表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よあけまえのキミへ  作者: 三咲ゆま
二章 陸援隊編
94/97

第九十一話 田中対水瀬

 ぞろぞろと細い洞窟の中を進んでいると、先頭に立つ先輩が歩みを止めた。


「両脇に扉があるな。オレは右を探索する。ヤマダは左を頼む」


「了解っす!」


 先輩が扉を蹴破って中へ踏み込む。

 扉も通路も狭いので、どうしても一人ずつ中へ入っていく形になってしまう。

 敵にとっては好都合だろう。


 先輩が調べに入った部屋の中に人の姿は無かったようで、室内の木箱や長持の中をあらためる。

 そうこうしているうちに、ヤマダさんも左の部屋へと入っていく。

 足を踏み入れ、灯りをかざしたその時、ヤマダさんの悲鳴が響き渡った。


「ぎゃあああああああ!!!!」


 何事かと後続の隊士さんが銃を構える。取り落とされた灯が静かに燃える。

 うっすらとした明るさで照らされたのは、水瀬の顔だった。

 水瀬は、ヤマダさんの腹部に突き立てていた刃を抜き、ニイっと笑った。


「次に殺されてぇ奴はどいつだ?」


 水瀬が顔を見せた瞬間、複数の隊士さんが引き金を引く。

 しかし銃弾は奴の体を貫くことはなく、扉を貫通して土壁に突き刺さった。

 水瀬がとっさに身を隠したのだ。

 この狭い通路の中、戦うのは難しいはずだ。隊士さん達もどう動くべきか悩んでいる様子だ。


「どうした!? ヤマダ、無事か!?」


 右の部屋から先輩が飛び出してきて、倒れているヤマダさんに駆け寄った。

 ぐったりとしながらも、ヤマダさんは気丈に大丈夫だと返事をした。

 銃を構えた田中先輩は、左の部屋へと足を踏み入れる。


 私は、不安に駆られて、前方へと駆け出した。


「おい! 待ちやがれ!!」


 藤堂さんの制止も振り切り、扉の前へ到着する。


「先輩! 気をつけて!!」


 姿が見えなくなるのは、あまりにも不安だ。助太刀はできないまでも、せめて目の届く場所にいてほしい。


「心配いらねぇ。相手は一人。圧倒的にこちらが優位だ」


 隣に駆けつけてくれた藤堂さんが、前に出すぎないようにと私を落ち着かせる。


 「ヤマダさんの手当てもしなきゃですね」


 部屋の入り口で倒れているヤマダさんを、藤堂さんが通路まで運んできてくれた。

 お腹の傷が想像よりも深い。ヤマダさんの着物を一部切り取り、傷を覆うように巻きつけていく。

 ぐったりとした様子で時々うめき声をあげるヤマダさんは、予断を許さない状態だ。

 早くお医者様に診せるためにも、脱出を急がなければならない。


「先輩……大丈夫かな」


「いざといなったら俺が加勢に入る」


 藤堂さんが、刀を構えて傍で待機してくれている。

 とはいえ、油断はできない。私はじとりと滲む不快な汗をぬぐいながら、部屋の中で向かい合う先輩と水瀬を注視する。


「俺たちはそこのガキを人質に交渉した。こいつの命が目当てだったとしたら、ここに踏み込んで来たのは愚策じゃねぇか?」


 刀をトンと肩に乗せ、水瀬は忌々しげに唾を吐いた。


「それだけじゃねぇ。てめぇらを壊滅させるのがオレらの目的だ」


「壊滅……ねぇ。不可能だろうな。てめぇに俺を倒せるわけがねぇ」


「そいつはどうかな」


 先輩は長銃を構えて、水瀬のこめかみに突きつけようとするが、水瀬はそれを嫌って銃口を刀ではじく。

 鈍い音が走り、一瞬先輩の体勢が崩れた。

 それを好機と見るや、水瀬はツバメ返しの要領で刀を翻し、横一文字に斬りつける。

 先輩はその斬撃を間一髪のところでかわす。着物がすっぱりと斬られ、わずかに腹部から出血している。

 狭い室内での戦い。長銃よりもピストールの方が立ち回りは楽かもしれない。

 私が持っているピストールをなんとか先輩に渡せないか思案するも、その間に二人の鬼気迫る攻防は続く。


「盗みを生業にして生きる気分はどうだよ? 窮屈なんじゃねぇか?」


 先輩が問うと、水瀬は不快そうに眉を寄せ、口を開く。


「ハッ、笑わせるんじゃねぇよ。この世のすべてが己の懐のうちにある気分だぜ」


「どこで道を誤ったか知らねぇが、テメェはここで死ぬべき人間だな」


 銃身で水瀬の攻撃を受けていた先輩が足払いをかけるも、水瀬は体勢を立て直しながら刀を振るう。

 どれだけ不利な体勢からでも攻撃が飛んでくる。言ってしまえばめちゃくちゃな型。だけれど、それが滅法強い。


「てめぇらこそ、まとめて死ぬべきなんじゃねぇか? 思想を盾に人を殺め、幾度となく内乱を起こす。国にとって害悪そのもの」


「害悪はテメェの方だろうが」


「ハッハッハ! こいつはおもしれぇ! 互いに害悪っつうわけかい」


 水瀬は身体を仰け反らせながら高笑いする。ぞくりと背筋が凍った。狂人のような姿だ。


「志ってやつを持ってるとよ、自分の命の重みに疎くなるもんだ。オレも今日までそうだった」


「ココロザシねぇ。そんなもんのために無駄死にしてりゃ世話ねぇな」


「その通りだ。無駄に命を散らすことこそ愚。オレみたいな三流は生き抜くことを考えるべきだ」


 三流と自嘲気味に語る先輩の顔を見て、ぎゅっと胸の奥がしめつけられた。

 そんなことない。

 先輩の周りには、いつも彼を慕う隊士さんが輪を作っている。

 幹部でありながら、誰にでも分け隔てなく気さくな笑顔で接してくれるからだ。

 人を惹き付ける力があって、決して傲らない。

 そして、いつだって胸の内が熱く燃えていることを、私は知っている。

 先輩は、自分で思っているよりもっと、この時勢の中心を走っているはずだ。

 だって彼は、陸援隊の未来を担う大切な役割を託されているのだから。


「生き抜いても、てめぇごときに何かを動かす力はねぇと思うがな」


「だとしても、無駄死によりマシだろうが」


「ハッ、そう思ってんならここで無駄に命を散らしてもらおうじゃねぇか」


 水瀬の攻撃が、下から斬り上げるような形で飛んでくる。

 攻撃を避けきったつもりが、切っ先が左手を抉った。大きく血が噴出し、先輩は銃を取り落とす。

 顔をゆがめる先輩に、容赦なく上から追撃が来る。


「せんぱいっ!! 避けてっ!!!!」


 このままだと深く刃に捉えられてしまう。立っていられないくらいに、ガタガタと足が震える。

 もうだめだと思ったその時、先輩は懐から信国の短刀を取り出して、それを盾に攻撃を防いだ。

 続いて、大きく舌打ちする水瀬のみぞおちに、思い切り蹴りを入れる。

 そうしてまた間合いを取り、床に落ちている銃を拾い上げると、先輩は短刀を水瀬に向かって投げた。

 顔面を狙って勢い良く空を裂くそれを、水瀬はスレスレのところで避ける。

 そのまま刀は、土壁に突き刺さった。


 私はぽろぽろと、涙が落ちるのを止められなかった。

 あんなに大事にして、一度も抜こうとしなかった短刀を、今は躊躇なく使っている。

 私の言葉が少なからず彼に響いたということだろうか。

 だとしたら、嬉しい。いますぐ駆け寄って、胸の中に飛び込みたい。

 ぐすぐすと鼻をすすりながら、大粒の涙をぬぐって、ゆがむ視界を正面にとらえる。


「せんぱい、お願い! 勝って!!」


 心の底から、そう叫んだ。

 一皮向けた彼が、こんなこところで負けるはずはない。

 最後まで見届けよう。


 水瀬が上段に刀を構える。先輩はわずかに距離をとって銃を構えた。

 二人の間隔は大股で三歩程度だろうか。どちらの攻撃も届きそうな間合いに緊張が走る。

 お願い、先輩。どうか負けないで――!!


 私がぎゅっと目をつむったその時。

 銃声がその場に響いた。

 恐る恐る目を開けてみると、目の前には腹部を打ち抜かれて膝を折る水瀬の姿。

 先輩はというと、銃を構えたままその場に立っている。

 水瀬は刀を取り落とし、ギリギリと歯を食いしばりながら憎憎しげに先輩を睨みつけている。

 よく考えてみれば、刀と銃では攻撃に至るまでの動きに大きな差がある。

 銃の場合、構えた状態から銃口を引くだけで相手に弾が届く。拮抗した実力を持った二人が向かい合えば、圧倒的に銃が有利だ。


「言い残すことはねぇかよ?」


 つかつかと歩み寄り、水瀬のこめかみに銃口を突きつけながら、先輩が口を開く。

 水瀬は鬼のような形相で床を拳で殴り、キッと先輩に敵意の目を向ける。


「あばよ三流。時勢の波にのまれてくたばっちまえ」


「へっ、何があろうと泥臭く生き抜いてやるよ」


 そう告げると、先輩は大きく深呼吸して引き金を引いた。

 水瀬の頭から血が噴出し、バタリとその場に倒れこむ。


 ……勝った。

 そう悟った瞬間、力が抜けてぺたりとその場に尻餅をついた。

 先輩は水瀬の腰元から朱鞘を抜き取り、長らく己の手から離れていた刀をおさめる。

 ようやく、盗まれていた宝物を取り返すことができた。

 先輩、本当にお疲れさま。


 その後、壁に突き刺さった短刀を抜いて鞘に納めると、彼はようやく部屋から出てきてくれた。


「おめぇが見ててくれたおかげで、腹の底から力が出た。ありがとな」


 先輩は膝を折って目線を私に合わせてくれる。そうして、ポンポンと優しく頭を撫でてくれた。


「せんぱいっ……本当に、勝てて良かった」


「おめぇのあの言葉が無かったら、刀を抜けなかったと思う。それにも礼を言わなきゃな」


「刀もきっと喜んでます。先輩を護れたって」


「はは、だったらオレも嬉しい」


 いつもの、あたたかで人なつっこい笑顔に、きゅっと胸の奥が切なくなった。


「田中くん、よくやってくれました。まずは怪我の手当てを」


 いつの間にか間近に足を運んでくれていた大橋さんが、先輩の傷を心配そうに眺めている。


「あっ……! ごめんなさい! 治療が先決ですよね!」


 よく見てみれば、先輩の左手は血みどろだ。腹部からも出血している。


「なんてこたぁねぇ。唾つけときゃ治る」


「だめですよぉ。手当てしますから、じっとしていてください」


 隊士さん方に呼び掛けて手拭いや着物を提供してもらい、先輩の傷口を縛る。

 今はこれくらいの治療しかできないけれど、左手の傷が思ったより深い。屯所に帰ったらしっかり手当てしなきゃ。


「ありがとな。ここに来てから怖い思いばっかさせちまってるよな。また後列に下がっててもいいんだぜ」


「あの、私、先輩のそばにいたいんです」


「大丈夫だ。もう無茶はしねぇよ」


「そうじゃなくて、その……隣にいられるだけで安心できるんです」


 連れ去られてからずっと、先輩に会いたかったから。

 顔が見える位置にいたい。間近で声を聞いていたい。

 なんて、迷惑になっちゃうかな。


「おい、二人の世界に浸るのは後にしろ。先に進むぞ」


 向かい合って言葉を交わしていた私たちの間に割って入ると、藤堂さんがあきれたように溜息をついた。

 はっとして頭を搔くと、先輩は私の手をとってゆっくり立ち上がらせてくれた。


「おし、進むとすっかぁ! はやく中岡さん達と合流しねぇと!」


 大きく伸びをして、先輩は前進を始める。そのうしろから、私と藤堂さんもついていく。

 残る敵は矢生とりくか――。

 油断できない相手だ。気をひきしめていかなきゃ。


 負傷したヤマダさんは太田さんに担いでもらって、私たちは入り組んだ細道を前へ前へと進んでいく。

 この地下通路は、前回潜った矢生一派の根城よりも規模が大きい。

 枝分かれした道がいくつも連なっているので、下手をすると道に迷ってしまう。

 隊長や潮くんは無事かな。怪我をしてないといいんだけど……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ