってたお陰で、人と会うたびに真っ先に顔を覚えてもらえたし、いい縁にもありつけた」


「いい縁……というと?」


 まさか女の人だろうかと恐る恐る聞いてみると、それを察したであろう先輩はいじわるな顔をして、私のおでこを指ではじいた。


「長州の高杉晋作(たかすぎしんさく)って人でな、先見性と行動力があって、当時の志士の憧れだった人だ。その人から、オレが持ってた刀を譲れって言われてよぉ」


「大事な刀なんですよね? 渡しちゃだめです!」


「それがよ、最終的に渡しちまった。弟子にしてもらうってのを条件にな」


「そんなぁ……もったいないです。後悔してませんか?」


「後悔はしてねぇ。師匠から習ったことは全部生涯忘れねぇ。もう病気で逝っちまったが、立派な人だったよ」


「そう……ですか」


 先輩はどこか満たされた表情をしている。高杉さんのことを心から尊敬していたのだろう。

 刀がもたらしてくれた出会い。それは先輩にとってあまりにも大きいもので、それが刀への依存に繋がっているのかもしれない。


「そんなわけでさ、刀だけが自慢だったオレだが、それももうやめる」


「やめる……というと?」


「身の丈にあわねぇもんは持たねぇようにする。っつうワケで、手持ちの刀は中岡さんとハシさんに譲ってきたぜ」


「ええええっ!? いいんですか!? 大切なものなのに……!!」


 そう簡単に譲る決断ができるものだろうか。

 面食らって先輩の顔を見ると、彼は憑き物が落ちたようにスッキリした顔をしている。


「ハシさんは戸惑ってたけど、オレの気持ち話したら、預かっててくれるってさ。中岡さんには信国を渡した。死ぬほど喜んで柱に頭ぶつけてたぜ」


「あの中岡隊長が……」


 たしかに隊長は、信国を見るたびに熱心に口説いていたという話だった。それはもう嬉しくてたまらないだろう。


「……んでよ、オレはあと一振り短刀を持ってる」


 と、先輩は懐から取り出した一振りを畳の上に置く。

 この短刀には見覚えがある。


「これ、いずみ屋に隠されていたものですね」


「そうだ。おめぇが届けてくれた短刀……これをよ、おめぇに持ってて欲しいんだ」


「えっ!? 私でいいんですか!?」


「おう。持っててくれ。そんで、オレがそいつに見合うくらい成長したと思った時に、返してほしい」


「なるほど……でも、そんな大役を……」


 本当に私なんかが担っていいのだろうかと、一瞬戸惑ってしまう。

 先輩の大切な刀だろうから、粗末には扱えない。


「おめぇがいいんだよ。これからずっと、そばにいてオレのこと見ててほしいんだ」


「せんぱい……」


 ふっと真面目な顔になった先輩は、ふたたび私のことを強く抱き締めて、口を開く。


「おめぇのことが好きだ。ずっと気持ち抑え込んでた。でも、両想いなんだよな? もう我慢しなくていいんだよな……」


「せんぱい……うれしい……」


 とめどなく涙がこぼれ落ちる。

 両想いだなんて、夢にも思っていなかった。

 私は先輩の背中に腕を回して、ぎゅっと強くしがみついた。


「好きだ、大好きだ。もう離さねぇから」


「私もです。せんぱいのことが、ずっとだいすきでした……」


 ぐすぐすと泣きながら先輩の懐に顔をうずめると、彼は私の頭を優しく撫でてくれた。

 嬉しくて、恥ずかしくて、胸の奥が灰になってしまいそう。

 これが初恋なんだ。ずっとあたためてきた、私の本当の気持ち。私の大好きな人。

 そう思うと、ますます先輩のことが愛おしくて、ぎゅっと強くしがみつく。


「今夜は、一緒に寝たいです」


「……ッ、はぁ!? おま、何言って……そいつは少し早ぇんじゃねぇのか!?」


 ばっと体を離すと、先輩は顔を真っ赤にしてうろたえる。

 そんなに変なことを言った覚えはないんだけどな。


「布団を並べて寝るの、だめですか?」


「う……おお……そういうことか。でもよ、オレ、両想いだって分かっちまったからにはベタベタ触るかもしんねぇぞ」


「そ……それは……あの、どうぞ。触ってください」


 ぎゅっと身を縮めて、上目遣いで先輩を見れば、彼はなんとも言えない表情で顔を背け、がしがしと頭をかいた。


「お、おし! んじゃ、寝るか!!」


「は、はいっ!!」


 なんとなくお互いの顔を見るのが気恥ずかしくて、せかせかと布団を敷く。

 こうして布団を並べて寝るのは何度目か。今までと違って、今夜は互いに気持ちを伝えあった後だ。どきどきして胸がはりさけそうだ。


 綺麗に並んだ布団の中に、二人して身を沈ませる。何を喋るべきか思い浮かばず、互いに無言だ。


「もうちょいこっち寄れよ」


 こちらに体を向けて、先輩は私の肩に手を置く。軽い接触だけで、鼓動がはねあがる。


「先輩、あの」


 彼のほうを向いて、距離をつめる。吐息が混ざりあいそうな距離感だ。


「どうした? してほしいことがあるなら、なんでも言え」


「はい……その、ぎゅってしてほしいです」


「お、おう。ぎゅ……っと。これでいいか?」


 向かい合って抱き合う。

 先輩は力を加減しながら、逞しい両腕で優しく包み込んでくれる。

 胸の奥から気持ちが溢れてくる。

 大好き。大好き。大好き。


「ずっと、先輩と一緒にいたいです」


「オレもだ。ハツラツジジイになるまで生きるから、おめぇも元気なばあちゃんになれよな」


「ふふふ、わかりました」


「それまで、離さねぇ。おめぇはオレの女だ」


 先輩が、私の首もとに顔をうずめる。くすぐったくて、軽く身をよじると、ますます強く抱き締めてきた。


「なぁ、これからは名前で呼んでもいいか?」


「えっ……と、はい! ぜひ!」


「ん。分かった。よろしくな、ミコ」


 目を細めて優しく囁くと、先輩は私の額にそっと口づけをした。

 じわりと、痺れるような甘い感覚が広がる。初めて名前を呼んでもらえて、嬉しくてじわりと涙が滲む。


「せんぱい……」


「ミコ、好きだ」


 ぐっと腕に力を込めて抱き締めると、先輩はまっすぐに私を見つめて、顔を近づけてきた。目と目が合う。彼の中の熱が、吐息から伝わってくる。

 これから起こることを察して、私はぎゅっと目をつむる。


「緊張すんな。力抜け」


 そっと優しく髪をすきながら、先輩はいたずらっぽく鼻先をつんとくっつけて笑う。

 いくらか気持ちが緩んだ私は、ぎゅっと先輩にしがみついて、うるんだ目で彼を見つめる。


「ずっと一緒にいような。何があろうと、オレが護るから」


 そう言うと、先輩は目を細めて私の唇を撫でる。それを合図だと感じた私は、そっと目を閉じる。

 やがてゆっくりと、私たちは口づけを交わした。




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